第十七話 逆鱗に触れた代償
投稿を始めてまだ一週間も経っていませんが、間もなく第一章が完結です。読んでくださっている皆様、いつもありがとうございます。
屋敷のテラスで紅茶を味わいつつ読書を楽しんでいたアンジェリカは、強い魔力の乱れを感じた。
アリアが転移で戻ってきた気配がするが、魔力の乱れが尋常ではない。嫌な予感がした。
読みかけの本を閉じアリアのもとへ向かおうとすると、遠くから大きな足音が聞こえ……。
「お嬢様っ!!!」
テラスへ飛び込んできたアリアは顔面蒼白で激しく息切れをしている。
「パールが……、パールが!!!」
泣きそうな顔で何とか言葉を発するが、次が続かないためパールがどうしたのかさっぱり分からない。
「落ち着きなさい。パールがどうしたの?」
自身の焦りを押し殺し、とりあえずアリアを落ち着かせようとする。
「申し訳ありません!!パールが──いなくなりました……!!」
頭が真っ白になった。
「……どういうこと?分かりやすく説明しなさい」
必死に冷静さを保ちつつ口を開く。
アリアの話によると、カフェでトイレに行ったパールの戻りが遅かったため、見に行くと姿がなかったとのこと。
慌てて周辺を探したものの、どこにも見当たらなかったそうだ。
さらに、アリアが手渡してきたものを見て、アンジェリカのなかの微かな希望は潰えた。
それはパールがいつも身につけていた手袋。
アンジェリカがエンチャントを施した品であり、身につけている者の魔力を感知できる代物だ。
パールが身につけていれば、魔力を感知してすぐにでも転移でそばに行けたのに……!
唇を噛むアンジェリカ。
アリアの話では、トイレの洗面台にあったとのこと。
状況から考えられるのは、トイレで手袋を脱いでいるタイミングで何者かにさらわれた、といったところか。
魔法で反撃した形跡もないとなれば、薬か何かで眠らされたのかもしれない。
怒りで頭がどうにかなりそうだった。
いったい誰が何のために。
王都には素行が悪い冒険者や人攫い、犯罪者も大勢いる。
パールの見た目から、貴族の令嬢と勘違いされさらわれた可能性も否めない。
もしくは、私との関係を知った国王が人質にするつもりで手にかけた可能性もある。
ただ、今はそんなことはどうでもいい。一刻も早くパールの行方を探さなければ。
とにかく情報がほしい。こんなとき、王都に詳しいキラがいれば情報収集もしやすかったのに──。
たしか、キラは今日王都にいるはずだ。冒険者ギルドに行けば居場所が分かるかもしれない。
「アリア、私は王都の冒険者ギルドに行くわ。あなたはもう一度カフェの近辺を探ってみて」
「お嬢様。どうか私も」
どこからともなく現れたフェルナンデスが同行を申し出る。
「いえ、可能性は限りなく低いけど、パールがここに戻ってくる可能性もあるわ。だからあなたはここに居てちょうだい」
そう告げるや否や、アンジェリカは王都へ転移した。
王都の人目につかない場所へ転移したアンジェリカは、小走りで冒険者らしい者を探した。
すぐに冒険者らしき二人組を見つけたので、ギルドの場所を聞くべく声をかける。
「ねえ、冒険者ギルドはどこ?」
一見貴族のように見える美少女に声をかけられ、一瞬驚きの表情を見せた冒険者たちだが、すぐに下卑た笑みを浮かべ始めた。
「へへへ……、お嬢ちゃんみたいな子が冒険者ギルドに何の用があるんだい?」
「それよりお兄さんたちと遊ばないか?いい思いさせてやるか……ら……よ……?」
アンジェリカから漏れる刺すような殺気に、冒険者は言葉が続かなかった。
「質問に答えなさい。今の私は悠長にお喋りを楽しむ余裕がないの」
紅い瞳に強い殺気と魔力を込めると、冒険者たちは地面に崩れ落ち慌ててギルドの場所を教え始めた。
ギルドの場所はそう遠くなかった。入り口のドアを勢いよく開けてなかへ飛び込み周りを見渡す。どうやらキラはいないようだ。
冒険者たちが怪訝そうな視線を向けてくるが、アンジェリカはそれを無視してカウンターに向かい受付嬢に声をかけた。
「聞きたいことがあるの。Sランク冒険者、キラの居場所を知らない?」
冒険者ギルドには似つかわしくないゴシックドレスを纏った美少女に突拍子もない質問をされ、怪訝な表情を浮かべる受付嬢。
「ねえ、急いでるの。知ってるの、知らないの?」
一方的にまくしたてるアンジェリカに、受付嬢は不快そうに眉根を寄せる。
「申し訳ありませんが、冒険者の個人的な情報を伝えるわけにはいきません。お引き取りください」
思わず舌打ちしそうになるのを堪え、アンジェリカはカウンターの後ろを振り返った。
「誰でもいいわ。Sランク冒険者のキラがどこにいるか知っている人はいない?」
ギルドに入ってくるや否やわけの分からないことを問いかけてくる少女に対し、冒険者たちは冷たい視線を向ける。
「いきなり何言ってんだてめぇ」
「ここはてめぇみたいなガキが来る場所じゃねぇぞ!」
「とっとと帰りやがれってんだ!」
冒険者たちが口々に叫び始めた刹那、アンジェリカから寒気がするような殺気が放たれた。
小さな体からどす黒いオーラが立ちのぼり、一瞬のうちにギルドのなかは恐怖に支配される。
先ほどまで口々に叫んでいた冒険者たちは腰を抜かして歯をガチガチと鳴らし、受付嬢にいたっては白目を剥いて気絶していた。
追い打ちをかけるように、体のなかまで凍てつきそうな冷たい声でアンジェリカが口を開く。
「……私の名はアンジェリカ・ブラド・クインシー。あなたたちが国陥としと呼ぶ存在よ。今一度聞くわ。キラはどこ?」
国陥としという言葉に冒険者たちが再度凍りつく。
すなわちそれは、目の前の少女が真祖であることを意味する。
その場にいる全員が死の足音を聞いたとき、一人の冒険者がおそるおそる手を挙げた。
「キ、キラなら多分南の通りにある酒場だ。今日道ですれ違ったとき、たしかその酒場へ行くと言っていた」
重要な情報を入手でき、アンジェリカは少しだけ安堵した。
「そう……ありがとう。助かったわ。ついでにそこの坊や、その酒場まで案内してくれるかしら?」
もはや冒険者たちに逆らう気力はない。
「あ、ああ。わかっ……分かりました」
重要な情報を提供してくれた冒険者を連れギルドを出たアンジェリカは、急いで件の酒場へ向かった。
酒場は冒険者ギルドからほど近い場所にあった。
なかへ入ると、さっそくガラが悪そうなチンピラが絡んできたが、アンジェリカが魔力を込めた視線を向けるとたちまち失神した。
店内を見渡すと──
奥のテーブルに座っているキラを見つけた。このあいだ一緒だった、ケトナーとフェンダーもいる。
「キラ!」
アンジェリカが呼ぶと、キラは驚き椅子から飛び上がった。まさかこんなところにいるとは思っていないため当然であろう。
「お、お師匠様!?いったいなぜこんなところに??」
Sランク冒険者が師匠と呼ぶ美少女に対し、一斉に視線が向く。
「町に来ていたパールが行方不明になったわ。状況からおそらくさらわれたんだと思う。犯人を見つけるためにも情報が必要なんだけど、私たちはこの町にゆかりがある者も協力者もいない。だからキラ、あなたの力を借りたいの」
アンジェリカがどれほどパールを大切にしているのか、キラはよく理解している。気丈に振る舞ってはいるが、精神的にはかなり堪えていることも。
「そんな──パールちゃんが……!!任せてくださいお師匠様。私のネットワークを使って今すぐに情報を集めます」
「おう、お姫さん。そんな事情なら俺たちも協力させてもらうぜ」
「ああ。無垢な子どもをさらうなど許せん」
ケトナーとフェンダーも協力を申し出てきた。
「ありがとう。感謝するわ」
その後の動きは速かった。ケトナーとフェンダーがまたたく間に情報を集め、キラとアンジェリカも足で犯人の痕跡を探しまわった。
30分ほど経ったころ、アンジェリカが待ち望んでいた情報が一人の冒険者からもたらされる。
「キラさん!気になる情報がありましたぜ!」
話を聞くと、パールがいなくなったカフェの近くで、同じ時間帯に怪しい連中を見たホームレスがいたとのこと。
三人組の男で、一人は小さな子どもが入りそうな麻袋を抱えていたそうだ。
しかも、三人は冒険者のような格好をしていたものの、動きは訓練された兵士のようだったと。また、相当周りを警戒しつつその場を去ったらしい。
そして、三人が立ち去ったのは間違いなく王城の方角だと。
決まりだ。
パールをさらったのは国王の手の者だ。
必死に抑えていた殺気があふれ、近くにいる者は意識を保つだけで精一杯であった。
「キラ……。王城の近くにあなたの友人や知り合いはいるのかしら?もしいるのなら、今すぐ避難させてちょうだい」
キラは直感的に理解した。もうこの国は終わりなのだと。
決して怒らせてはいけない強者の逆鱗に触れてしまったのだと。
それに触れたのなら代償を払わなければならない。
「あの子のためなら、私はためらいなく国でも世界でも焼くわ」
パールの平穏を脅かす輩は生かしておけない。
アンジェリカは静かに王城の方角を睨みつけた。
最後までお読みいただきありがとうございました。少しでも面白いと感じてもらえればうれしいです。ブックマークや感想、イイねありがとうございます。