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第百五十九話 驚くべき報告

聖域を守護する少女の姿をしたゴーレムと戦闘になるパールたち特別パーティーの面々。その強さに手こずるさなか、何故か悪魔族まで襲撃してくる事態に。危うい状況だったが、ゴーレムの少女が突然悪魔族へ攻撃を加え始め、その隙にパールたちはひとまず撤退することにしたのであった。

毎朝決まった時間に目を覚まし、隣で眠る小さな天使の体を抱きしめる。ここ数年間、毎朝そうしてきた。


目覚めたアンジェリカは半身を起こすと、隣を見てそっとため息を吐く。いつも愛らしい天使が眠っていた場所には、今誰もいない。


「はぁ……」


パールがアイオンの首都、ハノイへ旅立ってまだ一日と少ししか経っていないというのに、アンジェリカは胸にぽっかりと穴があいたかの如く虚無感を抱いていた。


のろのろとベッドから降り、寝間着から普段着に着替える。寝室の扉を開き、名残惜しそうにもう一度ベッドを見やるが、やはりそこにパールの姿はなかった。


「お嬢様、おはようございます」


アンジェリカが起きる時間にあわせて、寝室の外で待ち構えたいたアリアが声をかける。


「ええ、おはよう。アリア、テラスへ紅茶をもってきてくれる?」


「ダイニングで食事はとられませんか?」


「うん……何となく食欲がなくて。あなたも一緒にお茶しない?」


「わかりました。では、準備してきますね」


ふらふらとした足取りでテラスへ向かうアンジェリカに、心配そうな目を向けるアリア。お嬢様にとってパールは精神安定薬のようなものだからなぁ……。


パールがアイオンへ行ってしまい寂しいのはアリアも同じなのだが、それにしてもアンジェリカの憔悴ぶりは少し異常に思える。


アリアはそっと息を吐くと、キッチンへ向かいお茶の準備をし、テラスで待つアンジェリカのもとへと急いだ。


ガーデンチェアに腰かけ、庭へ目を向けているアンジェリカの前にティーカップを置き、ポットからお茶を注ぐ。甘く優雅な香りがテラスに広がった。


「……いい香りね。これは?」


「紅茶ではなくハーブティーにしてみました。これはジャスミンというハーブだそうです。落ち込んだときとか、心が弱っているときに効果があるみたいですよ」


アンジェリカの向かいに座ったアリアが、にこりと笑みを向ける。心を見透かされたのが恥ずかしいのか、アンジェリカの頬が少し紅く染まった。


「わ、私は別に落ち込んでなんか……」


「いや、それまったく説得力ないですから」


「う……」


バツが悪そうな表情を浮かべるアンジェリカに、アリアは苦笑する。


「お嬢様。そんなに心配ならこっそり様子を窺ってきたらどうです?」


「ダメよ。そんなことしてもしパールにバレたら嫌われちゃうじゃない」


以前、パールになるべく子ども扱いしないと言った手前、心配だからと様子を見に行くのは気が引ける。根が頑固な娘だけに、怒らせると長引きそうだし。


「そうですかねぇ……」


「それに、それほど心配はしていないのよ。ただ、私がちょっと寂しいだけ。ちょっとね」


ふふ、と笑ったアンジェリカの瞳の奥はまったく笑っていなかった。これはもしかして重症なのでは? アリアは心底心配になった。


「ごめんね。あなたにまで心配をかけて」


「何言ってるんですか。私はお嬢様の忠実なるメイドにして眷属ですよ? 私などに気を遣う必要はないんです」


「そうはいかないわよ……本当にごめんなさい。最近、いろいろ考えごともしちゃって、心が弱っているみたいなのよね」


ハーブティーを飲み干したアンジェリカは、アリアに目でお代わりを要求する。


「どんな考えごとをしているんですか?」


ティーカップへハーブティーを注ぎながら、アリアがアンジェリカをちらりと見やる。


「……私たちは長く生きる種族じゃない? これからも悠久のときを生きていき、記憶はどんどん上書きされてしまう。いつか、パールとすごした日々のことまで上書きされて忘れてしまうんじゃないか、なかったことになってしまうんじゃないか、そんなことを不意に思うことがあったの」


そっと目を伏せるアンジェリカ。まさか、そんなことを考えていたとは、アリアは思ってもいなかった。


「もしかすると、すでに過去の大切な思い出がいくつも上書きされているのかもしれない。私と同じ時をすごした相手は私のことを覚えているのに、私だけが忘れてしまっているかもしれない。そんなことを考えたとき、無性に怖くなってしまったの」


「……長きにわたる時を生きていれば、それも仕方がないことでしょう。私だって、すでに上書きされた記憶はいくつもあると思います……でも」


「……でも?」


「パールのことを忘れるなんて、絶対にあるわけないじゃないですか。お嬢様の大切な娘であり、私にとっても何より大事な妹なんですから」


再びにっこりとした笑みを向けられ、アンジェリカもわずかに頬が緩む。


「そう……よね。それに、そんな先のこと、今から考えることじゃないわよね」


「そうですよ、お嬢様! 元気出してください! 何なら、ソフィアさんでも連れてきましょうか?」


「ど、どうしてそこでソフィアの名前が出てくるのよ」


「いや、パールもいないことだし、今なら寝室に連れ込んでも私は文句言いませんよ?」


酷い言われようだ。アンジェリカの顔から自然と笑顔が漏れる。何となく気持ちが落ち着いたアンジェリカは、ハーブティーを口にすると朝陽を浴びる森へと目を向けた。と、軒先にぶら下がっていた蝙蝠が羽音を立てて飛び去る様子が視界の端に映りこんだ。



――真祖サイファ・ブラド・クインシーとその息子であるヘルガは、悪魔族が支配する領域に足を踏み入れていた。


ベルフェゴールの記憶と思考を読んだサイファが、悪魔族の企みを暴くべく自ら足を運んだのである。


「……おそらくあの建物だな」


上空から見下ろす視線の先には、石造りの質素な建物が見える。造りこそ質素だが規模は大きい。


「父上様。もしあそこが悪魔の拠点だった場合、相当な数が控えているかもしれません。もしかすると、七禍がいる可能性も……」


「問題ない。七禍がいればなお好都合だ」


愚問であったと恥じ入ったヘルガは、再度眼下に見ゆる建物に視線を飛ばした。と、そのとき――


「ご当主様、ヘルガ皇子。報告したいことがございます」


サイファとヘルガの背後に、壮年の吸血鬼が現れた。短い栗色の髪に鍛え抜かれた体躯。鋭い眼光が印象的な男が、恭しく頭を下げている。


「む。お主がわざわざここまで報告に来るとは。何があった、グレイ?」


サイファがグレイと呼ぶ男の名は、グレイ・バートン。真祖一族を長きにわたり陰から支えてきた、バートン一族の現当主にして、アンジェリカの眷属アリアの実父である。


「は。大陸中に放っていた蝙蝠どもから報告があがってきました」


「聞こう」


「は。まず、ベルフェゴール配下と思われる悪魔族が人間の国、アイオン共和国で冒険者たちと戦闘におよびました」


「……ふむ? それで?」


「悪魔どもの意図はよく分かりませんが、冒険者たちのなかに興味深い者がいたようです」


「ふむ」


「悪魔どもと戦闘を繰り広げていた冒険者たちのなかに、十歳にも満たないであろう幼い少女が混じっていたとのこと。そして、その少女はおそるべき力で悪魔どもを蹂躙したとのことです」


サイファとヘルガが顔を見合わせる。人間は矮小で弱い種族だが、さまざまな可能性を秘めた種族でもある。悪魔族を相手にできる者がいてもそれほど不思議ではない。少女というのは少々引っかかるが。


「問題は、その少女が使用した魔法です。報告では、まるで魔導砲のようであったと……」


「何だと……?」


思わぬ報告内容に、サイファとヘルガの顔が驚愕に染まる。


「ベルフェゴールの配下に張りつかせていたのは、長く我々が使役している眷属の蝙蝠です。少女が使った魔法は、昔見たアンジェリカ様の魔導砲にかなり近かったとのこと」


「いったい、どういうことだ……?」


「それともう一つ。姫様……アンジェリカ様が住んでおられる場所も特定できました」


再び驚きの表情を浮かべるサイファとヘルガ。


「ま、まことか?」


「はい。それで、ここからがさらに問題なのですが……」


サイファから視線を外したグレイは、何やら言いにくそうにそわそわし始めた。その様子に、怪訝な表情を浮かべるサイファとヘルガ。


「ど、どうしたグレイ? 何が問題なのだ?」


何百年も愛する妹のことを探し続けてきたヘルガは、はやる気持ちを抑えられない。


「それが……アンジェリカ様とうちのバカ娘……いえ、アリアが会話している様子を聞いたようなのですが……」


昔から苦労ばかりさせられたバカ娘とはいえ、今は真祖アンジェリカの眷属である。グレイは思わず言い直した。


「会話の内容から……アンジェリカ様には娘がいるようなのです……」


恐る恐るサイファの顔を見上げるグレイ。吸血鬼はもちろん、あらゆる種族が恐れをなす真祖サイファ・ブラド・クインシー。その気になれば、自らの意思で月や星の位置さえ変えると言われた孤高の存在、始まりの吸血鬼。


そのサイファは、何かに打ちひしがれたような、絶望的な表情を浮かべていた。隣に立つヘルガも同様である。


「む、む、娘だと……? 子をなしたというのか……? 私のかわいいアンジェが……?」


ワナワナと震えだすサイファの様子に、グレイは全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。


「い、いえ! そこまでは! ただ、アリアはこうも言っていたようです。『私にとっても大事な妹だ』と。もしかすると、誰かの子を養子にした、という可能性も……」


サイファ同様、絶望的な表情を浮かべ、手のひらで顔を覆っていたヘルガだが、その言葉にパッと顔が明かるくなった。


「た、たしかにその可能性も……ん? もしかすると、魔導砲によく似た魔法を使う少女とは……」


「私も一瞬そう思った。が、そのような偶然あるか?」


「そ、それは……」


腕を組んで唸り始める真祖の父子。それを困ったようにちらちらと見やるグレイ・バートン。と――


「む? 私の殺気と魔力に気づいたか」


先ほどまで魔力を抑えていたサイファだったが、グレイからの報告を聞いて思わず殺気混じりの魔力が漏れてしまった。


眼下に見ゆる建物から、手に手に武器をもった悪魔族がわらわらと出てくる様子が見える。


「報告の件はあとでゆっくり考えようぞ。とりあえず、今は私たちのやるべきことをやるまで。行くぞ、ヘルガ」


「は!」


真祖父子は、巣から出てくるアリの如き悪魔族に対し、挨拶代わりと言わんばかりの高位魔法を撃ち込むと、どちらが悪魔なのか分からぬくらいの凄惨な蹂躙を始めた。

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