第百六十四話 事後報告
何度来ても不気味だ――
すでにここへは何度も訪れている。でも、何度訪れても不気味だし慣れない。ほんと、あの子を作ってよかったと思う。
洞窟の前で腕組みをしている私の耳に、ガシャ、ガシャと金属同士が擦れる音が聞こえてきた。暗い洞窟のなかから現れたのは、フルプレートメイルを纏った美しい少女。私が生み出したゴーレムのノアだ。
「ノア、元気だった? 今日もよろしくね」
「はい」
表情をまったく変えずに返事をするノア。最近は、ここへ来るたびにノアへ言葉を教えている。二人で無言のまま暗い洞窟のなかを進むのはとても寂しいからだ。今では、簡単な会話ならできるようになった。
「じゃあ、行きましょ」
手のひらの上に炎を顕現させ、ノアと二人で洞窟のなかをひた歩く。何となく、いつもより湿度が高い気がした。じめじめする。
「うーん……じめじめするわね……」
隣を歩いているノアに顔を向けるが、彼女は意味がよく分からないのか、首を傾げている。その様子に思わず苦笑いしてしまった。
「それはそうと、誰かここへ来るようなことがあった?」
「い……いいえ。来ていな……かった……です……」
たどたどしく答えるノアが微笑ましい。娘の成長を見ているようだ。まあゴーレムなんだけど。
「そう、ありがとうね。あ、着いたわ」
複雑に入り組んだ洞窟をひたすら突き進んだ先にある最奥の場所。洞窟のもっとも奥深い場所であるというのに、そこはほのかな光に満ちていた。
「ああ……美しいわ……」
二人が視線を向ける先、地面から三~四十センチほどの高さで、淡い光を放つたくさんの球体が静かに揺れていた。まるで光の絨毯である。
光の正体は「月の花」。暗闇かつ湿度が高い場所でのみ美しく咲き誇る不思議な花。定期的にこの洞窟へ足を運んでいるのも、すべてはこの月の花を手に入れるためだ。
「さて、じゃあ摘もうかな。ノアはゆっくりしてていいからね」
「う……はい」
従順なノアに背中を向け、私はいつも通りウキウキした気持ちで月の花を摘み始めたのであった。
――ハノイ冒険者ギルドの応接室は、緊迫した空気が漂っていた。ソファに腰かけているのは、ギルドマスターのヒュースに冒険者のミヤビ、リンドルから応援に来ているキラ、そしてパールである。
「すみませんでした」
正面に座るパールから、深々と頭を下げられヒュースの顔が引き攣る。先ほど、パールから事の次第について説明を受けたばかりである。
「む、むむ……」
腕を組んで唸るヒュース。それほど気温は高くないが、ヒュースの額には玉のような汗が浮かんでいた。
「おい、ギルドマスター。ここ最近、ガラたちの行動は目に余るものがあった。それに加えて、今回の件。将来有望な若い冒険者を複数人でリンチし、片腕を斬り落とすなんざ許されることじゃねぇ」
思わずパールの目が泳ぐ。まずい、私も腕斬り落としちゃったよ。あのときは怒りでどうかしてたんだよな~……。
「……ああ、分かっている。あいつらの探索能力は惜しいが、仕方あるまい……。パール嬢、お手数をおかけした」
ヒュースは膝に手を置くと、パールに向かって頭を下げた。
「い、いえ……私も、ちょっとだけやりすぎちゃったかな……って……すみませんでした」
目を伏せたパールの隣に座るミヤビの顔には、「あれでちょっと?」とでも言いたげな表情が浮かんでいる。
「とりあえず、ガラたちは冒険者の資格を剥奪する。ミヤビ、パール嬢、キラさん。バタバタさせて申し訳ないが、また明日から聖域の攻略をよろしく頼む」
小さく頷いた三人はソファから立ちあがり、応接室を退室してホールへ向かった。
「はぁ……何かどっと疲れちまった……」
疲労の色を顔に滲ませたミヤビが、乾いた笑いを漏らす。キラも苦笑いを浮かべていた。
「う……二人とも、ごめんね……」
散々暴れるだけ暴れ、あとの始末をすべてミヤビたちに任せてしまったパールに、今さらながら申し訳ない気持ちが湧きあがる。
「いいってことよ。パール嬢の気持ちもよく分かるしな」
空いているテーブルを見つけ、イスにどかりと腰をかけるミヤビ。パールとキラもあとに続く。
「マオも意識が戻ったみたいでよかったよ」
「……うん」
圧倒的な力でガラたちを蹂躙したパールは、その足でマオが眠る診療所へと向かった。ガラたちのもとへ向かうときは、まだマオの意識はなかったが、パールが戻ったとき彼の意識は戻っていた。
ごめんなさい、と謝るパールに対し、マオは笑いながら首を左右に振る。謝らないでほしい、むしろ感謝している、パールのおかげで奴らと戦える力を手に入れられたし、こうして命も助けてもらった。
片腕を切断されたにもかかわらず、笑顔でパールに感謝の気持ちを述べるマオ。申し訳ない気持ちになる一方で、変わらぬ態度で接してくれることがパールには嬉しかった。
「なあ、それよりパール嬢。一つ聞いてもいいかい?」
軽く咳払いをしたミヤビが、パールをじっと見つめる。
「ん? なに?」
「パ、パール嬢の母上が……そ、その、し、しし……真――」
「あ、うん。真祖だよ?」
何でもないことのように答えられ、ミヤビはごくりと喉を鳴らす。
「キラちゃんから聞いたんだ?」
「あ、ああ。パール嬢がそんなに強いのは、やっぱり真祖の母上に鍛えられたからなのか?」
「うーん、そうだね。もともと魔力は多かったし、早い段階から魔法の指導は受けていたかな」
頭を横に傾け、顎に人差し指をあてたパールは、一瞬だけ考え込んでから口を開いた。
「そうなんだな……。母上って、どんな感じなんだ? やっぱめちゃくちゃ強いのか?」
ミヤビの瞳はキラキラと輝いていた。どうやら、この国にも真祖アンジェリカの名は轟いているようである。
「強いよー。私とキラちゃん、あと一緒に住んでるダークエルフのウィズちゃん、吸血鬼ハンターのルアージュちゃんの四人で囲んで、一斉にかかっても瞬殺されちゃうもん。しかもめっちゃ手加減されてるし。ママに勝てる人なんてこの世にいないんじゃないかなー」
「うおおおお……マジか。ちなみに、めっちゃ怖かったり?」
アンジェリカへの興味が尽きないミヤビに、苦笑いしてしまうキラ。
「私には優しいよ。まあ、怒ったときは怖いけど」
「へえ~~……!」
ミヤビからの質問はしばらく続いたが、最後に明日の打ち合わせを軽くしてから三人は別れた。いよいよ、明日は聖域の再攻略である。
――肌にまとわりつくような、じめじめとした湿気が癇に障る。悪魔族ドラゴは、さも不快と言わんばかりの憮然とした表情を浮かべたまま、悪魔公爵ロンメルの前に立った。
「それで、ベルフェゴール様との連絡は?」
執務机の上に広げた資料に視線を這わせていたロンメルが、静かに顔をあげる。相変わらず、その瞳からは何の感情も読み取れない。
「連絡はとれていない。ベルフェゴール様以外の七禍の方々に、今連絡をとろうとしているところだ」
「そう……ですか……」
「で、ドラゴ。ここからどうする?」
冷たい瞳で見据えられ、ドラゴの背中を冷たいものが伝う。先日、聖域へ訪れたはいいものの、人間どもと戦闘になった挙句、屈強なゴーレムに追い立てられてしまった。
正直、あのゴーレムは異常だ。これまで、何度かゴーレムと戦闘になったことはあるが、あれほど強いゴーレムなど見たことがない。明らかに異質な存在だ。
もう一つ不思議なことがある。あのゴーレムは、我々を殲滅せんと狙ってきた。人間とも戦っていたが、我々が乱入してからは悪魔族のみに攻撃を仕掛けてきたのだ。これは、いったいどういうことなのだ?
そもそも、上は我々をあの場所へ向かわせて、いったい何をさせたかったのだろう? 目的が分からなければこちらも動きようがない。
「は……それは――」
ドラゴが口を開こうとした刹那、背後にスッと誰かが現れた。ドラゴの配下である。
「失礼いたします、ロンメル様、ドラゴ様。ご報告があります」
青年風のすらりとした悪魔が、恭しく頭を下げながら報告を始めた。どうやら、聖域で一戦交えた人間どもの近くに使い魔を放っていたようだ。報告内容も、なかなか興味深いものであった。
「ふん……使えるかもしれんな……」
無感情に呟いたロンメルとは対照的に、ドラゴの口角が吊り上がった。