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第百七十話 母の臨場

暗い洞窟のなかから、土煙をかきわけるように出てきたアンジェリカ。首根っこを掴んで引きずっていたロンメルを乱暴に地面へ投げつけると、ドレスに付着した汚れを手でパンパンと払い始めた。


「マ、ママ!? どうしてそこか――ぎゅむっ!!」


パールの声を聞いた瞬間、パッと明るくなるアンジェリカの顔。目にも止まらぬ速さでパールのそばへ移動したアンジェリカは、そのまま勢いよく愛する娘の小さな体を抱きしめた。


「ああ……パール……会いたかった……!」


「ぐむむ……ぎゅむぅううう……んん、んんんんんーー!!」


どちらかと言えば貧相な胸へ無理やり顔を埋めさせられ、ジタバタともがくパール。日数にすればわずかではあるが、かなり久しぶりに娘に会えたような気持ちのアンジェリカが感情を爆発させる。今、まさに彼女は不足していたパール成分を思いきり補充していた。


「ぷはっ! ちょっと、ママ! 苦しいってば!!」


「あ、ごめんなさい。つい……」


愛が重すぎる母からの力強い抱擁から何とか逃れたパールが、その場で思いきり深呼吸をする。一方のアンジェリカは、「てへ」とでも言わんばかりの表情を浮かべていた。


「お、お嬢様!? なぜここへ……!?」


予想していなかったアンジェリカの臨場に、アリアが戸惑いの表情を浮かべておろおろし始める。なぜなら、アリアはアンジェリカに外出の許可はとっていたものの、どこへ行くかは伝えていなかったのだ。


「ああ。何となく気になったから、こっそりついてきちゃった」


パールをそばへ侍らせながら、あっけらかんと言い放つ。アンジェリカの話を総合すると、どうやらこういうことらしい。


アリアがフェルナンデスを伴って外出したいと願い出たとき、何となくただ事ではないと感じたアンジェリカ。そこで、二人が出かけるときこっそりとあとをついてきたそうだ。空を飛んで移動する二人にバレないよう、かなり離れて飛行したらしい。


アリアたちから少し遅れてこの場へ到着したアンジェリカは、岩場に身を隠して様子を窺っていた。飛行してきたルートから、ここがアイオンの首都ハノイであること、おそらく以前話に聞いた聖域と呼ばれる場所であることも把握した。


アンジェリカが身を潜めていた岩陰からは、真の聖域、すなわち洞窟への入り口がはっきりと見えていたそうだ。と、洞窟の入り口に立っていたゴーレムらしき少女が突然その場を離れた。


「もしかして、前に聞いた聖域ってあそこなんじゃ……!?」


直感的にそう感じたアンジェリカ。旺盛すぎる好奇心がまだ見ぬ聖域のなかへと誘う。なお、この場にパールがいること、無事であることはすでに把握済みだ。


本当は愛娘の前へと飛び出したかったが、また過保護だの過干渉だの言われそうな気がしたため諦めた。悶々としているなか、好奇心を満たしてくれそうな聖域らしき洞窟の入り口が見え、しかも邪魔者もいなくなったので、誰も見ていない隙をついてこっそりなかへ入りこんだのである。


が、思った以上に内部は暗く、奥深いこともわかった。このまま一人で奥へと進むのは嫌だな、と感じたアンジェリカが入り口へと引き返していたとき、ちょうどロンメルと遭遇したのである。あとは言わずもがなだ。



「まあ……そんな感じよ」


腰に手をあて、明後日の方向を見やるアンジェリカに、パールとアリアがジト目を向ける。と、そこへ――


「お嬢様。やはりいらしていたのですね」


アンジェリカたちのそばへとやってきたフェルナンデスが、恭しく頭を下げる。その傍らには悪魔侯爵ドラゴの姿。と言っても、もちろん無事ではない。足首を掴まれて引きずられてきたらしい彼は、生きているのかもよくわからないほどぐったりとしていた。


「ええ。ところでそいつは?」


「悪魔侯爵ドラゴ、と名乗っておりました。実はこやつ、気になることを口走っておりまして……」


「気になること?」


「ええ……。真祖一族の動きが活発になっているだとか、ベルフェゴール様を手にかけたのか、などと」


血のように紅いアンジェリカの瞳が鈍く光る。ドラゴを一瞥してから、自身が傷めつけたロンメルへと視線を向けた。


「こいつらにはあとで詳しい話を聞きましょ。『拘束(バインド)


アンジェリカが魔法を詠唱すると、ドラゴとロンメルが横たわる地面に展開した魔法陣からいくつもの(いばら)が顕現し、二人の体をまたたく間に拘束した。悪魔族の体にいくつもの鋭い棘が刺さり、不気味な紫色の血が噴きだす。その様子を見て、パールをはじめ冒険者たちも「痛そう……」と顔を顰めるのであった。


そして、アンジェリカはアリアから事の次第を聞いた。昔、ここで月の花を採取していたこと、ゴーレムのノアを創りだしてここを守るように言いつけたこと、その結果、この場所が聖域と、ノアが守護者と呼ばれるようになったこと。


「ふーん……なるほどね」


「はい……大変お騒がせしました……」


「まあ……謝ることはないわ。昔、あなたがよく月の花を摘んできてくれていたのを覚えている。ここを守ろうとしたのも、私のためだったんでしょ?」


そう、かつてアリアは幾度となくあの美しい月の花を摘んできてくれた。暗闇のなかでのみ儚く咲く月の花に、何度癒されたかわからない。


「ありがとうね、アリア。それに、ノア。あなたもね」


アンジェリカから礼を言われ恐縮するアリアと、小首を傾げるノア。対照的な様子にアンジェリカは思わず笑みを漏らしそうになる。一方、ミヤビをはじめとした冒険者たちは、当初アリアやアンジェリカを見て戸惑っていたが、フェルナンデスが真祖の執事であると口にしたことから、二人がパールの関係者であると判断したようだ。


そして、アンジェリカとアリア、ノア、パールと何人かの冒険者は、連れ立って聖域のなかへと足を踏み入れた。アンジェリカは懐かしい月の花を愛でるため、冒険者たちはその目で聖域の真実を確かめるためである。


足場の悪い道をしばらく歩き続ける。と、暗闇であるにもかかわらず、奥のほうでぼんやりと光る何かが見えてきた。


「うわあ……キレイ……!」


月の花が咲き乱れ、まるで光の絨毯が敷かれているような光景。幻想的な風景に、パールは思わず息を漏らす。アンジェリカや冒険者たちも、感動的な面持ちだ。


「素敵ね……」


花のそばへ静かにしゃがみこんだアンジェリカが、指先で優しくその花びらに触れた。淡い光がゆらりと動く。少しのあいだ、時が流れるのを忘れたかのように、一同は月の花を眺め続けるのであった。



三十分後。月の花を思う存分堪能した一同が、もと来た道を引き返す。不快な湿気と足場の悪さに当初は辟易していた冒険者たちも、戻るころにはすっかり慣れたようだ。と、間もなく洞窟の出口へさしかかろうというとき、外が何やら騒がしいことに全員が気づいた。


「ママ……」


「……何かあったのかしらね」


パールの手を握ったままアンジェリカが静かに答える。


「少し急ぎましょうか」


足早に出口へたどり着いた一同は、太陽の光を手で遮りつつ外へ飛びでた。そこで、アンジェリカやパールの目に飛び込んできたのは――



「これはいったい何事?」


茨で拘束したロンメルとドラゴのそばに立ち尽くすフェルナンデスに、アンジェリカが声をかける。ミヤビやアリサたちは、いまだ目を覚まさないマオのすぐそばで彼を守るように立っていた。まるで見えない敵を警戒しているようである。


「お嬢様……やられました」


フェルナンデスは悔しそうな表情を浮かべ、拳を強く握りしめた。眼下には、心臓と頭部を撃ち抜かれたロンメルとドラゴの亡骸。


「いったい誰の仕業?」


「……わかりません。ほんのわずかな時間目を離した隙に、上空から魔法を撃ち込まれたようです」


「……死んだのはこいつらだけ?」


「はい。おそらく、こやつらだけを始末しにきたのではないかと」


二つの真新しい亡骸を冷たく見下ろすアンジェリカ。フェルナンデスにも気づかれないほどの遥か上空から、ピンポイントで心臓と頭部を撃ち抜くとは。とんでもない技量の持ち主ね。


「申し訳ございません、お嬢様。貴重な情報源だったというのに……」


「仕方がないわ。それに、どうしても必要だった情報源というわけでもないし、気にすることはないわよ」


ふっと笑みを漏らしたアンジェリカが、フェルナンデスの背中をぽんと叩く。それにしても、なぜ? 悪魔族に敵対する種族からの攻撃? もしくは、仲間内での口封じ……? よくわからないわね。月の花で癒されたはずの心が、にわかにざわつくのをアンジェリカは嫌でも感じざるを得なかった。



――危ないところだった。我ながら随分と危ない橋をわたった気がする。離脱するタイミングがもう少し遅ければ、フェルナンデス殿に気づかれていたかもしれない。


それだけではない。もし姫様やうちのバカ娘に気取られていたら。姫様に敵うはずがないのはもちろんだが、娘も今や姫様の眷属。逃げようとしてもそうはいかなかったに違いない。


壮年の吸血鬼は、頬を伝う冷たい汗を手で拭うと、幸運のもと任務を全うできたことに安堵の息を吐く。あの悪魔どもに眷属の蝙蝠を張りつけさせていたのは正解だった。あのまま姫様の手に落ちていれば、余計な情報を漏らしてしまうおそれがある。それは、御当主様はもちろん殿下たちも望むところではない。


長きにわたり、真祖の一族を表と裏から支えてきたバートン家。現当主でありアリアの実父でもあるグレイ・バートンは、不安要素を取り除けたことにひとまず安心すると、当主へ報告するため高速で空を飛行し続けた。

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