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第百六十六話 遠い日の約束

いつものように、慣れた手つきで月の花を摘んでアイテムボックスに収納する。月の花は、日光を浴びると輝きを失ってしまうためだ。また、摘んでしまうと二、三日ほどしかもたないため、愛でられる期間も限られている。


「さて……と」


月の花を摘み終え背後を振り返ると、先ほどと変わらぬ場所からノアがこちらを眺めていた。手ごろな大きさの岩にちょこんと腰かけたノアの顔からは、どんな感情も窺えない。


「遅くなってごめんね。さあ、戻りましょ」


軽く頷いたノアに、私はアイテムボックスから取りだした丸い石を手渡した。凝縮した魔力を練り込んである魔石だ。


「はい、これ。ノア、好きでしょ?」


わずかに口角をあげたノアは、嬉しそうに魔石を手にとると、おもむろにガリガリとかじり始めた。どうやら、ノアは魔石が好物らしい。


別に、動くためのエネルギーを魔石から摂取しているわけではない。ノアには、相当な魔力を込めた魔核を埋め込んである。誰かに魔核を破壊されない限り、ノアが活動を停止することはないだろう。


魔石を食べ終えたノアは、満足そうに洞窟の出口へと向かい歩き始めた。感情に乏しいゴーレムなのに、どことなくその足取りは軽く見える。


「ち、ちょっと待ってよ。置いていかないで」


私は慌ててノアのあとを追った。「あ、いけない」とでも言いたげな表情を浮かべこちらを振り返るノア。


そうこうしているうちに出口が見えてきた。普段なら、洞窟から出たところでノアと別れるのだが――


「……ねぇ、ノア」


「……ん?」


洞窟から出たところでノアと向かい合う。


「あのね。私、この地を離れることになったの。多分、ここから相当離れたところへ行くのだと思う」


「う……はい」


うん、と言いかけたところを「はい」と言い直すノアに、思わず苦笑いしてしまった。


「遠くへ行ってしまうから、しばらくここへは来れないと思う……」


「はい」


相変わらずノアは無表情だ。ただ、ガラス玉のような美しい瞳でじっと見つめている。


「だからね、ノア。月の花が荒らされないように、あなたがここを守ってくれる? 月の花は、私にとって大切な宝物だから」


「はい」


「そうね……特に悪魔族とか来た日には、容赦なく傷めつけちゃっていいから。私たちの大切な場所を、あなたが守ってね」


ノアはその言葉に返事こそしなかったが、私の目を真っすぐ見ながら力強く頷いてくれた。



――ハノイ冒険者ギルドで選抜された、聖域を攻略するための特別パーティー。前回の失敗を受けて人員を増やすはずであったのだが、ギルドマスターであるヒュースが選んだ冒険者たちをパールが半殺しにしてしまった。


ヒュースは新たな追加メンバーを選定しようと考えたものの、めぼしい人材がそうそういるはずもない。しかも、聖域の攻略は急務であり、いつまでも時間を浪費するわけにもいかない。


そんなわけで、結局前回と同じ十五名で聖域へ出かけることになった。なお、人数こそ同じだがメンバーは入れ替えている。少女の姿をしたゴーレムには魔法が効かなかったため、魔法使いを剣士や重戦士と入れ替えたのだ。なお、ミヤビのパーティーはそのままである。



「はあ……今回は邪魔が入らなきゃいいんだがな……」


聖域へ向かう道中、ミヤビがぼそりと口を開く。前回の戦いがそれなりに堪えているようだ。


「そうだね。てゆーか、悪魔族はいったい何しに来てたんだろ?」


「うーん。それなんだよねー……悪魔族まで聖域のお宝探しってわけじゃあないと思うけど……」


頭に「?」を浮かべるパールに視線を向けつつ、キラも顎に手をあてて思案する。もし、悪魔族の狙いが私たちだとすれば、撤退するのを見逃すはずがない。ということは、間違いなく狙いはあのゴーレム、もしくは聖域だ。だが何故?


考えたところでさっぱり分からない。いったん思案するのを止めたキラは、前方を向いたまま片手を挙げた。目の前には、聖域へと続く細い道が岩壁に挟まれる形で延びている。


「……前回参加した者は分かると思うが、ここから先は敵の投石攻撃に対処しつつ聖域へ向かわなければならない。私たちが前衛で魔法盾を展開して守るから、魔法が使えない者は私たちの後ろをついてきてくれ」


緊張した面持ちのまま喉をごくりと鳴らす者、剣を抜いて周りに鋭い視線を巡らせる者、余裕綽々の表情を浮かべる者。メンバーたちの反応はさまざまだ。


「キラちゃん。私、また魔法装甲を張って一足先に行くから。ほかの冒険者さんたちをよろしくね」


「わ、分かった。私たちもなるべく遅れないようについていくよ」


パールは魔法装甲を展開すると、勢いよく走り始めた。キラにミヤビ、アリサも魔法盾を展開しあとに続く。


前回と前々回、投石が始まった地点にぐんぐんと近づく。そろそろ来る、キラたちに緊張が走った。のだが――


「投石が来ない……?」


以前攻撃を受けた地点を通過しても、岩塊が飛んでくる様子は窺えなかった。魔法で防御されるため、投石は無駄だと考えたのだろうか。いや、ゴーレムがそこまで考えられるはずは……。


余計に不気味さを覚えるキラやミヤビとは対照的に、新たにパーティーへ加わった面々は安堵していた。散々脅かされたが、この分なら何とかなりそうではないか。新たに加入したメンバーたちがそう考えていた矢先――


ズドン、と大きな音がキラたちの背後から聞こえてきた。


「う、うああああああ!!?」


振り返ったキラたちの目に映りこんだのは、頭を吹き飛ばされ脳漿をまき散らした冒険者の骸。そのすぐそばには、五十センチ以上はあろうかという大きな岩塊が転がっていた。


「こ、これはいったい……?」


「何故こんなことに!?」


狼狽するキラとミヤビ。と、冒険者の一人が震えながら空を指さし叫んだ。


「あ、あれを見ろ!」


冒険者が指さす方向を見やったキラとミヤビは愕然とした。何と、空から黒い影のようなものが、いくつもこちらへ向かって飛んできているではないか。そう、前回のように岩塊を真っすぐ投げつけてくるのではなく、今回は山なりに遠投してきているのだ。


「ま、まずい! 全員、魔法盾のそばに隠れろ!!」


ミヤビやキラをはじめ、魔法を使える者が空から降り注ぐ岩塊を防ぐべく魔法盾を展開する。


「ぎゃっ!!」


「ぐはぁっ!!」


砲弾のように次々と飛来する岩塊に、数名の冒険者が犠牲となった。真っすぐ飛んでくる岩なら防御しやすいものの、放物線を描いて飛来する岩塊を完全に防ぎきるのは至難の業である。魔法使いの数を減らしたのも裏目に出てしまった。


「くっ……! 魔法盾の有効範囲を広げると防御力が低下してしまう……!」


周りに視線を巡らせつつ歯嚙みしたミヤビは、ありったけの魔力を魔法盾に注入する。


「もう少しの辛抱よっ! パールちゃんがゴーレムのもとまでたどり着けば……!」



──魔法装甲を展開したまま全速力で走るパールは、投石が一向に来ないことに首を傾げつつ、ふと空を見上げた。


「あ、ヤバいかも」


頭上を次々と飛び越えていく岩塊。なるほど、そうきたか。すでにキラたちをかなり引き離しているため、戻るのは現実的ではない。


それよりは、聖域まで全速力で進みゴーレムの動きを止めたほうが早そうだ。パールは下唇を噛みしめると、魔力で体を強化し、風を巻いて聖域へ向かった。


岩山に挟まれた細い道をひた走り、見覚えのある場所へとたどり着くパール。視線の先には、足元に転がる岩塊をとっては空へ向かって投げる少女の姿があった。


「そこまでだよ! 『展開(デプロイ)』!」


魔法装甲を解除したパールは、即座に複数の魔法陣を眼前に展開させる。


「『魔導砲(キャノン)』!!」


魔法陣から放たれた閃光が一斉に少女、もといゴーレムへ襲いかかる。あくまで投石をやめさせるための魔導砲だ。魔法が効かないのは前回の戦闘で理解している。


狙い通り投石は止んだ。少女の背後にこんもりと盛られた土山にも魔導砲が直撃したらしく、濛々と土煙が舞う。パールは警戒心を緩めることなく、背中から魔剣のケンを抜いた。


視界が晴れたタイミングで飛び込んでくる。そう考えていたパールだったが――


パールの予想は外れ、ゴーレムの少女は攻撃を仕掛けてこなかった。それどころか、先ほど立っていた場所よりも後方に下がり、仁王立ちしてこちらを見つめている。そして、その背後には――


「ケンちゃん、あれって……」


『ああ……以前パールが推測した通りだったようだな』


パールが視線を向ける先には、暗い洞窟への入り口がぽっかりと穴をあけていた。魔導砲によって土山が崩れ、こちら側から洞窟への入り口が見えるようになったようだ。


「てことは、やっぱりあれが聖域への入り口ってことだよね?」


『……だろうな。アイツの様子からもそんな気がするぜ』


先日、問答無用でパールたちへ襲いかかってきた少女の姿をしたゴーレム。だが、今は洞窟への入り口前に仁王立ちし、真っすぐにこちらを見つめている。と――


「ご……よ……」


少女が口を開いた。前回と同様、何を言っているのかは理解できない。もしかすると、意味なんてないのかも。


「……ねえ。私たちそこに用があるんだ。入らせてもらえないかな?」


パールが問いかけるが、少女の表情に変化はない。


「私たちも仕事だから……ごめんね」


全身を魔力で強化したパールが、ケンを構えて飛びかかろうとしたそのとき――


「……こ、こ……ま……もる……や、く……そ……」


少女がたどたどしく言葉を紡ぐ様子が、パールの耳に届いた。


「え? それってどういう――」


言葉を最後まで紡ぐ前に、ゴーレムの少女がパールへ向けて手をかざす。そして――


「……『煉獄(ヘルファイア)』」


一瞬にしてパールの足元に展開した魔法陣から爆炎が立ち昇り、その小さな体を容赦なく包み込んだ。普通なら即死してもおかしくない攻撃ではあるのだが――


「あ、あ、あっぶなあー! てか、ゴーレムって魔法使えるの!?」


そのような話聞いたことがない。即座に全身を魔法盾で囲い難を逃れたパールが、驚愕の表情を浮かべる。こっちの魔法は通用しないのに、そっちは強力な魔法が使えるなんてデタラメすぎるよ!


やっと追いついてきたキラたちの足音を背後に聞きながら、パールはこの何とも厄介な相手をどうすれば倒せるのか必死に頭を回転させるのであった。

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