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第百五十一話 雨の予感

新章スタートです♪

暗闇のなかだからこそ輝く存在がある。たとえば月や星。明るい時間帯でも月や星はそこに存在しているが、空が黒く塗りつぶされるからこそ輝きが際立つのだ。()()を初めて見つけたときも、まったく同じことを思った。


「相変わらず歩きにくいわね……」


思わず舌打ちしたくなる気持ちを抑えて視線を足元に落とす。ぼこぼこと小さな隆起がいくつも目立つ岩肌は、まるで侵入者を拒んでいるようにも思えた。


と、後ろで何かが転倒するような大きな音が聞こえた。ああ、また転んだのか。これもすでにおなじみだ。


「ちょっと、大丈夫?」


振り返ると、やはり彼女は転倒していた。しかも正面から滑り込むような形で転んでいる。その姿がおかしくて、思わず笑いそうになってしまった。


「うん、だいじょうぶ」


「気をつけなさい。まあ、あなたは丈夫なんだから特に問題はないのだろうけど」


すっくと立ちあがった彼女がコクンと頷く。


「手、つなごうか?」


「だいじょうぶ」


「本当に?」


「ほんとうに」


頑固な子だ。まあそれもそうか。とりあえず先へ進まないと。あまりのんびりもしていられない。


進行方向へ目を向けると、果てしなく続くかのような闇が広がっていた。場所が場所だけに当然ではあるのだが、やはり多少の不気味さはある。何度か訪れてはいるが、いまだに慣れない。


私たちが暗闇のなかを進めているのは、手のひらの上に顕現させた炎のおかげだ。魔法で顕現させた炎を灯りとして使いながら、暗がりのなかを進んでいる。


「さあ、行くわよノア」


「う……はい」


うん、と返事しそうになったものの、はいと言い直したノア。思わず微笑みが漏れてしまう。


「無理しなくていいのよ。さあ、進みましょ」


丈夫なくせにどこか頼りないノアと一緒に、私たちは再度歩を進め始めた。入り口から入ってきたのか、ひんやりとした風が頬を撫でていく。岩のすき間からも風が入り込んでいるらしく、ひゅーひゅーと哀しげな音がむなしく響いた。


歩きにくい足場に苦労しつつ三十分ほど歩いたところで、やっと目的地にたどり着く。ああ、いつ来てもここは素晴らしい。


「きれい……」


無意識に言葉が漏れる。つい見とれてしまうような光景。暗闇なのに、いや、暗闇だからこそ美しさが際立っている。


「今日もつきあってくれてありがとうね、ノア」


「はい」


まったく表情が変わらないノアに、私はポケットから取りだしたものを渡す。


「はい、ご褒美よ。これ、好きでしょ?」


「はい、すき」


丸いものを受けとったノアは、その場でバリバリとそれを食べ始める。その様子を見て思わず苦笑いが漏れた。


「さて、あなたはゆっくりしていてね。私は用事を済ませてくるから」


愛らしい顔立ちなのに無表情なノアは、口元をもぐもぐとさせながらコクンと頷いた。



――華やかで上品な香りが漂うアンジェリカ邸のテラス。ささやかなお茶会を開いているのは、屋敷の主人であるアンジェリカと、エルミア教の教皇ソフィアである。


「……きれいな色のお茶ね。香りも気に入ったわ」


手にしたカップに視線を落としたアンジェリカが、感心したようにほぅっと小さく息を吐いた。白いカップに鮮やかな紅色のお茶が見事に映える。


「ですよね。ハーブティーの一種みたいなのです。私も詳しくは知らないのですが」


アンジェリカに褒められたことで、ソフィアの頬が若干緩む。よかった、喜んでもらえたみたいだ。今なら機嫌もいいはず!


「あ、あの! アンジェリカ様!」


「な、何よ。いきなり大声出して」


「さ、最近まったくお泊まりに来てくれませんが、いったいいつになったら来てくれるんですか!?」


「ああ……そう言えばそうね。しばらくはバタバタしていたし、仕方ないじゃない」


あっけらかんと言い放つアンジェリカに、ソフィアがぷぅと頬を膨らませる。その仕草だけ見ると、とてもエルミア教の教皇には見えない。


「うう……でも、もう二ヶ月以上もお泊まりに来てくれていないのです……」


「いや、そんな哀しそうな顔しないでよ。別に行きたくなくて行かなかったわけじゃないんだし。だいたい、デュゼンバーグも大変だったし、あなた自身も忙しかったでしょ?」


最悪の邪竜といわれるエビルドラゴンに狙われていたデュゼンバーグ。パールの活躍で亡国の危機は免れたものの、処理しなくてはいけないことが大量にあり、ソフィアも仕事に忙殺されていた。


「そうですけど……もう落ち着きましたし、そろそろお泊まりに来てくれても……」


「んー、分かったわよ。でも、あなたあの寝相の悪さは何とかならないの? 寝ている最中に何度あなたの腕が顔に降ってきたと思ってるのよ」


アンジェリカにジトっとした目を向けられたソフィアの顔が赤くなる。どうやら自覚はあるようだ。


「ふふ、まあいいわ。あなたも相当欲求不満みたいだし」


「ア、アンジェリカ様! 私は別に欲求不満なんかじゃ――」


と、そこへ――


「欲求不満って何?」


「きゃあっ!!」


突然、アンジェリカ以外の声で話しかけられ、ソフィアの口から情けない悲鳴が漏れた。


「あら、パール。おかえりなさい」


テラスの入り口から顔だけのぞかせたパールが、目を細めてアンジェリカとソフィアへ視線を巡らせる。二人がいかがわしい話をしていたことは、子ども心に何となく想像がついているようだ。


「ねえねえママ。欲求不満って?」


「ま、まだ知らなくていいのよ。それよりパール、あなたもお茶しない? 着替えてきたら?」


「うん、そうするー」


すぐに興味をなくしたパールが、パタパタと足音をたてながら邸内へ戻っていった。その姿を見てほっと安堵するアンジェリカとソフィア。


「ちょっとソフィア。パールの前で変な言葉使わないでくれる?」


「そ、そんなぁ! 先に言い出したのはアンジェリカ様じゃないですかあ……」


そんなやり取りをしている二人のもとへ、ティーポットを携えたフェルナンデスが静かにやってきた。


「お嬢様。お茶のお代わりをお持ちしました」


「ええ。ありがとう」


フェルナンデスが慣れた手つきでハーブティーのお代わりをカップへ注ぐ。


「それはそうと、もうデュゼンバーグは完全に落ち着きを取り戻したの?」


「そう、ですね。幸い民衆には被害が出ていませんし、王城も聖女様のおかげで無事修繕が進んでいる状況です」


「そうなのね」


「はい。本当に、聖女様が気づいてくれていなかったらどうなっていたことか……」


そっと目を伏せるソフィア。亡国の危機は逃れたものの、それなりにつきあいもあったクアラがエビルドラゴンに殺害され、なりすまされていたことのショックからまだ完全には立ち直れていないようだ。


「……母親としては複雑だけどね。私は全然見当違いなことしていたわけだし……」


今度はアンジェリカが目を伏せる。パールがエビルドラゴンと死闘を繰り広げていたころ、アンジェリカは抜け殻のうえで頭を悩ませ続けていたのである。


「そ、そんな! アンジェリカ様にもいろいろ動いていただいて、本当に感謝しています!」


「……ふふ、ありがと」


「え、えーと……あ、そうだ。デュゼンバーグはおかげさまで問題ないのですが、北のアイオン共和国が深刻な財政難に陥って大変みたいですね」


アンジェリカがやや首を傾げる。アイオン共和国? そんな国あったっけ?


「お嬢様、アイオン共和国は聖デュゼンバーグ王国の北側にある国です。この国とは国境を接していないうえに距離もかなり遠いので、知らぬのも無理ありません」


ふむふむ。デュゼンバーグの北側か。あのあたりは数百年前まで国どころか街一つなかったよね。かなり昔だけど、わずかな期間あのあたりに拠点を構えていたような記憶もあるけど。


「詳しいのね、フェルナンデス」


「以前、紅茶の茶葉を買いつけにアイオンまで足を延ばしたことがありまして」


なるほど。マメな男だ。


「で、そのアイオン共和国? が財政難って?」


「干ばつや洪水など災害が重なったことで、深刻な財政難に陥っているらしくて。デュゼンバーグや教会にも資金援助を申し入れているんですよ」


「ふーん、そうなの」


「はい。ただ、デュゼンバーグもそれほど裕福なわけではなくて。聖女様からエビルドラゴンの素材を好きにしていいと仰っていただいたものの、一国を資金援助するほどとなると……」


ソフィアの顔がやや曇りそうになったところで、着替えを終えたパールがテラスへやってきた。子どもの前でするような話でもないので、この話はここで打ち切りになった。


ガーデンチェアに腰かけ、笑顔でソフィアへ話しかけるパールの様子にアンジェリカの顔も綻ぶ。と、少し風が強くなってきた。アンジェリカはそっと空を見やる。


黒い雲が空を覆いはじめ、うっすらと見えていた月も隠れてしまった。そっと胸元のペンダントに手を触れる。パールから贈られた月型のペンダントが凍てつくほど冷たくなっていた。


「……雨が降りそうね」


月が完全に隠れた空を見やり、アンジェリカはそっと呟いた。

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