第十九話 愚者の末路
「……くそっ!!なぜこうなった!!」
街に放っていた密偵からの連絡で、真祖の娘らしい子どもとメイドがカフェにいることが分かった。
このチャンスを逃す手はない。子どもをさらって人質にすれば、あの生意気な真祖の小娘を従属させられるだろう。
すぐに指示を出して子どもをさらわせた。
あとは、真祖の小娘にこの事実を伝え従属を迫れば万事うまくいくはずだった。
もちろん、小娘が素直に膝を屈するとは限らない。あの化け物が強行的な手段に出る可能性もある。
隷属の首輪で小娘を奴隷にしてしまえばよい。そう進言してきたのはゴードン卿だった。
良案だと思った。さっそく真祖に娘を預かっていると伝えようとしたのだが、その手間も省けた。
どうやって調べたのかは分からないが、真祖が娘を取り返しに王城へやってきたのだ。
城門で衛兵や騎士団を相手に戦闘を開始していると聞き、さっそくあの小娘を迎え入れる準備を始めた。
謁見の間へ現れた真祖は、案の定というべきか怒り心頭のようだった。
「真祖の姫よ。この娘を返してほしくば余に従属せよ」
余の言葉を聞いた真祖は拒否しようとしたが、娘に刃を突きつけるとおとなしく隷属の首輪を受け入れた。
勝った。余はあの真祖の小娘に勝ったのだ。
一国の王を王とも思わぬクソ生意気な小娘を従属させた。この小娘は生意気な化け物だが、見た目だけは美しいからな。毎晩凌辱してやるのもいいだろう。
そんなことを考えているときが余にもあった。
そこからの展開はあっという間だ。隷属の首輪を使っても真祖を従属させることはかなわず、人質にしていた娘もあっさりと奪い返された。
「娘も取り戻したし、そろそろお暇するわ。ただ、あなたたちには全員死んでもらうけど」
真祖の言葉に、余だけでなくその場にいた貴族や近衛兵、使用人たちすべてが震えあがった。
こいつは本気だ。冗談ではなく、本気でこの国の王たる余を殺そうとしている。そう確信するのに十分な殺気が謁見の間に充満していた。
「わずかなあいだ、自らの愚かな行いを思い返して悔やみなさい」
そう言い残して、真祖とその娘は謁見の間から姿を消した。
「…………?」
余たちを殺すと言っていたのに、なぜそうしなかった?まさか、ただの脅しだったのであろうか?
「ク……クク……!驚かせおって……!」
余は内心大いに安堵した。全身から嫌な汗が噴き出している。だが、余は生き残ったのだ。
ただ、王国を取り巻く状況は変わっていない。帝国との戦いが間近に迫っているにもかかわらず、強大な戦力と見込んでいた真祖を引きこめないどころか完全に敵対してしまった。
ここからどう巻き返すか……。
ちらと横を見ると、使用人がゴードン卿に何か報告をしていた。
「何かあったのか?」
「は……。それが、使用人の話によると、捕えてきた娘の手の甲に星形の紋章が浮かんでいたと……」
「……なに?」
まさか、それは聖女の紋章ではないのか?真祖の娘が聖女?悪い冗談だ。
「それはまことか?」
「どうやらそのようです」
もし真実であれば、あの子どもの価値は跳ね上がる。聖女は魔物に対抗できる数少ない存在だ。
もしかすると、あの子どもは真祖と血のつながりはないのかもしれない。
クク……。やはり天はまだ余を見放していなかった。何とか手を尽くして聖女をこちらに引き込むことができれば……。
そんなことを考えていると、外から何やら大きな声が聞こえてきた。頭のなかに直接響くような声である。
『愚かな国王とその愚かな行為を止めなかった者どもを誅殺する』
『20数えたのちに攻撃する。王城の近くにいる者は速やかに逃げるなりせよ』
すべては聞き取れなかったが、おそらくこのようなことを言っていた。
真祖の言葉を聞き、謁見の間にいた者どもは大いに慌て始めた。
「やはり真祖は逃げたのではない!王侯貴族すべてを殺すつもりなのだ!」
「どうするのですか陛下!ですから真祖と敵対するのはまずいとあれほど……!」
「いや、しかし攻撃すると言ってもいったい何をするつもりなのか……」
周りにいた者どもが口々に喚きだす。
「もしかして……。高位魔法でこの城ごと吹き飛ばすつもりなのでは……!」
まさか……。本当にそのようなことをするつもりなのか……?
いや、いくらなんでも……。
真祖は初代ハーバード王がこの国を建国するとき手を貸したと伝わっている。
そのような国を、果たして本当に壊すつもりなのであろうか。
「陛下!!外をご覧ください!!」
登城していた貴族の一人が慌てた様子でやってきた。
謁見の間から中庭へ出ると、空に大きな光の塊が浮いている様子が目に入ってきた。
よく目を凝らすと、ドレスを風になびかせながら真祖が天に手を掲げている。
まさか、あの小娘の仕業なのか。
「陛下!あれは間違いなく高位魔法のひとつですぞ!真祖は本気で我々を抹殺するつもりです!」
ここにきてやっと、王は真祖を甘くみすぎていたことを認識した。
そうだ。そもそも真祖ほどの強者にとって人間など地面を這っている虫のようなものだ。
逃げなければ。
早く、一刻も早く逃げなくては。
城から少しでも離れれば助かるかもしれない。
国王や側近たちは一斉にその場を離れ始める。
だがその瞬間──
すさまじい魔力が近づくのを感じ、周りが真っ白な光に包まれた。
死の足音が間近に迫ったと確信したとき、王はやっと己が愚かであったことに気づいた。
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