閑話 冒険者ギルドへようこそ! 1
ランドール共和国の首都リンドル。旧ジルジャン王国の王城跡地からもほど近い、中心市街地のなかにその建物はあります。ちょっぴり薄汚れ……ゲフンゲフン。年季が入った白壁の建物こそ、街の住人と冒険者の橋渡し、窓口的な役割を担う冒険者ギルドです。
冒険者ギルドに依頼できるお仕事はとにかくたくさん! ケガの治療に使う薬草の採取から盗賊の捕縛、護衛、そして魔物の討伐。街の皆さんが抱える「困った」の解決に一役買っているのが冒険者ギルド。
え、依頼はしてみたいけど怖そう? いえいえ、決してそんなことはありませんよ? ギルドでは、笑顔が素敵な受付嬢があなたの来訪をお待ちしています。さまざまな分野に精通した受付嬢があなたの悩みを丁寧に聞きとり、そのうえで課題解決や目的達成に最適な冒険者をご提案!
薬草採取に行きたいから護衛してほしい、村に出没しているオークを討伐してほしい。まずはあなたのお悩みや希望をお聞かせください。冒険者ギルドは、一人ひとりの依頼人に寄り添った提案をいたします。さあ、ここがその冒険者ギルド。ようこそ! リンドル冒険者ギルドへ!
「……な~んてね。脳内再生終わりっと」
慣れ親しんだリンドル冒険者ギルドの玄関扉の前に立ったパール。学校帰り、ギルドまでの道のりを少しでも楽しくしようと、頭のなかで再生していた宣伝文句を強制的に停止して扉の取っ手を掴む。
「こんにちは……おおう……」
ギルドのなかはいつもの賑わい、ではなかった。日常的にこの時間帯はギルドが混雑しやすいのだが、そんなもんじゃない。見渡す限り人、人、人である。しかも、屈強な男性冒険者が多くを占めるため、独特の匂いがホールに充満していた。
うーん、人多いなぁ。ここ数日ずっとこんな感じだよね。やっぱり年が新しく変わったから? 毎年こんな感じだったっけ? そんなことを考えつつ、カウンターへ目を向ける。素敵な笑顔が魅力なはずの受付嬢たちが、引き攣った表情で依頼人や冒険者を怒鳴りつけている様子が目に飛び込んできた。
「だーかーらー! 前にも言いましたよね!? 討伐したのならきちんと証拠の素材を持ち帰ってくださいって! じゃないと報酬出せませんよ!?」
「そんな金額で請けられるはずないじゃないですか!! ワイバーンの討伐なんて命がけなんですよ!?」
「ちょっと〇〇さん!? ランクアップ試験受けるなら申請書を提出してくださいって言いましたよね!? 私絶対に言いましたよね!?」
「えーと、報酬を受け取りにきたジンガさーん! カウンターまでお越しくださーい……ジンガさんー? いないんですかー? おーい……ちっ!」
まるで戦場のような光景に、パールは気おされてしまう。おおう……カウンターのお姉さんたち大変だぁ……こんな状況じゃ、とても一人ひとりに寄り添った丁寧な対応、なんてできないよねぇ……。
少し離れたカウンターでは、馴染みの受付嬢トキが奮戦していた。華奢なメガネ美人のトキも、次から次へと押し寄せる冒険者や依頼人たちを捌くのに必死のようである。笑顔は浮かべているものの、どこか貼りつけたような笑みがパールには恐ろしく感じた。
ほんと、受付嬢さんって大変だぁ。お姉さんたちのおかげで、私たちは冒険者のお仕事に集中できるんだもんね。感謝しかないよ。うんうん、と一人頷いたパールは、冒険者たちのあいだを縫って掲示板のもとまで移動しようとしたものの、あまりの人混みに前へ進めなかった。
ちょ、ちょっと……ほんと、人多すぎ……! むぎゅっ! く、苦しい……潰されちゃう!
まじヤバくね? と思い始めた矢先、突然誰かに体を持ちあげられるパール。圧死するのは免れたものの、突然のことに思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
「きゃ……! って、フェンダーさん!」
「ガハハ! 嬢ちゃん、こんな混雑してるときにウロウロしてっと、潰されちまうぞ!?」
潰されそうになっていたパールを救ってくれたのは、リンドル冒険者ギルドが誇るSランク冒険者の一人、フェンダー。丸太のように太い片腕でパールを抱きかかえると、まるで人などいないかのように、のっしのっしとホールのなかを歩き始めた。
「あ、ありがとうございます。冗談抜きで命の危機を感じ始めたところでした……」
「ガハハハハ! そうだろうな。離れたところからたまたま嬢ちゃんの姿を見つけられてよかったよ」
げんなりとするパールを抱きかかえ、豪快に笑いながら無人の野を行くが如く歩を進めるフェンダー。その風貌も相まって、どこからどう見ても山賊が可憐な少女を攫っているようにしか見えなかった。
「ほれ、嬢ちゃん。掲示板で依頼を確認したかったんだろ?」
「は、はい。最近、あまり依頼を受けられていないので、何か面白いのないかなーって」
「嬢ちゃんももうAランカーだからなぁ。高位ランカーに見あった仕事は少ないんだよな」
「んー……難易度や報酬はともかく、面白い依頼を受けたいです」
「ガハハ! そういや嬢ちゃん、ドラゴンスレイヤーだったな。金はたんまりもってるだろうし、そういう基準で依頼を選ぶのもいいかもな」
そう、フェンダーさんの言う通りお金はあるんだよね。だから、たくさんお金を稼げる案件より、珍しかったり面白かったりする依頼を受けたいんだよなー。と、そんなことを考えていると――
「――ル様ぁ! パール様!」
離れたところでパールを呼ぶ大声がホールに響く。パールを抱きかかえたままフェンダーが声がしたほうへ振り向くと、人混みのなかで誰かが手を振っているのが見えた。
「んー? あれって、ギルドマスターさん?」
「ああ、そうみたいだな」
どうやら、パールを大声で呼んでいたのは、リンドル冒険者ギルドでギルドマスターを務めるギブソンのようである。パールを伴ったままギブソンのもとへ向かうフェンダー。
「ギルドマスターさん、こんにちは! どうかしましたか?」
「ええ、少しお話がありまして……ここでは話もしにくいので、応接室へいらしてください」
「はあ……」
フェンダーと顔を見合わせ、小首を傾げるパール。とりあえずこの混雑しているホールから逃れられるのならいいや、と考え、パールはフェンダーとともに応接室へと足を向けた。
「ああーー! 何もしていないのに疲れたーー!!」
応接室のソファへ腰をおろしたパールは、背もたれへ思いきり体をあずけて伸びをした。年相応の子どもらしい姿を見て、フェンダーとギブソンがくすりと笑みを漏らす。
「この時期は毎年かなり混雑しますからね。新年になったのを機に冒険者登録をしようとする人、引退する人、問題解決のために依頼をしようとする人が一気に増えるんです。それに加え、通常運転の冒険者たちも訪れるものだから、ギルドはてんてこ舞いですよ……」
小さくため息をついたギブソンが、パールとフェンダーの前に紅茶が入ったティーカップを静かに置く。普段なら職員や受付嬢がお茶を淹れて出してくれるのだが、さすがにこの状況では難しいようだ。ギルドマスター直々に淹れてくれた紅茶をひと口飲んで、パールは恍惚な表情を浮かべる。美味し……!
「えーと、それでギルドマスターさん。話って何ですか?」
「はい。実は、パール様にお願いがありまして……」
「お願い、ですか?」
パールは、過去にギブソンからお願いされてきた案件を記憶から掘り起こす。冒険者たちの戦力強化講習の講師に霧の森への調査、リンドル学園への潜入と情報収集……パッと思い出すだけでも、結構いろいろやってるな……。なかにはちょっと面倒なのもあった気が……。
「はい。まさに、現在の状況に関係があるお願いなんです」
「現在の状況……年が変わって、ギルドに人が溢れているこの状況、ですか?」
申し訳なさそうに肩を竦めるギブソン。これは、また変な案件を押しつけられるパターンではないだろうか。でも、そういうときは大抵何かしら事件が起きたし、何だかんだ面白かった気がする! にわかに瞳を輝かせ始めたパールは、前のめりになって話の続きを促した。
「え、ええ。街の住人や冒険者たちが連日大勢押し寄せていて、現在は通常業務にも支障をきたしている状況です。特に、受付嬢の業務負担がとにかく大きく、このままでは誰か倒れかねません」
うん、その通りだと思う。さっき少し見ただけでもそう思ったよ。
「受付嬢の増員が急務なのですが、それもそう簡単な話ではありません。受付嬢にはさまざまな分野の知識が求められます。依頼を希望する人から話を聞いて、最適な冒険者を提案したり、依頼書の書き方を教えたりもするので。受付嬢にはたしかなスキルが求められるんです」
ふむふむ。やっぱり受付嬢って大変なお仕事なんだな。ほんと尊敬の気持ちしかないよ。皆さん、いつもありがとうございます。
「また、受付嬢には芯の強さも求められます。何せ、冒険者には荒っぽい者が多いので。ちょっと怒鳴られたり、睨まれたりしただけで萎縮してしまうような女性には務まりません。怒鳴られたら怒鳴り返すくらいの気概が必要です」
おおう……思った以上に大変だ。てゆーか、労働環境まじヤバくね? 受付嬢さんたちの心の健康が心配だよ。
「というわけで、パール様。少しのあいだだけでいいので、受付嬢として働いてもらえませんか?」
「はあああああ!?」
思いもよらぬお願いに、素っ頓狂な声をあげてしまったパール。これまで、幾度となく厄介なお願いごとをされてきた過去があるが、まさかそう来るとは思わなかった。
「あらゆる分野に精通し、冒険者としての実績も豊富なパール様にしかお願いできないことなんです! キラさんとかウィズさんにお願いすることも考えたんですが、あの二人じゃ絶対に無理なんです!」
いや、めちゃくちゃディスるじゃん。まあたしかに、あの二人が受付嬢として業務を遂行している姿はまったく想像できない……。ウィズちゃんなんか、頭にきたらその場で冒険者を亡き者にしちゃいそうだし。
「受付嬢たちの負担軽減のためにも、この通りお願いします!!」
そこで受付嬢たちの負担軽減のため、って言っちゃうのはずるい。そんなこと言われたら断れないじゃないか。でもまあ、少しだけ面白そうではあるけど。
「あー……じゃあ、うん。わかりました」
こうして、激務をこなす受付嬢たちを救うべく、真祖令嬢のAランク冒険者、パールは少しのあいだ受付嬢としてカウンター業務に携わることになったのであった。