第百五十五話 もう一つの顔
可憐な見た目に反さず健気で心優しい美少女。聖女として生を受けたパールちゃんに誰もが抱く印象だ。が、これは彼女がもつ側面の一つにすぎない。
頑固で強気、自信家。そしてやられたらやり返す。それほど長いつきあいではないものの、一つ屋根の下で家族同然に接しているパールちゃんのことはよく理解している。
パールちゃんは言わば鏡のような存在だ。相手が丁寧に接すれば丁寧に対応するが、悪意や敵意を向ける者には容赦しない。このあたりはお師匠様譲りなのだろう。
ハノイ冒険者ギルドの広々とした訓練場で、ミヤビたちと向き合うパールにキラが視線を向ける。ミヤビたちのパーティは彼女を入れて五名。全員の顔にパールへの不満、反感がありありと浮かんでいる。
「お嬢ちゃん。今ならまだ引き返せるぜ。素直に謝ったらどうだ?」
「その言葉はそっくりそのまま返させていただきます」
澄ました顔で拒絶され、ミヤビが忌々しげに顔を歪めた。
「そうかい……なら、ケガしてから後悔しな!」
ミヤビの言葉に呼応するかのように、パーティメンバーたちが戦闘態勢を整える。ミヤビの前に剣士のゾフィーと重戦士のカイが、両サイドに魔法使いのアリサ、治癒士のルイが展開した。
ゾフィーが業物の長剣をぬらりと鞘から抜き、カイは巨大なハンマーを肩に担いで威嚇する。ミヤビはもちろん、メンバー全員、そして見学しているすべての冒険者たちも、ゾフィーとカイの二人だけでパールを倒せるだろうと信じてやまなかった。
「では、いきますよー」
何とも気の抜ける声を発したパールが、背中から剣を抜いた。その瞬間、ミヤビたちと見学していた冒険者たちの目が驚きで見開かれる。
漆黒に染まった剣からまき散らされる禍々しい魔力。しかも、刃に浮かんだ不気味な目がぎょろぎょろと周りを威嚇するように動いているではないか。
「な、何だよ……その剣は……?」
嫌な予感がしつつも、ミヤビは聞かずにいられなかった。
「ん? ただの魔剣ですよ? 『身体強化』」
刹那、魔力を全身に纏ったパールが魔剣のケンを振りかざし、一気にミヤビたちとの距離を詰めた。あまりの速さに反応が遅れるゾフィーとカイ。
「くっ……! このガキ……!」
あっという間に目の前へ現れたパールに対し、ゾフィーが上段から斬りかかる。が――
キン、と甲高い音が広々とした訓練場に響いたと同時に、ゾフィー自慢の長剣が両断された。さらに、その場でくるりと回転したパールが、ケンの柄を勢いよくゾフィーのみぞおちへと叩きつける。
「ぐぼぁっ!!」
堪らず地面を転がるゾフィー。背後から攻撃しようとしたカイも、大型ハンマーを魔剣で真っ二つにされ攻撃の手段を失い、素手で掴みかかろうとしたところ身体強化したパールの蹴りをまともに腹部へ受けてしまった。
一瞬のうちに前列二人を無力化され、驚愕するミヤビ。魔法で攻撃しようにも、パールは風のように素早く距離をとってしまった。
「く……マジかよ……! ただのガキじゃねぇってことか……!」
あっさりと倒されたゾフィーとカイのもとへルイが駆け寄る。治癒魔法を発動すると、またたく間に二人は元気を取り戻したが、武器を破壊されてしまったため戦闘力の低下は否めない。
一方、パールはミヤビたち一行の様子を冷静に観察していた。
うーん、多分あのお姉さんは治癒士だよね? ということは、こっちが倒しても今みたいに治療されちゃうってことか。さて、どうしよう。いっぺんに倒せなくはないけど……。とりあえず、おとなしくしておいてもらおうかな。
パールは、治療を終えて再びミヤビの隣に立ったルイへスッと右手をかざした。
「『闇の鎖』」
ルイの足元から顕現したいくつもの黒い鎖が、その小さな体にまとわりつき自由を奪った。
「な、なにこれ!?」
「バ、バカな! 闇属性の魔法だと!?」
先ほどの戦いぶりから、ミヤビたちはパールを剣の使い手だと勘違いしていた。当然と言えば当然であるが。
魔剣と身体強化を用いた近接戦闘が得意なのかと思いきや、まさかの魔法攻撃。しかも、人間には使いこなせないと言われる闇属性魔法を操る少女に、ミヤビの警戒心が高まる。
「く……ルイの治癒魔法はもうあてにできない。ゾフィーにカイ、アリサ、四人で囲むぞ!」
雷帝と呼ばれる自身とアリサで攻撃魔法を撃ち込み、その隙にゾフィーとカイが接近して倒す。これがミヤビの描いた絵だ。
もちろん、魔法だけで倒せるのならそれに越したことはない。たしかに、強力な魔剣と魔力による身体強化には驚かされたが、このメンバーによる波状攻撃なら間違いなく勝てる。我々は誇り高いハノイの冒険者なのだ。
パールの強さをある程度は認めたものの、それでもまだ勝算は十分あるとミヤビたちは考えていた。
「いくぞ、アリサ! 『雷帝』!」
「うん! 『炎帝』!」
パールの左右から雷と炎の上位魔法が同時に襲いかかる。が――
「『魔法盾・改』」
パールの全身を薄い光の膜がすっぽりと覆う。ミヤビたちの魔法はあっさりと無力化され、その隙をついて動こうとしたゾフィーとカイは微動だにできなかった。
「な、なんだと……!? あたいらの魔法を完全に防ぐなんて……!」
ニコニコと憎らしげな笑みを浮かべるパールに、何とも言いようのない不気味さを感じるミヤビ。こいつは尋常じゃない――
と、魔剣を鞘に収めたパールが両手のひらを前方へ突き出した。パールと一定の距離をとったまま警戒するミヤビ一行。
「『展開』」
ぼそりと呟いた瞬間、六つの魔法陣がパールを取り囲むように顕現した。あり得ないものを目の当たりにし、ミヤビとアリサの顔が恐怖に染まる。
「な、なな……何だよそれ……何なんだよ……」
「嘘よ……あり得ない……そんなこと……」
緻密に描かれた魔法陣を六つも同時に顕現させられる力。それは、圧倒的な魔力と魔法技術の高さを示している。高位魔法の使い手であるミヤビとアリサだからこそ、パールが尋常ではない存在だと即座に理解した。
「こ……こんなことって……信じられない……バ、バカバカしい……」
恐怖に顔を歪めたまま言葉を漏らすミヤビ。一方、アリサは歯をガチガチと鳴らして震えている。そして――
「さっきのこと、あとで謝ってもらいますからね。『魔導砲』!」
パールを軸にゆっくりと回転していた魔法陣が動きを止め、輝き始める。次の瞬間、それぞれの魔法陣からとんでもない出力の閃光が放たれ、ミヤビたちに襲いかかった。
すでに戦意をほぼ失っていたミヤビたちは、なすすべもなく魔導砲の餌食となる。唯一、闇の鎖で動きを封じられていたルイだけが難を逃れたが、もちろん彼女も戦意を喪失していた。
ハノイ冒険者ギルドの最大戦力と謳われたミヤビたちが、一人の美少女相手にまったく歯が立たず敗れ去る様子を見ていた冒険者たちは、驚愕の色を隠せない。
訓練場の冷たい床へ無惨に転がるミヤビたちに戸惑いつつも、冒険者たちはリンドルからやってきたという少女の実力を認めざるを得なかった。