第百六十話 胸騒ぎ
聖域で守護者と戦闘中に乱入してきた悪魔族。形勢が悪いと見たパールは撤退を提案する。一方、真祖サイファ・ブラド・クインシーとその息子ヘルガは悪魔族の拠点を発見。思いもよらぬ報告を耳にしつつ、悪魔族と戦闘を開始する。
まさかこんなところにあったなんて。どうりで、なかなか見つけられなかったわけだ。
「でも……アレがここにあるかどうか、入ってみないとまだ分からないか……」
岩山のあいだを延びる細い道を抜けた先には、山に囲まれる形で広々とした盆地があった。真正面に見える洞窟への入り口。おそらくあそこがそうなのだろう。
暗闇へといざなう洞窟への入り口からなかをそっと覗き見る。当然だが真っ暗闇だ。でも行くしかない。アレはここにしかないらしいから。
「それにしても真っ暗ね……」
小さな炎を顕現させ周りを照らす。しっとりと濡れた岩肌が視界に飛び込んできた。ふむ、入り口のあたりは狭かったけど、だんだん広くなってきたわね。ただ、足場が悪くて少し歩きにくいかも。それと……。
「……やっぱり暗すぎるのは不気味だわ」
どこからともなく聞こえてくる風の音に、じめじめとした空気。このなかを一人で探索するのはちょっと嫌だ……。よし――
おもむろに近くの岩肌を殴りつける。洞窟のなかに大きな音が響き、砕けた岩が足元へゴロゴロと転がった。うん、これくらいあれば大丈夫だろう。
「『再構築』」
砕けた岩が光に包まれ、もこもこと形を変え始めた。光が収まり現れたのは、自分よりやや背が低いくらいの少女。なのだが――
「わ!」
魔法で創り出した少女姿のゴーレムには顔がなかった。さすがにこれは怖い。これと二人で洞窟のなかを進むのはさすがにごめんだ。
「ええと……顔、顔……見知った者の顔でいいか……『再構築』」
再び少女が光に包まれる。次に現れたとき、岩から生まれたゴーレムにはかわいらしい顔がついていた。
「うん。これでいいわね。あとは魔核を胸に埋め込んで……と」
アイテムボックスを展開し、魔力を蓄えた魔核を少女の胸に埋め込む。これでよし。あとは……着るものか。そう、目の前の少女は素っ裸なのである。洞窟のなかなので誰にも見られる心配はないが、さすがにこのままでは忍びない。
「うーん……服はないか……あ、これでいいや」
取りだしたのはフルプレートメイル。サイズもちょうどよさそうだ。
「はい、これ着なさい」
「ギ……ギギ……」
「言葉も今度教えてあげる。それから、あなたの名前もつけなきゃね」
ぎこちない動きで鎧を着始めた少女が、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「そうね……あなたの名前は、ノア。いい名前でしょ?」
少女の体が再度光に包まれ、内に秘める魔力量もぐっと高まった。強者による名づけの恩恵だ。
「ノ……ア……」
「そう、ノア。よろしくね、ノア」
特に表情を変えずに、軽く頷いたノア。こうして、私たち二人は暗い洞窟のなかを奥に向かって進み始めた。
――ハノイの冒険者ギルド。広々とした応接室では、ギルドマスターのヒュースと冒険者のミヤビ、パールたちが今後について話しあっていた。
「まさか、聖域の守護者がゴーレムだったとはな……」
ギルドマスターのヒュースが、ソファの背もたれに体を預けたままぼそりと呟く。
「しかも、おそらくただのゴーレムじゃねぇ。正直、めちゃくちゃ強かった」
悔しそうに顔を歪めたミヤビが、紅茶が入ったティーカップを乱暴にソーサーへ戻した。わずかに跳ねた紅茶がローテーブルの上を濡らし、ヒュースが顔を顰める。
「それに、悪魔族まで襲ってきたってのはどうもな……意味が分からねぇな」
腕を組んで唸るヒュースが、ちらりとパールに目を向ける。すでに、ミヤビからパール、キラの活躍ぶりは報告を受けていた。
「パール嬢の的確な判断のおかげで、パーティーの被害は最小限に食い止められた。ギルドマスターとして礼を言わせてもらう。ありがとう」
「いえ。本当は全員倒したかったんですけどね。さすがにケガした人も多かったですし」
あっけらかんと口にするパールに、ミヤビとキラが苦笑いする。
「さすが、ギブソンが一押しする冒険者だけのことはある。いや、本当に助かった。で、これからなのだが……」
真剣な目つきになったヒュースが、隣に置いてあった資料を手にとり視線を落とす。
「特別パーティーを増員しようと思う。また悪魔どもが襲ってこないとも限らねぇし。ハノイのギルドに所属している高位ランカーをまとめてあるから、ミヤビのほうで何人か見繕ってくれ。こっちでも選抜するから」
資料を手渡そうとするヒュースに、ミヤビが鋭い視線を向けた。
「ギルドマスター。ただ人数を集めただけじゃ聖域の攻略は難しいと思うぞ。そもそも、あたいらは聖域の全貌すらまだ何も分かっちゃいねぇ」
ミヤビの言葉にキラが頷く。
「そうね。私たちが見たのはただの岩山に囲まれた盆地。はたして、あんなところに財宝があるのかしら……?」
「ねぇ、キラちゃん。あの女の子の後ろにさ、土を盛った山みたいなのあったよね? あれって、いかにも何かを隠そうとしているように思えたんだけど」
パールの言葉に、ハッとするキラとミヤビ。
「あの山のなかに財宝を隠しているのか、もしかすると……」
「もしかすると?」
「山の後ろに洞窟への入り口とかあったりして」
「……なるほど。たしかにその線は十分考えられるな……正面から見えないように隠しているわけか……」
パールの言葉を聞いて、ヒュースとキラ、ミヤビの三人が腕を組み再び唸り始める。
「……とりあえず、ミヤビは早急に新メンバーの選定を頼む」
「ああ、分かった」
「聖域での行動だが、基本的にはミヤビとパール嬢、キラさんの三人を中心に守護者との戦闘をお願いしたい。その他のメンバーは、三人を邪魔する者から守る盾の役割だ。また悪魔族の邪魔が入らんとも限らんしな」
ヒュースの言葉に、三人は力強く頷いた。
――悪魔族の拠点へとやってきた、真祖サイファ・ブラド・クインシーと息子のヘルガは、打って出てきた悪魔たちをあっさりと殲滅し、内部へと侵入した。
早々に強者の存在を察知したサイファが、単独で捕獲に動き出す。その間、ヘルガは内部の調査を命じられたため、拠点内の部屋を片っ端から見てまわることに。そして――
「な……何だこれは……?」
頑丈な金属製の扉を押し開け、部屋へ入ったヘルガの視界に飛び込んできたもの。そこは、まるで研究室のようであった。部屋の中央には、緑色の液体が入った円柱型の大きなガラス容器が鎮座し、そこへいくつものチューブが接続されている。
「これは……培養装置……?」
しばらく培養装置らしきガラス容器を眺めていたヘルガは、視界の端に映った作業机に近づくと、天板をさっと撫でた。
「大量の埃……しばらく使われていないようだが……」
机の引き出しを片っ端から開くが、情報が得られそうな資料などは残されていない。すでに役目を終えた研究施設、ということか……?
だが、奴らここでいったい何を? 何やらとてつもなく嫌な予感がする。ヘルガは速くなる鼓動を何とか落ち着かせようとした。と、そこへ――
「ヘルガ、何か分かったか?」
背後から声をかけられ振り返ると、サイファが立っていた。よく見ると、右手に何かをぶら下げている。
「い、いえ。父上様、それは……?」
「ああ、七禍の一人、マモンだそうだ」
サイファが、引きずっていたマモンをヘルガの前に投げ捨てる。どうやら気絶しているようだ。眼鏡をかけ、見た目はまるで人間のようだが、額からは二本の角が生えている。
悪魔族の頂点に君臨する七禍の一人を、あっさりと捕獲したことに驚きを隠せないヘルガ。やはり格が違いすぎる……。
「どうやら、ここはこやつの拠点らしい。この研究室らしき部屋のことも、おそらくこやつが知っておろう。連れ帰ってさっそく尋問だ」
「はっ」
サイファは気絶しているマモンの髪の毛を掴むと、踵を返して引きずりながら部屋を出て行った。急いで後を追おうとしたヘルガは、扉の前で一度立ち止まり、部屋のなかを振り返る。
先ほどから胸騒ぎが止まらない。知らないところで、とんでもない計画が進行しているのでは。
ヘルガは、不安を打ち消すように頭を左右に振ると、急いでサイファのあとを追いかけた。