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第百五十八話 黒髪の少女

聖域を攻略すべく、ハノイの冒険者たちと特別パーティーを組んだパールとキラ。行く手を阻む投石を何とかかいくぐりつつたどり着いた先でパールが見たものは、幼い顔立ちをした黒髪の少女だった。

どこかで見たことある気がする。視線の先に立つ少女を一目見たパールは即座にそう感じた。長い黒髪と幼い顔立ちが印象的な少女は、色あせた金属製のフルプレートメイルを纏っている。


「ねぇ、ミヤビちゃん。あの子が守護者なの……?」


息を切らしながら隣に立つミヤビへ、ちらりと視線を向ける。


「わ、分からねぇよ。ここへ来たのも初めてだし……」


それもそうか。それにしても、あの子は人間……? 見た感じは人間にしか見えないけど、雰囲気が……。


パールは警戒しつつ、ゆっくりと少女との距離を詰めようとした。フルプレートメイルを纏った少女は、何の感情も窺えない顔でこちらをじっと見つめている。


彼女の背後には、こんもりとした小さな土の山。高さ三メートルほどの土山は、背後に何かを隠すかのように盛られている。


「あのー……あなたが聖域の守護者……?」


少女との距離は約五メートル。これなら突然攻撃されても何とかできる。パールは立ち止まり少女に問いかけた。


「……ご……よ……」


少女がぼそりと何かを呟いた。


「ん? ごよ?」


首を傾げながら、パールは左右に立つキラとミヤビに視線を巡らせた。が、二人とも明らかに戸惑ったような顔をしている。


「ね、ねぇ。ごよ、って何なのかな……?」


「うーん、見当もつかない……」


「右に同じくだ……」


少女は黒髪を風に靡かせながら、じっとこちらを見つめ続けている。もしかすると、話せば何とか分かってくれるのでは、と希望を抱いたパールが一歩を踏み出した瞬間――


微動だにしなかった少女が風を巻いて襲いかかってきた。驚くべき速さでパールのもとへ接近し拳を振るう。


「わわっ!」


俊敏な動きで少女の拳をかわしたパールは、すぐさま距離をとって背中の魔剣を抜く。少女は、攻撃をかわされたことをさして気にする素振りもなく、次の標的にミヤビを選んだ。


またたく間に懐に入りこまれたミヤビだが、咄嗟に魔法盾を展開する。ガキンッ、と鈍い音が周辺に響き渡った。


「くっ……この……『雷帝(インペリアルサンダー)』!」


至近距離から高位魔法を放つ。雷鳴が轟き、いくつもの雷が少女の小さな体に降り注いだ。高威力の魔法を放ったことで周りの砂が巻きあげられ、砂煙が冒険者たちの視界を遮る。


「やった……のかな?」


魔剣を構えたまま砂煙が収まるのをじっと待つパール。


『油断するな、パール。ありゃヤバいぞ……』


「どういうこと? ケンちゃん?」


『俺の勘だ。何か、ヤバそうなニオイがするんだよ……』


いや、それじゃ全然分かんないし。でも、たしかにケンちゃんの言う通りヤバそうな相手だとは思う。だって――


少しずつ晴れてきた視界の先には、何事もなかったかのように立つ黒髪の少女。ミヤビの高位魔法が直撃したにもかかわらず、まったくダメージを受けた様子は見られない。


「そ、そんな……防御も回避もしていないのに、私の魔法が通用しない……?」


唖然としたのはミヤビだけでなく、キラやその他の冒険者たちも同様である。何とも言えない不気味さを覚え、冒険者たちが遠巻きに少女を取り囲む。と――


「先に攻撃してきたのはそっちだし、ごめんね!」


魔力で身体を強化したパールが、魔剣を振りかざして少女へ接近する。再び殴りつけようとしてくる少女の拳をかいくぐってかわし、背後から肩口へと斬りつけた。


ケンが少女の肩口に吸い込まれ、切断された腕が地面にぼとりと落ちる。


「ごめんね。でも、こっちも仕事だか……ら……?」


腕を斬り落とされたというのに、悲鳴一つあげない少女。それどころか、落ち着き払った様子で斬り落とされた腕を拾いあげた。


と、拾った腕がどろりと溶けたかと思うと、少女の体に吸収され、肩口から新たな腕が生えてきた。


「ケ、ケンちゃん! あ、あれどういうこと!?」


『分からねぇ! が、これで人間じゃねぇってことははっきりしたぜ! 再生能力があるのなら、いくら俺で斬りつけたところで倒すのは難しいかもな!』


再び少女と距離をとるパール。と、ほかの冒険者たちも一斉に少女への攻撃を開始した。


中長距離から魔法を放ち、隙を見て剣士や重戦士が接近し直接攻撃を加える。聖域攻略のために集められたパーティーだけあって、個々の戦闘力は高い。


が、黒髪の少女はその上をいっている。何せ魔法がまったく通用しないため、目くらまし程度にしかならない。しかも、体力も無尽蔵なのか、先ほどから激しく動き回っているのに、息切れ一つしないではないか。


案の定、接近戦をしかけた冒険者たちは次々と少女に倒されていく。十五人もいた歴戦の冒険者たちが、すでに半数以下に減らされた。


「パール嬢! ありゃ多分ゴーレムだ! 魔法はおろか、生半可な直接攻撃も通用しねぇ!」


「ゴーレム!? 凄い! 初めて見た!」


斜め上の反応に思わずずっこけそうになったミヤビ。


「ゴーレムってどうやって倒すの!?」


「まったく分からんよ! ゴーレムと戦闘になったことなんてねぇもん!」


うーん、どうしたらいいんだろ。こんなときママならどうするのかな? 効くかどうか分からないけど、一度本気の魔法を撃ち込んでみようかな……。


そんなことをパールが考えていたそのとき――


上空から地上へ向かって炎の魔法が撃ち込まれた。突然のことに慌てふためく冒険者たち。


「な、何だ!?」


いまだ少女の脅威が去っていないにもかかわらず、ミヤビたちは一斉に上空を見やった。


「あれは……!」


宙に浮いていたのは、頭から角を生やした五名の悪魔族。上空から見下ろしていた悪魔たちはそのまま地上へ降り立つと、問答無用で冒険者たちへ襲いかかってきた。


「ちょ、これどういうこと!?」


キラが至近距離からいくつもの魔法を放つ。


「ど、どうして悪魔族が!?」


理由は分からないが、攻撃してくるのなら戦闘に及ぶしかない。ミヤビやアリサたちパーティーメンバーは、わけも分からぬまま悪魔族との戦闘を開始した。


一方、パールは冒険者の首を掴んで持ち上げていた少女に駆け寄ると、勢いよく跳び蹴りを喰らわす。冒険者を放してたたらを踏む少女。


「キラちゃん! ミヤビちゃん! そっちは大丈夫!?」


黒髪の少女と向かい合ったままパールが叫ぶ。


「こ、こっちは何とかなる……と思うけど……長くはもたないかも!」


さすがにこの状況はマズい。こっちはゴーレムで手一杯だし、複数の悪魔族を相手にするのはキラちゃんやミヤビちゃんたちでも苦しいだろう。


「『展開(デプロイ)』」


パールは少女から視線を外さぬまま、自身の体を囲むように六つの魔法陣を展開させた。


「みんな、避けてね! 『魔散弾(バレット)』!!」


個々の魔法陣から、数えきれないほどの閃光が放たれる。


「わわっ!」


「マ、マジかよ!?」


またまたとんでもない魔法を見せられ、ミヤビの顔が驚愕に染まった。放たれた閃光が次々と悪魔族に被弾する。


だが、万が一キラたちに被弾したときのことを考え、威力を落としているため致命傷にはいたっていないようだ。なお、ゴーレムの少女に効いた様子はない。


「うーん……やっぱりこっちには効かないのか……」


さて、どうしよう。ゴーレムってどうやって倒せばいいのかな。ゴーレムの倒し方なんて勉強してないよーーーー!


思わず地団太を踏みそうになったパールだが、次の瞬間驚くべきものを目にする。


冒険者の一人へ馬乗りになり、今にもその体を鋭い爪で引き裂こうとしていた悪魔族の頭が突然爆ぜた。目にも止まらぬ速さで悪魔の背後へ回り込んだゴーレムの少女が、拳で頭を殴りつけたのだ。


「え……? どういうこと……?」


ぽかーんとしてしまうパールを尻目に、少女は次々と悪魔族に攻撃を加えていく。冒険者たちにはもう目もくれていない。


これってチャンスなんじゃ……!


「キラちゃん、ミヤビちゃん! 今のうちに撤退しよう! 一度態勢を立て直さなきゃ!」


「お、おう……! おい、動ける奴は倒れている奴を抱えろ! ひとまず撤退だ!」


キラも倒れている冒険者を肩へ担ぎ、飛翔魔法を発動させる。殿を担ったパールは、ゴーレムの少女が一人で四名の悪魔族相手に大立ち回りをしている様子を視界の端に捉えつつ、じりじりとその場から離れると一目散に細い道を駆け出した。


そして、時期を同じくして、戦いの様子を上空から見守っていた複数の蝙蝠がどこへともなく飛び去った。

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