第十八話 ジルジャン王国の終焉
アンジェリカは王城の前に立っていた。
あのころは、まさかこれほど長く繁栄する王朝になるとは思ってもみなかった。
奴隷の身から立ち上がり、ジルジャン王国を建国したハーバード1世。
真祖である私に対し、誰もが安心して暮らせる世の中を作りたいと涙ながらに訴えていた優しい青年。
人間にしてはそこそこ強く戦場でも抜群の働きをしてたけど、寝顔は小さな子どものようだった。
「……悪いわね。ハーバード」
あなたは何も悪くない。でも、あなたの子孫は大きな過ちを犯した。
だから終わらせる──
「今行くわ、パール」
アンジェリカは閉じていた目を開くと、片手を前方にかざし一気に魔力を放出した。
耳をつんざく轟音とともに、巨大な城門が吹き飛ぶ。
何事かと慌てて飛び出してくる衛兵の姿に目も向けず、アンジェリカは無人の野を行くが如く歩みを続けた。
「何者だ!!そこで止まれ!!」
尋常ではない殺気と魔力を撒き散らしながら歩みを続けるアンジェリカを衛兵が取り囲む。
「止まらぬとただでは──!」
「うるさいわね」
言葉を遮り軽く手を振ると、たちまち数人の衛兵が消し飛んだ。
現場はパニック状態になるが、さすが王城と言うべきか、次から次へと衛兵が溢れてくる。
「道を開けなさい。さもないと全員殺すわ」
アンジェリカの警告に対し、衛兵は怯えつつも一斉に攻撃を開始した。
「……愚かなことね」
小さくため息をつく。
『展開』
アンジェリカを中心とし、地面に巨大な魔法陣が展開した。
『炎帝』
詠唱と同時に、魔法陣へ足を踏み入れた衛兵たちの体が一斉に燃え上がる。
まさに阿鼻叫喚の光景であるが、アンジェリカは涼しい顔をして城のなかへ入ってゆく。
城門での騒ぎが伝わったのか、騎士団や魔術師団も駆けつけてきたようだ。
「キリがないわね」
こんなところでもたもたしていられない。
『……アンジェリカ・ブラド・クインシーの名において命ずる。顕現せよ、我が下僕ども』
アンジェリカの周りにいくつもの魔法陣が現れたかと思うと、次々に下級吸血鬼が姿を現す。
「道を塞ぐ者はすべて始末しなさい」
召喚された吸血鬼たちは、アンジェリカの言葉に恭しく頭を下げると、すぐさま敵と認識した者たちへと飛びかかった。
下級とは言え吸血鬼は強力な種族である。騎士や魔術師はなすすべなくその手にかかった。
城内の入口へ着くと、一人の貴族らしき男が待ち構えていた。どうやらアンジェリカを待っていたらしい。
「お待ちしておりました。謁見の間で陛下がお待ちです」
外での騒ぎがすでに伝わっているのだろう。貴族らしき男の顔色はよくなかった。
謁見の間では国王が玉座に鎮座し、その隣にはがっしりとした体格の男が立っている。
アンジェリカは何も言わずに歩みを続け、少し離れた場所で立ち止まり王に冷えた視線を向けた。
「用件は分かっているわよね?」
「ああ。貴様から出向いてくれたおかげで、使いを出す手間が省けた」
殺気が混じったアンジェリカの言葉に、冷や汗をかきつつ王が答える。
「パールはどこ?」
「……おい。連れてこい」
国王が命じると、使用人らしき男が玉座近くの袖からパールを伴い出てきた。
魔法を警戒してか猿ぐつわをされているが、どうやらケガもなさそうだ。アンジェリカは少し安堵する。
「真祖の姫よ。この娘を返してほしくば余に従属せよ。余の望みはそれだけだ」
「……誰に口を聞いているの?その気になればこちらは今すぐお前たちを皆殺しにできるのよ?」
そのとき、王の隣に立っていた貴族らしき男が、短剣を抜いてパールの首に刃をあてた。
「ククク、これでも先ほどと同じことを言えるのかな?」
「…………」
「貴様にはこれを身につけてもらう」
王は首輪のようなものを取り出した。
「……それは?」
「これは隷属の首輪と呼ばれる魔道具だ。余の魔力を登録してあるこの首輪を身につければ、貴様はもう余に逆らうことはできん」
そう言えば、昔そのような魔道具の話を耳にしたことがあった。
「さあ、真祖の姫よ。娘を無事返してほしくば、この首輪を装着するのだ」
使用人がアンジェリカのもとへ首輪を運んでくる。
「分かったわ」
アンジェリカは使用人から受け取った首輪を、自ら装着した。
「ク……クク……クァーッハッハッハッ!!これで貴様は余の思い通りだ!小生意気な小娘が!貴様に受けた屈辱もしっかり返させてもらうからな!!とりあえず貴様はそこから絶対に動くな!」
鬼の首を取ったかのように喜ぶ国王。
魔道具によってアンジェリカを完全に無力化できたと勘違いしたのであろう。パールに短剣を突きつけていた男も、安心したのか剣を鞘に収めた……その瞬間──
アンジェリカの姿が一瞬で消えたかと思うと、パールのすぐそばに現れた。
そして、再びパールと一緒に姿が消え、もとの場所に戻った。短距離での転移である。
「な……ななっ……なっ……!!」
国王は驚きのあまり声が出ない。なんせ、魔道具がまったく効果を発揮していないのだから当たり前だ。
「なぜだ!!隷属の首輪を装着したのに、なぜ私の命令に背ける!?」
アンジェリカは王の言葉を無視し、パールの猿ぐつわを外して頭を優しくなでた。
「パール、大丈夫だった?」
「うん……。ママ、ごめんなさい……」
その目には涙が浮かんでいる。
「あなたが謝ることなんて何もないわ。用事が終わったら一緒に帰りましょう」
そう、まだやるべきことがある。
アンジェリカは首にはめた隷属の首輪を外すと、魔力を込めて破壊する。
「なぜだ!なぜ隷属の首輪の効果がない!?」
「本当にこんな魔道具が真祖に通用すると思っていたの?呆れて言葉もないわ」
「ぐ……ぐぬぬ……ぐぐぐ……!!」
王は顔を真っ赤にしてうなっている。
「娘も返ってきたし、そろそろお暇するわ。ただ、あなたたちには全員死んでもらうけど」
アンジェリカの無情な宣告に、その場にいた全員が表情をなくす。
「愚かな王よ。お前は少しやりすぎたわ。私だけならまだしも、私の大切な娘にまで手を出したのだから。その罪を償うには命を捧げる以外ないわ」
黒い殺気を放つアンジェリカに、王をはじめその場にいる全員が腰を抜かした。
「わずかなあいだ、自らの愚かな行いを思い返して悔やみなさい」
そう告げると、アンジェリカはパールとともに謁見の間から姿を消した。
アンジェリカが転移した先は王城の上空。
城の全体が見渡せる上空に位置したアンジェリカは、左手にパールを抱きかかえたまま魔法を唱えた。
『増幅』
顔のすぐ前に直径10cmほどの小さな魔法陣が現れる。入力したエネルギーを増幅させる魔法だ。
アンジェリカとてむやみに人間を殺戮しようとは思わない。
今回の件で、キラやケトナー、フェンダーなど冒険者をはじめ、町の人間にも協力してもらったため、できるだけ無関係な王都民の人死には出したくないと考えている。
すっと息を吸い込み、アンジェリカは宣告を開始した。
『ジルジャン王国の民に告ぐ。我が名はアンジェリカ・ブラド・クインシー、真祖である。此度、この国の愚かな国王が我が娘を人質に取り、従属を迫るという暴挙に及んだ』
増幅されたアンジェリカの声が王都に響きわたる。
『このような暴挙を我は決して許さない。したがって、これより王城に攻撃を加え、愚かな国王とその愚かな行為を止められなかった者どもを誅殺する』
ちらりと町に目をやると、人々が慌てふためく様子が見てとれた。
『今から20数えたのちに攻撃を開始する。我はむやみな殺戮は好まない。王城の近くにいる者は速やかに逃げるなりせよ』
「……ふぅ。やれやれ。慣れない言葉遣いで話すと疲れるわね。」
「ママ、何かかっこよかったよ!」
なぜかキラキラした目でアンジェリカを見つめるパール。やだかわいい。
「さて……。そろそろかしら」
なるべくパールの前で教育によくないことはしたくないが、今回ばかりは仕方がない。
アンジェリカは王城に目を向け魔力を練り始めた。
『座標固定』
右手を王城に向けて差し出すと、城の外壁や屋根などいたるところに魔法陣が浮かび上がる。
次いで右手を天にかざし、魔力を集中させるとアンジェリカの頭上に巨大な光の球体が顕現した。
尋常ではない魔力が一箇所に集中することで、周囲には強風が吹き荒れる。そして──
『流星墜』
詠唱と同時にアンジェリカが腕を前方へ振ると、巨大な魔力の塊が勢いよく王城に向かって飛んでいく。
その塊は途中でいくつもの球体に分裂し、王城に浮かび上がったすべての魔法陣へ吸い込まれていった。
直後、大地と空気を揺るがすほどのとんでもない爆発音と衝撃波が発生する。
パールを見ると、凄まじい音に驚いたのか耳を手で塞いでいた。
とりあえず、衝撃波から逃れるため少し離れた小高い丘へ転移する。
「終わったわね」
爆風で巻き上げられた砂塵が去ると、そこには見る影もない王城の姿があった。
一撃の魔法で巨大な王城はほぼ全壊し、いたるところから火の手が上がっている。
おそらく、城にいた者は全員生きていないだろう。
真祖の逆鱗に触れた国王と王侯貴族は塵と化し、500年の栄華を誇ったジルジャン王国の歴史はこの日をもって幕を下ろしたのである。
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