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第百六十二話 静かな怒り

ハノイ冒険者ギルドで元盗賊団の頭目、ガラとトラブルになっていたマオ。特別パーティー入りを望むマオに対し、パールは魔法を指導してあげることになったのであった。

「じゃあ、ここまでにしようか」


ハノイ冒険者ギルドの訓練場に、パンッと手を打ち鳴らす音が響いた。


「つ、疲れた……」


パールから魔法の指導を受けたマオが、地面にへたり込む。


「同じく……」


マオ同様に地面にへなへなと座り込んでしまったのは、ミヤビのパーティーメンバーである魔法使いのアリサ。たまたまギルドに居合わせた彼女は、パールがマオに魔法を指導すると聞いて「私も習いたい!」と手を挙げたのである。


「パールちゃん、本当に凄いね。魔力を制御する力もだけど、その年でそんなに魔法が使えるなんて……」


肩を上下させながら、アリサがクリクリとした目をパールへ向ける。


「いえ、私じゃなくてママが凄いんですよ。私に魔法を教えてくれたのはママなので」


「そ、そうなの?」


「はい。ママはエルミア教の聖騎士団にも魔法や戦い方を指導していましたし」


「す、凄い……もしかして、パールちゃんのお母様って高名な冒険者だったり……?」


「え、ええ。まあそんなところです」


さすがに真祖とは言えない。苦笑いしながら目を泳がせるパール。


「いや、パールも凄いよ。俺より年下なのにそんなに強くてさ。本当に羨ましいよ」


地面で胡坐をかいたままパールを見上げるマオの目は、キラキラと輝いていた。


「教え方も上手だし、間違いなく以前に比べて魔法を上手く扱えるようになったよ」


にぱっと笑顔を向けるマオに、パールも思わず嬉しくなってしまった。


「マオ君、素質あるからね。練習を続ければ、きっと今よりもっともっと魔法上手になるよ!」


「ああ。パールのおかげでかなり自信がついた。本当にありがとうな、パール!」


立ち上がったマオが、拳をパールの前に突き出す。一瞬きょとんとしたパールだが、マオの拳に自分の拳をコツンとあてた。


よかった。マオ君、元気になったみたいだ。でも、本当に魔法の素質はあるみたいだし、これならこの先難しい依頼をこなしてランクも上げていけるよね。自分の指導がマオ君の自信につながったのならよかったよ。


にっこりと笑みを携えたまま、自分より背が高いマオを見上げるパール。なぜかマオの頬は赤くなっていた。そんな二人の様子を、アリサは「微笑ましいなぁ」と思いながら眺めるのであった。と、そこへ――


「パール嬢、ちょっといいかな」


少し離れた場所から声をかけてきたのは、ギルドマスターのヒュース。パールは「はーい」と返事をしてヒュースのもとへ駆け寄った。


「どうしましたか?」


「いや、聖域への出発なんだが、明後日になりそうだ。追加メンバーの準備が思ったよりかかりそうでな」


ええーー、マジか。ママのもとへ帰るのがまた遅くなっちゃう。まあ仕方ないけど。それなら、明日はのんびりハノイの街を見物しようかな。


「そうなんですね。分かりました」


大人の対応をしたパールは、ヒュースが踵を返した瞬間にそっとため息を吐く。マオとアリサのもとへ戻ったパールは、軽く雑談をしてから宿へと戻った。



――翌朝。起床したマオは、ベッドで半身を起こしたまま目を閉じた。たった一日の指導だったにもかかわらず、魔力の質が変化したのを感じる。


本当に凄いとしか言えないな、パールは。マオは目を閉じたまま、自身が魔法を使う場面を頭のなかに思い描いた。


パールが言っていた。魔法はイメージがとても大切なのだと。日ごろから、魔法の鮮明なイメージを頭のなかに描けるよう意識することが大切だと教わった。


「ふぅ……」


うん、こういうことだよな、きっと。パールに教わったことを守って練習を続ければ、俺は必ず強くなれる。そうすれば、いつか母さんに楽をさせてあげられる。


母さんは、俺が冒険者として活動することに反対している。「危険だ」「お前には向いていない」これまで散々言われてきた。


母さんの顔から笑顔が少なくなったのは、俺が冒険者になったこともあるのだろう。でも、昨夜は久しぶりにとびきりの笑顔を見せてくれた。パールに魔法を習ったこと、手ごたえを感じたことを俺が嬉しそうに話していたからかもしれない。


でも、これからだ。もっと頑張って母さんを楽にしてあげないと。マオは着替えをして軽く食事を済ませると、ギルドへ向かう準備を始めた。


たしか、パールはゆっくりハノイの街を見物するって言ってたな。ああ、俺も一緒について行くって言えばよかった。気の利いたことを言えなかった自分が何となく恥ずかしい。


自宅を出たマオは、急ぎ足でギルドへと向かう。自分がもっと強くなれる可能性を知り、希望に満ちているからか、風景もいつもと違って見えた。と――


通りの向かいから、見知った集団がこちらへ歩いてくるのが見えた。周りを威嚇するかのように、のしのしと先頭を歩くスキンヘッドの男。昨日、マオとひと悶着あったBランク冒険者のガラである。


「んん? ああ、俺に撫でられて泣きべそかいてたマオじゃねぇか」


「ぐ……!」


昨日の屈辱が蘇り、マオの顔が歪む。一方のガラと取り巻きはニヤニヤ顔だ。


「今からギルドで訓練か? はっ! ご苦労なこった。残念だが、おめぇみたいなのはいくら訓練しようが強くはなれねぇよ」


「そ、そんなこと分からないだろ!」


「いーや、分かるね。お前の目は負け犬の目だ。負け犬がどれだけ努力しようが、結局は負け犬さ」


大声で笑い始めるガラと取り巻きたちを、拳を固く握りしめたマオが睨みつける。


「……なら、俺と勝負してくれ、ガラさん」


「あ? 何言ってんだてめぇ」


「俺がもし勝ったら、今からでも特別パーティーのメンバーを代わってくれ!」


「……ふん、バカが。まあいいさ。勝負したいってんならしてやるよ。ついてきな」


つまらなそうな顔をしたガラが顎をしゃくる。固い決意の表情が浮かんだままのマオがガラたちの後ろをついていく。俺だってやれる。パールに魔法も教わったんだ。俺だって――



――アイオン共和国の首都ハノイは、観光業も発展している都市である。ここ数年は、幾度となく水害に見舞われているものの、豊富な観光資源を目当てに近隣諸国から大勢の人が足を運んでいる。


「うわ~……立派な建物~……」


一人でハノイ観光を楽しんでいたパールは、荘厳な建物を見上げて嘆息した。目の前にそびえるのは、アイオン国立図書館だ。独特な建築様式が印象的な図書館には、そこはかとない魅力を感じる。


蔵書はどうなってるんだろう? きっと珍しい本がたくさんあるよね。でも、図書館なんて入っちゃうと、きっと一日潰れちゃうからな~……。


腕を組んで「う~ん」と唸り続けるパールに、道行く人々が訝しげな視線を投げかける。


「うん、もう少しいろいろ見てまわろう。で、時間があったらまたここへ戻ってくればいいや」


よし、と頭を切り替えたパールは、やや後ろ髪を引かれつつも国立図書館を素通りし、通りをまっすぐに歩き始めた。と、そこへ――


「パールちゃん!」


突然背後から大声で呼びかけられ、思わず跳びあがりそうになるパール。振り返ったパールの目に映ったのは、血相を変えてこちらへ駆けてくるアリサの姿。


「ど、どうしたの、アリサちゃん?」


はぁはぁ、と息を切らせるアリサに、パールは怪訝な目を向けた。


「た……大変なの……マオが……!」


話を聞くにつれて、パールの顔色がどんどん悪くなる。話を聞き終えたパールが駆けだし、アリサも慌ててそれを追った。



――ハノイの中心街からやや離れた場所にある診療所。ベッドに横たわる少年のそばで、四十代前後の女性が祈り続けていた。


「マオ君!」


診療所の扉が乱暴に開け放たれ、少女が飛び込んできた。医師にじろりと睨まれたパールだが、気にすることなくベッドへと駆け寄る。


「マオ君……!」


ベッドで横たわっているのは、見る影もなくなった少年マオ。全身いたるところに傷を負い、片目は潰れ、右腕の肘から先が切断されていた。


「ど、どうして……」


「……通りで見ていた人がいたんだけど、マオがガラに勝負を挑んでたって……」


パールの隣に立ったアリサが、簡潔に状況を説明する。


「勝負……?」


「うん……。自分が勝ったら、特別パーティーのメンバーを代わってほしいって……」


ハッとした表情を浮かべるパール。マオ君はまだ諦めていなかったんだ。いや、魔法の指導を受けたことで得た自信が、変な方向に向かったのかもしれない。


再度マオを見やったパール。ただの勝負で受けた傷ではない。これはおそらく、数人でリンチされてできた傷だ。パールは拳を強く握りしめた。


と、ベッドのそばに座っていた女性が、パールへと目を向けた。


「……もしかして、あなたがパールちゃん?」


「え……? あ、はい……」


「そう。私はマオの母親、エマです。この子ねぇ……昨夜凄い女の子から魔法を教えてもらったって、とても嬉しそうに話していたの」


「……」


「おかげで自信がついた、これで母さんを楽にしてあげられるって。あんなに嬉しそうなマオを見たのは久しぶりだった。本当にありがとうね」


「……!」


「でも……私は別に楽なんてさせてもらわなくていいの。この子さえ元気でいてくれれば……それで……」


エマの瞳から零れる大粒の涙。消毒液の臭いが充満する診療所に、息子を想う母の嗚咽が響いた。



「私の……せいだ……」


沈痛な表情を浮かべたパールは、ぼそりと呟くとマオの手をそっと握った。途端にマオの全身を光が包み込む。


外傷とダメージはこれで何とかなる。でも、切断された腕は……。パールの顔が悔しさに歪む。どれだけ怖かっただろう。どれだけ痛かっただろう。どれだけ悔しかっただろう。


「アリサちゃん……ガラって人はどこにいるの?」


「え……? たしか北にある廃工場が拠点と聞いたことがあるけど……」


「そう……」


踵を返し診療所を出て行こうとするパール。


「ちょ、ちょっと待って、パールちゃ――」


アリサはそれ以上言葉を紡げなかった。パールの小さな体から立ち昇る、黒々とした魔力と殺気。アリサは恐怖のあまり、診療所の床へへたり込んだ。



――パールが診療所を出て行って十分後。キラとミヤビが診療所へ飛び込んできた。


「マオ!」


「ミヤビさんにキラさん」


ベッドのそばに座っていたエマとアリサが、ミヤビとキラに目を向ける。


「マオの容態は!?」


「傷はパールちゃんが治してくれました。ただ、腕が……それに、まだ意識も戻っていません……」


「くそったれ……ガラの野郎……ぜってぇに許せねぇ……!」


ワナワナと全身を震わせるミヤビ。一方、キラはパールがいないことに気づき、血の気が引いた。


「ね、ねぇ……パールちゃんは……?」


「そ、それが……マオを治療したあと、ガラの居場所を聞いて出て行っちゃったんです……」


愕然とした表情を浮かべるキラ。


「ミヤビ! 私たちも急ごう!」


「あ、ああ。でもキラの姉御。パール嬢の強さならそれほど心配することはねぇんじゃ……!」


「違うわよ! パールちゃんがやりすぎることを心配しているのよ! おそらく、今のパールちゃんは怒りを制御できていない。そんな状態で戦闘に及んだら、あいつら全員殺されてしまうわよ!」


その言葉に、ミヤビとアリサがハッとする。


「問題はそれだけじゃない。もし、パールちゃんがあいつらを殺傷したことを咎められ、衛兵にでも捕まり罪に問われるようなことになってみろ……間違いなくこの国は滅亡するぞ……」


「ん……? は? キラの姉御、よく意味が分からねぇんだけど……」


「……パールちゃんの母上は真祖、アンジェリカ・ブラド・クインシー様。私にとって魔法のお師匠様でもある。パールちゃんは、真祖の令嬢なんだよ!」


「バ、バカな……そんなこと……」


驚きの真実を伝えられ、ミヤビとアリサは愕然とした表情を浮かべる。


「こんなときに冗談なんか言わないわよ。旧ジルジャン王家が皆殺しにされ、王城が燃やし尽くされたのも、馬鹿な国王がパールちゃんを攫ってお師匠様の怒りを買ったからだ」


「じゃ、じゃあパール嬢も吸血鬼……?」


「いや、赤子のとき森に捨てられていたパールちゃんをお師匠様が拾ったんだ。だから、血のつながりはない。でも、お師匠様はパールちゃんを溺愛している。愛娘であるパールちゃんのためなら、あの方は国一つくらい平然と滅ぼす。それをできる力ももっているんだ」


相手が冒険者とはいえ、私闘で殺傷せしめたとなればまず間違いなくパールは罪に問われる。それが当然とはいえど、そんなことアンジェリカには関係ない。


人間に真祖を裁けないように、愛娘であるパールのことも裁けない。もしそのようなことになれば、理不尽であってもアンジェリカはアイオンを滅ぼすであろう。


事の重大さに気づいたミヤビとアリサは、キラとともに大急ぎでガラの拠点へと向かった。

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