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第百五十四話 好戦的な娘

記憶は上書きされていくものだ。終わりが見えない悠久のときを生きていれば、過去はどんどん上書きされていく。何故か不意にそんなことを考えた。


何となく寝つけず、深夜に目覚めたアンジェリカはベッドの上で半身を起こすと、隣でスヤスヤと眠るパールに目を向けた。この子がいなくなったとして、何百年か経てば私の記憶は上書きされ思い出せなくなってしまうのだろうか。


アンジェリカは左右に首を振ると、艶やかな黒髪をおもむろにかきあげた。想像しただけでゾッとする。愛するパールがいなくなることも、記憶が上書きされてしまうことも。


「……心が弱っているのかしらね」


パールが屋敷をあけるのは三日から一週間程度のことなのに、寂しすぎて病んでしまいそうだ。眠っているパールのやわらかな頬をぷにぷにと指でつつく。


「ふにゃぁ……」


かわいらしい反応に思わずクスっと笑ってしまうアンジェリカ。少しのあいだ会えないのだから、今のうちにたっぷりとパール成分を補給しておこう。アンジェリカは再びベッドに身をゆだねると、パールの細くやわらかな体をそっと抱き寄せた。


翌朝。


「パール、気をつけるのよ? ドラゴンも倒すあなたのことだから心配はないと思うけど……危険だと思ったときは一人ででも逃げること。分かった?」


「うん、分かった」


「それと、寝るときはお腹を冷やさないこと。あと、街のなかで知らない人に声をかけられてもついていっちゃだめよ? それと……」


すでに玄関の外へ出て十分以上経つが、先ほどからアンジェリカがずっとこの調子なので、パールとキラはなかなか旅立てない。隣に控えるアリアも思わず苦笑いを浮かべる。


「お嬢様、そろそろ……」


「う……そうね……」


アリアに指摘されたアンジェリカが軽く咳払いをする。


「もうー、ママは本当に心配性なんだから。大丈夫だから心配しないで!」


ママが大丈夫じゃないのよ! と心のなかで叫ぶアンジェリカ。


「はは……お師匠様。私もついてるので大丈夫ですよ。それに……」


『おう。俺様もいるからな。パールのことは任せとけ』


パールの背中に収まっている魔剣のケンが、心配すんなと言わんばかりに鞘をふるふると震わせる。


「それじゃあ、ママ、お姉ちゃん。行ってくるね」


「……ええ。ずっと飛びっぱなしは疲れるから、途中休憩を挟みながら行きなさいね」


「分かった! じゃあ、行ってきまーす!」


アンジェリカたちに軽く手を振ったパールは、キラとともに上空へと舞いあがり、そのまま飛び去った。


「パール―! 気をつけるのよーーーー!!」


パールが飛び去った方角へ大声で叫ぶアンジェリカ。その声量に驚き、屋敷の軒先にぶら下がっていた蝙蝠が慌てたように飛び去った。



――アイオンの首都ハノイにある冒険者ギルド。剣呑な雰囲気漂うギルドマスター室のなかでは、雷帝の二つ名をもつ冒険者ミヤビとそのパーティメンバーが、ギルドマスターのヒュースを睨みつけている。


「……ギルドマスターよぉ、もう一度言ってくれるかい?」


獰猛な瞳で睨みつけながら、唸るように言葉を吐きだしたミヤビ。その顔には不満の色がありありと浮かんでいる。


「リンドル冒険者ギルドに協力要請を出した。今日にでも応援の冒険者が二人やってくる。協力して聖域の攻略にあたってくれ。以上だ」


さらりと言ってのけたヒュースに、ミヤビたちはますます苛立った。


「いやいや、だからよぉ。何で他国の冒険者なんぞに協力要請してんだよ。ハノイの冒険者ギルドとしての誇りはねぇのかよ!!」


アイオンの首都ハノイは冒険者発祥の地と言われている。そのため、ミヤビをはじめハノイの冒険者は誰もが誇り高い。


「仕方ねぇだろ。お前たちだけじゃ聖域の攻略できなかったんだからさ。しかもあれだろ? 守護者の姿すら確認できなかったんだって?」


「ぐ……!」


先日、ミヤビたちパーティは意気揚々と聖域へと乗り込んだ。が、聖域へと続く岩山と岩山のあいだを進んでいたところ、前方から激しい投石攻撃を受けた。


しかも、ただの投石ではない。こぶし大の石を凄まじい勢いでいくつも投げつけられたのだ。驚くべきは、石を投げた相手を確認できなかったことだ。つまり、相当遠くから石を投げたことになる。


「うう……すみません。私が真っ先にやられちゃったので……」


申し訳なさそうに俯いたのは、パーティメンバーの一人であるルイ。幼さが残るかわいらしい顔立ちをした彼女は、治癒魔法を得意とする魔法使いである。


「いや、ルイがやられなかったとしても、あのまま進むのは難しかっただろうな」


髭面の剣士、ゾフィーが顎髭を弄りながらぼそりと呟く。


「まあ、そういうわけで。俺の独断で悪いが協力要請をさせてもらった。リンドル冒険者ギルドのギルマスは旧友だからな。とっておきの冒険者を送ってくれるってよ」


「ふん……何がとっておきのだ。他国の冒険者なんぞあてにならねぇよ。せいぜいあたいらの足を引っ張らないでほしいもんだ」


忌々しげに吐き捨てるミヤビ。メンバーたちも口にこそ出さないが、同じようなことを考えているようだ。彼女たちにとって、冒険者とはハノイの冒険者を指す。他国の冒険者は彼女たちにとって「冒険者もどき」でしかないのだ。


「……ミヤビ。聖域の攻略は国の行く末に関わるんだ。決して揉め事を起こすなよ?」


「ちっ……分かったよ」


不機嫌な表情を崩さぬまま部屋を出ていくミヤビの後ろ姿を見て、ヒュースは盛大にため息を吐いた。



――昼すぎにアイオンの首都ハノイへ着いたパールとキラは、初めて訪れる街に興味を引かれ市街地の散策を楽しんでいた。


「むぐむぐ……うん、美味しい。むぐむぐ……こっちも美味しい……」


散策中、食べ物の屋台がいくつも出店している通りを見つけたパールは、喜び勇んで駆けてゆき、かたっぱしから気になるものを口にしている。今も、両手に肉の串焼きをもって堪能中だ。


「パールちゃん、本当によく食べるよね。その小さな体のどこに入るんだか……」


食欲旺盛なパールに呆れるような目を向けたキラだが、自身もすでにいくつか焼き菓子を味わったあとである。


「ねえ、キラちゃん。ギルドってこの近くなんだよね?」


「うん、たしかそのはずだよ。そろそろ行く?」


「そうだねー。散歩がてら向かおうか」


再び肉にかぶりつくパールに苦笑いしつつ、キラは周りに視線を巡らせる。


「えーっと、あっちかな」


ハノイの中心市街地は思いのほか道が入り組んでいたが、ギルドの場所はすぐに分かった。通り沿いに建つギルドの建物は、リンドル冒険者ギルドよりも遥かに立派だった。


「こんにちはー」


なかも広々としている。ハノイの冒険者ギルドってお金あるんだなー。屋内を見回したパールの第一印象がそれである。


美しいエルフとかわいらしい少女の二人組という珍しい組み合わせに、冒険者の視線が一気に集まる。注目されることに慣れているパールは、物おじせずスタスタとカウンターへ向かっていく。


「こんにちは。ギルドマスターさんはいますか?」


両手に肉の串焼きをもった美少女に、戸惑いの表情を浮かべる受付嬢。至極当然の反応である。


「え、ええと……お嬢ちゃん、ここは冒険者ギルドなんだけど……ギルマスに何かご用なのかしら?」


「あ、はい。私はリンドル冒険者ギルドに所属しているAランク冒険者のパール、あちらがSランカーのキラちゃんです。こちらのギルマスさんの協力要請に応じてやってきました」


パールがギルド証を差し出すと、受付嬢はこれでもかと目を見開いて驚いた。ギルド証とパールを交互に見るその顔には、信じられないといった表情が浮かんでいる。


「す、凄い……本当にAランカーなんですね……少々お待ちください……あっ、ミヤビさん!」


ホールを横切ろうとしていたミヤビに受付嬢が声をかける。


「あ? どうした?」


「ギルマスは部屋にいますか?」


「ああ……何かあったのか?」


「それが……」


近寄ってきたミヤビに受付嬢がそっと耳打ちする。受付嬢から話を聞いたミヤビは、眉間にシワを寄せてパールとキラを睨みつけた。


「……てめぇらがリンドルからの応援だと?」


いきなりケンカ腰で凄まれたパールは、思わずきょとんとしてしまう。


「ちっ……こんな貧相なエルフとガキよこすとはな。リンドル冒険者ギルドはよっぽど人材不足なのかぁ?」


ミヤビの悪態に、パーティメンバーと周りにいた冒険者たちが笑いを漏らす。


「まあいい。てめぇら、せいぜいあたいらの足を引っ張らないようにしろよ? 足引っ張ったらすぐにでも追い返すからな」


さすがに我慢できなくなったのか、キラが一歩前に出ようとした。が、パールが串焼きをもったままの手でそれを制した。


「むぐむぐ……ああ、美味しかったー。ええと、ミヤビさんでしたっけ? そっちこそ私たちの足を引っ張らないでくださいね? わざわざ遠いところから来てあげてるんですから」


串焼きを食べ終えたパールが、天使のようなにっこりとした笑顔を浮かべる。


「何だと……? お嬢ちゃん、あたいらにケンカ売ってんのか?」


「先にケンカを売ってきたのはそちらですよね? ケンカならいつでも買いますよ?」


非の打ち所がない美少女なのに、とんでもなく好戦的なことを口にするパールに、冒険者たちがあんぐりと口をあけて呆ける。


「……おもしれぇじゃねぇか……ガキをいたぶるのは趣味じゃねぇが、てめぇにはお仕置きが必要みたいだ」


「ふふ。お仕置きされるのはあなたのほうですよ? てゆーか、あなた一人だとすぐ終わっちゃいそうなので、パーティメンバー全員でかかってきてもいいですよ?」


その言葉に、ミヤビとその後ろに控えていたメンバーの顔が憤怒に染まる。ただでさえ誇り高いハノイの冒険者である。明らかな挑発と侮辱に、全員が怒りに打ち震えていた。


「上等だ……死んでも責任はとらねぇからな……!」


「ええ、私もとるつもりはありません」


にこにことした笑顔を崩さぬパールの隣では、キラが「あちゃー」といった表情を浮かべながらこめかみを揉んでいた。


こうして、ハノイ冒険者ギルドに到着してすぐ、パールはミヤビ率いるパーティと一戦交えることになったのであった。


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