閑話 福の神パール
次回から新章スタートします♪ いつもイイねや感想、評価ありがとうございます♪
「パール嬢お疲れー」
「お嬢お疲れっすー!」
学園の授業を午前で終えたパールは、一人リンドルの冒険者ギルドへ訪れていた。
相変わらずギルドの人気者であるパールは、冒険者たちに愛想笑いを振りまきながらめぼしい依頼の確認に向かう。
「んー……日程的にあわないのが多いなぁ……」
腕を組んで掲示板の前でぶつぶつと呟くパール。冒険者たちにとっては見慣れた光景である。
カウンターで受付嬢にも聞いてみたが、特にこれといった依頼はなかったので、今日のところは帰ることにした。
あ、そうだ。ジェリーちゃんが商業街におしゃれな雑貨屋さんが新しくできたって言ってたっけ。ちょっと覗いてみようっと。
ギルドを出たパールは、軽やかな足取りで商業街へと向かう。昼時だからか商業街の周辺は大勢の人出で賑わっていた。
「お。あれかな?」
以前は小さな屋台が出店していた場所に、白壁仕上げの新たな建物が建っている。意匠を凝らした見事な扉を開くと、カランコロンと澄んだ鈴の音が響いた。
「こんにちはー」
「いらっしゃ……何だガキかよ」
店内にいたのは中年の男性。会計カウンターのなかにいた店員は、入ってきたパールを見るなり失礼な言葉を口にした。
はあ? 何なのこの店員さん。ちょっと態度悪すぎない? めちゃくちゃ感じ悪いんですけど。
心のなかでぷんすかと怒り始めたパールだったが、とりあえず店内の品には興味があったので少し見てみることにした。
なになに、ドラゴンの爪を素材にしたネックレスにドラゴンの鱗を加工したティーカップ……? いや、この質感は絶対違うよね? ええと、金額は…………高っ!!
いやいや、仮に本物だとしても高すぎでしょ! てゆーか絶対偽物だし。
「あー、その辺のは高いからお嬢ちゃんには買えないだろ。このお店は高級な品ばかり扱ってるから。お金がないならさあ帰った帰った」
普段温厚なパールのこめかみに青筋が浮きあがる。すっかりリンドルでは有名人なパールだが、どうやら店主はこの街に来たばかりなのか知らないらしい。
「ええ……帰ります。偽物ばかりみたいですしね」
「なんだとっ!?」
激高する店主を尻目に、パールは振り返りもせず肩を怒らせながら店を出る。何なのこのお店! ほんっと腹立つ! 二度と来るもんか! さっさと潰れちゃえ!!
心のなかで呪いをかけながら通りの向かいに目をやると、斜め向こうに一軒の古びたお店が見えた。
んー? あのお店何だっけ? ご飯屋さん……じゃないよね?
気になったパールは通りを渡り店の前に立つと、薄汚れた窓からそっとなかを覗いた。あ、ここも雑貨屋さんっぽいな。入ってみようかな。でも、またさっきみたいなムカつく店員だったらどうしよう。
唸りながらしばらく考え込んだパールは、意を決して扉に手をかける。建てつけが悪いのか、ギィと耳障りな音を奏でながら扉が開いた。
「いらっしゃい〜」
店内にいたのは若い女性の店員。柔和な笑みを浮かべた、いかにも優しそうなお姉さんである。
「あ、こんにちは。ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「はい〜ゆっくりご覧になってね〜」
この喋り方、ルアージュちゃんに似てるな、などと思いつつパールはぺこりと頭を下げ、商品を陳列している棚に向かう。
ふむふむ、オークの革で作った小物入れにワイバーンの爪を素材にしたイヤリング……割とどこでも売ってるものだけど質がいい。丁寧に作られた感があるし値段もお値打ちだ。
「お嬢ちゃん、気になるものはある〜? 買ってくれるなら値引きするからね〜」
「え、いいんですか?」
「ええ〜あと少しで廃業する予定だしね〜」
「え!? どうして?」
「ほら、向かいに新しく雑貨屋ができたでしょ〜? あっちにお客さんとられちゃってね〜。ドラゴンの素材を使った品とか扱われちゃうと、うちみたいな小さなお店はなかなか太刀打ちできないのよ〜」
「いや、でもあれ全部偽物でしたよ?」
「あら〜、お嬢ちゃん見る目があるのね〜。でも、ドラゴンの素材なんてほとんどの人が見たことないし、店主の口のうまさもあってほとんどのお客さんとられちゃったのよ」
店主の女性は深くため息を吐くと目を伏せた。その姿はどこか寂しそうに見える。
「このお店ね、大好きだったお母さんが亡くなったあとに私が引き継いだの〜。本当は廃業なんてしたくないんだけどね……」
思い出に浸るように店内へ視線を這わせる店主の姿を見て、パールの心はざわついた。
こんなに質がいい品をお手ごろ価格で売ってるのに……それにお姉さんの対応もいいし……廃業なんて絶対もったいないよ!
「お姉さん。こんないいお店潰すなんてもったいないです! 私も協力するんで、何とか続けましょう!」
「え? 協力ってお嬢ちゃんが〜?」
「はい! とりあえず、一度お家に帰ってからまた来ます!」
そう口にするなり、パールは慌ただしく店を出て行く。その後ろ姿を店主の女性はぽかんと眺めていた。
屋敷へ戻ったパールは、テラスで読書をしていたアンジェリカにお金が欲しいと伝えた。
「お金? 何に使うの?」
「うーん……ちょっと」
歯切れが悪い返事に首を傾げるアンジェリカ。
「……まあ、あなたが稼いだお金だから自由に使っていいんだけどね。どれくらい必要なの?」
パールからそっと耳打ちされたアンジェリカは、思わずギョッとした表情を浮かべた。
「……家でも買うの?」
「そんなわけないよー」
「まあいいけど。あまり無駄遣いしないようにね?」
アンジェリカは展開したアイテムボックスに手を突っ込むと、金貨をじゃらじゃらと取り出し革袋に詰めパールへ渡した。
「うん、ありがとうママ。私もう一回出かけてくるね!」
慌ただしくパタパタとその場をあとにするパールに、アンジェリカは再び小首を傾げるのであった。
アルディアスに森の出口まで送ってもらったパールは、飛翔魔法でリンドル商業街へ向かった。もちろん、行き先はあの女性店主の店である。
「こんにちはー!」
「いらっしゃ……あら、本当に戻ってきてくれたのね?」
「はい!」
パールは会計カウンターへ向かうと、金貨が詰まった革袋をドンとカウンターの上にのせた。
「こ、これは……?」
「このお金でこのお店にあるもの、全部売ってください」
「え、えええええええええ!?」
お世辞にも広いとは言えない店内に店主の絶叫がこだまする。
「店内以外にも商品あるのならそれも全部買います」
「え、ええと……お嬢ちゃん、本気……?」
「もちろんです」
「このお金って……」
「あ、私こう見えてもAランクの冒険者なんです。これも私が稼いだお金なんで」
パールがギルド証を見せると、女性店主はまたまた驚きの表情を浮かべた。
「も、もしかして……以前この街を襲ってきたスカイドラゴンを倒した女の子の冒険者って……」
「はい、私です」
「ええええええええええ!!」
再び絶叫。
「というわけで、このお店の品は私がすべて買い取ります。あ、値上げしてもらってかまいません。で、得た利益で雑貨の素材買いましょう」
「え? え?」
「つまり、お姉さんの言い値で買います。で、私が以前倒したドラゴンの素材がまだギルドに保管されていると思うんで、それを買ってください。もちろん、そっちはできるだけ安く買えるよう私が交渉します」
淀みなく話を進めていくパールに、女性店主は目をくるくるさせている。
「ドラゴンの素材を加工できる人も紹介しますから」
「ほ、本当に? どうしてそこまでしてくれるの……?」
「良質な品をお手ごろ価格で扱ってるこんないい店がなくなるなんてもったいないです。それに、あの向かいにあるお店の店主は嫌いなので」
うー、思い出したらまたムカムカしてきたよ。
「あ、それから看板を作り替えてもいいですか?」
「看板? え、ええ。いいけど……」
「ありがとうございます。じゃあ、私は今からギルドに行ってきますね」
パールは急ぎギルドへ向かい、ギルドマスターのギブソンに商業街でのことを話し、ドラゴンの素材を安く売ってあげてほしいとお願いしたところ、快く了承してくれた。
さらに、看板作りの職人も紹介してもらえたので、前金を渡して依頼することに。スカイドラゴンを倒した街の救世主から金なんて貰えねぇ、と言っていた職人だが、さすがにそれは申し訳ないのできちんと支払った。
アンジェリカにも事情をきちんと話し、ドワーフのランを紹介してもらった。なお、パールの行動力にアンジェリカが若干引いていたのはここだけの話。
そんなこんなで、わずか五日のうちに女性店主の雑貨屋は生まれ変わった。ドラゴンの素材を用いた品がいくつも並ぶ店内の様子は壮観である。もちろんすべて本物だ。
そして極めつけは看板である。
「うーん、もう少し上かなぁ?」
今、店の外では新たな看板を設置している最中だ。パールが位置を確認しつつ職人に指示を出している。
「うん、そこだね!」
遂に掲げられた新たな看板。新しくなっただけでなく、店名の下にはこのような文字が刻まれていた。
『リンドル冒険者ギルド・ドラゴンスレイヤー監修店』
つまり、この店で扱っているドラゴンの素材を用いた品はすべて本物であると保証することを示している。
看板を見てにんまりとするパール。と、そこへ──
「ふ、ふざけるな! 何だこれは!?」
息を切らしながら怒鳴り込んできたのは、向かいに新しくできた雑貨店の店主。その顔は怒りに満ちている。
「何だこれってどういう意味ですか?」
すまし顔で答えるパールに、感じの悪い店主がさらに激高する。
「こ、こんなでたらめ書きやがって! 何がドラゴンスレイヤー監修だ! 営業妨害にもほどがある! 訴えてやるからな!?」
店主が吐いた言葉を聞いて、その場にいた職人たちが呆れた表情を浮かべる。
「いやいや、でたらめって。おっさん知らねぇのか? あんたの目の前にいるお嬢ちゃんはAランク冒険者で、この街を救ったドラゴンスレイヤーだぞ?」
「あー、お前さてはこの街に来たばかりのモグリか? なら知らねぇのも仕方ねぇか。嘘だと思うならギルドに行って聞いてみりゃいいさ。恥かくだけだがな」
がははと豪快に笑い始める職人たち。一方、感じの悪い店主はどんどん顔色が悪くなっていた。
「ば、ばかな……そんなこと……」
わなわなと全身を震わせる店主。だんだん呼吸も荒くなり、しまいには転びそうになりながらよろよろと自分の店へ戻っていった。
その後、パールの協力を得た女性店主の店は大繁盛し、利益も従来の三倍以上になったとのこと。感激した店主が店名をパール雑貨店にしたいと言い出したが、恥ずかしすぎるのでそれは丁重に断った。
パールが買い取りした品も、そのまま委託販売という形でお店に置かせてもらっていたが、またたく間に売れてしまった。ちなみに、向かいの新しい雑貨店からは潮が引くように客がいなくなり、一ヶ月もしないうちに潰れてしまったとさ。
この一件以来、商業街で営業している商店のあいだで、パールに無礼を働くと店が潰され、丁寧に対応すると福を呼び込んでくれるらしいと、まことしやかに噂されるようになったのである。