表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/240

第百七十四話 注目の的

翌日。


アンジェリカたち一行は空の上にいた。行き先はもちろんラディック王国である。


当初、馬車で向かおうかとの話もあったが、パールが即却下した。お尻が痛くなるから嫌とのこと。


過去に訪れたことのある場所であればアンジェリカやアリアの転移魔法で何とかなるが、二人とも初めての国らしい。


キラが言うには、空を飛んで行けばそれほど時間はかからないようだ。で、今にいたる。


「お師匠様、この速度ならあと三十分もしないうちにラディック王国の王都へ着きそうです」


先頭を飛ぶキラが斜め後ろを振り返り口を開く。


「そう。意外と早く着きそうね」


遥か上空を飛びながら地上に目をやるアンジェリカ。眼下にはのどかな風景が広がっていた。


「いやっほーー!」


素晴らしい開放感にあてられたのか、笑顔で奇声を発しながら飛び続けるウィズ。みんなでお出かけするのが嬉しいのか、パールとアリアもどこか嬉しそうに見える。


うん、たまにはこういうのもいいかも。でも、それならなおさらルアージュも連れてきてあげたかったわね。


何やら外せない用事がある、みたいなこと言っていたけど、いったい何なのだろう。


語尾を伸ばす特徴的な喋り方と身に纏う儚げな雰囲気が印象的な美少女、ルアージュにアンジェリカが思いを馳せる。


まあ、またいずれ機会があるわよね。とりあえず、忘れずにお土産を買って帰ってあげよう。と、そんなことを考えていると――


「ママ~……トイレ行きたい……」


隣を飛ぶパールが困ったような目を向ける。なんてこった。眼下は見渡す限りただの草原だ。さっき小さな町があったというのに……。


「……もっと早く言いなさい」


「ママトイレ行きたい!(早口)」


「いや、そうじゃなくて」


空中なのに思わずずっこけそうになるアンジェリカ。それにしても困った。いくら女の子しかいないとはいえ、こんなところで用を足させるわけにはいかない。


「はぁ……ねぇ、キラ。もう少し速度をあげたら町にどれくらいで着くかしら?」


「うーん、そうですね。急げば十分もかからない……かな?」


十分。なら私だと五分もかからないな。


「分かったわ。私はパールと先に行くから、あとで合流しましょ」


「あ、はい! って、どうやってお師匠様の居場所を……!?」


「十分後に、町のなかで一瞬だけ魔力を解放するわ。それを手掛かりに来てちょうだい」


そう口にするなり、アンジェリカはパールを小脇に抱きかかえ、とんでもない速度でその場から飛び去った。



――あっという間にラディック王国の王都、リッチの上空へと移動したアンジェリカとパール。騒ぎにならないよう、上空から人通りが少ない路地裏へ転移し、小さなカフェでトイレを借りることに成功した。


「あ~……スッキリしたあ~……!!」


達成感すら垣間見える表情を浮かべたパールが、トテトテとカフェから小走りで出てくる。


「パール。そんなこと口にするんじゃないの。それより、お店の人にお礼は言った?」


「はーい。うん、もちろん!」


にっこりと笑顔を浮かべたパールの頭を、アンジェリカが優しく撫でる。やっぱりうちの娘かわいい。


そろそろキラたちも着くころだったので、二人は再び人通りが少ない場所へ移動し、アンジェリカが一瞬だけ魔力を解放した。


わずか一瞬とはいえ、真祖の魔力である。キラたちもすぐに気づいたようで、さほど時間を置かずに二人のもとへやってきた。



「さて、それじゃ目的地へと向かいましょうか」


「そうですね。ここは王都リッチの中心市街地なので、ジャスナス湖へは馬車で十分ほどですね」


馬車と聞いた瞬間、パールの眉間にグッと力が入る。できれば乗りたくない、と心の声が聞こえてきそうだ。


パールの心情など露知らず、キラが先頭に立ち馬車乗り場へと案内する。冒険者稼業で何度かこの町には訪れたことがあるようだ。


ジャスナス湖は人気の観光地なので、一日に何本もの馬車が運行しているらしい。運よく、ちょうどジャスナス湖行きの馬車が待機していたので、アンジェリカ一行は無事乗り込むことに成功した。



馬車に揺られること約十分。観光都市リッチ屈指の名所、ジャスナス湖に到着した一行。


「うああああ~……すっごい……!」


視線の先には、青く美しい広大な湖が広がっていた。鮮やかな青い水面(みなも)には、空に浮かぶ白い雲が映りこんでいる。


生まれて初めて湖を目にしたパールが感嘆の声を漏らした。幻想的な風景にうっとりとしているようにも見える。


「おお~。久しぶりに来ましたが、やはり絶景ですね~」


「まあ、たしかにいいわね。人間が多いのはちょっとイラっとするけど」


人気の観光地だけあって人は多い。視界に人間が入り込むたびに、アリアの眉間にシワが刻まれた。


「んもう~、お姉ちゃん。人気が高い観光名所なんだから、人が多いのは仕方ないでしょ?」


「う……分かってるわよ」


パールから「めっ」と叱られ口をつぐむアリア。かわいい妹がそう言うのなら仕方がない。その様子を、苦笑いしながら眺めるキラとアンジェリカ。


「さて、それじゃ。せっかくなんで水着を買いに行きましょう。ここは湖での水遊びも人気なので、周辺には水着を売っているお店も多いんですよ」


キラの言葉を聞き、アンジェリカにアリア、ウィズ、パールの四人がそろって首を傾げる。四人は水着の存在を知らなかった。


「キラちゃん、水着って?」


「あ、そうか。リンドルじゃ水着なんて着る機会ないもんね……ええと。水着ってのはね、水遊びをするときに着用する専用の服のことだよ」


「へええ。そんなのがあるんだ!」


「うんうん。水着ってとてもかわいいものが多いから、きっと気に入ると思うよ」


というわけで、キラのあとについてお店へと向かう一行。そこで、各々気になる水着を購入するのであった。



――多くの観光客や行楽客で賑わうジャスナス湖の湖畔。思い思いの時間を楽しんでいた人々のあいだに、突如大きなざわめきが広がった。


先ほどまで、キャッキャウフフしていた恋人たちも皆が言葉を失う。人々が視線を向ける先には――


「ねえ、キラ。やっぱりこれって下着と同じ面積よね?」


「まあそうですけど、大丈夫ですよお師匠様。めちゃくちゃ似合っていますし!」


人々が視線を向ける先。そこには、すらりとしたスレンダーな体つきの美少女とハーフエルフが惜しげもなく水着姿を晒していた。


アンジェリカとキラ、二人はどちらかというと女性から羨ましがられる体つきだ。実際、彼女たちに熱い視線を送る者のなかには大勢の女性も混ざっている。


「お~、何か動きやすそうでいいな」


「うーん、私はちょっと……恥ずかしいわね……」


水着の機能性を気に入ったウィズに対し、アリアは少し恥ずかしそうに体をもじもじとしていた。意外な反応である。


そんな二人に、周辺にいた全男がこれでもかと熱視線を送る。原因は、間違いなくアリアとウィズの胸だ。


二人ともとんでもない巨乳なので、胸元がエライことになっている。今にも水着から零れ落ちんばかりの迫力だ。


そんな二人をジト目で見つめるアンジェリカ。心のなかで「垂れてしまえ!」と酷い呪いの言葉を吐く。


「へ~、水着ってこんな感じなんだぁ~♪」


やっかみから、アリアとウィズに乳が垂れる呪いをかけていたアンジェリカの隣では、パールが水着姿でクルクルと回転していた。


パールだけはビキニタイプではなく、フリルがついたワンピースタイプの水着である。似合いすぎてめちゃくちゃかわいい。アンジェリカの荒んだ心は一瞬で癒された。


「ねぇ、ママ! 湖に入ってきてもいい!?」


「ええ。でも、あなた水に入るの初めてでしょ? 何かあったら危ないからみんなと一緒にね」


「うん! ママも一緒に行こ?」


パールにせがまれたアンジェリカは、湖に目を向けてから周辺へぐるりと視線を巡らせる。湖のほとりには遊歩道も設置され、木々の緑を楽しみながら散策ができるようだ。


「ママはちょっとその辺をお散歩したいかも。あとで湖にも入るから、先にキラやアリアたちと遊んでらっしゃいな」


「えーー! じゃあ、あとで絶対ね!? お姉ちゃんにキラちゃん、ウィズちゃん、行こう!」


喜び勇んで湖へ走っていくパールたちを、微笑ましそうに見つめるアンジェリカ。水着に着替えたばかりのときは恥ずかしがっていたアリアだが、すでに割り切ったようだ。


膝のあたりまで湖に漬かり、キャッキャと楽しむ一行。楽しそうにしている娘を見るのは何とも幸せな時間だ。


ウィズとアリアもお互いに水をかけあって楽しんでいる。二人が体を動かすたびに、たわわな果実がぽよぽよと大きく揺れまくる。


無意識に自分の胸に手をあて、心のなかで舌打ちをするアンジェリカ。


「はぁ……散歩行こう……」


首を左右に振ったアンジェリカは、湖を囲むように整備された遊歩道に入り静かに歩き始める。


水着姿で散歩している女性は何人もいたが、アンジェリカのあまりもの美少女っぷりにすれ違うすべての人が二度見、三度見していた。


水着を着用して魅力的な四肢を晒している美少女が、まさか伝説の真祖だとは誰も知る由はない。


アンジェリカは遊歩道の柵に手を置き、湖に目を向けた。風でわずかに水面が波打つ様子が見える。


頬にあたる風が心地いい。目を閉じて、思いきり深呼吸するアンジェリカ。「んー……!」と伸びをするととても気持ちよかった。


空に向けて伸ばした腕をゆっくりとおろす。と――


「あいたっ!」


おろした手が、背後からアンジェリカを追い抜かそうとした少女の頭にぶつかってしまった。


「ご、ごめんなさい! だいじょ――」


慌てて手を引っ込めて少女に謝ろうとしたアンジェリカだったが、それ以上言葉を紡げなかった。


今、彼女の目の前で頭を両手で押さえているのは、ふんわりとした金髪の少女。それは、アンジェリカがこの世でもっとも愛する唯一無二の存在、愛娘パールにそっくりな女の子だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ