第十六話 真実の告白と狙われた聖女
その日、アンジェリカは自室でパールと向き合っていた。
彼女に伝えるべきことを伝えるためである。アンジェリカの様子がいつもと異なることから、パールは落ち着かなかった。
「ママ……何かあったの……?」
どこか重い空気に耐えられずパールが口を開く。
「……パール。あなたに伝えなければならないことがあるわ。とても大切なことよ」
「……何?」
やや俯き加減で上目遣いにアンジェリカを見るパール。
「……6年前、私は森のなかで捨てられていた人間の赤ちゃんを見つけたわ。そのままでは魔物に食べられてしまうし、何より本当にかわいい赤ちゃんだったから連れ帰ったの」
「…………」
「……その赤ちゃんがあなたよ。つまり、私はあなたの本当のママではないの」
パールは何も言わない。なぜか胸の奥がズキンと痛んだ気がした。
「私とあなたには血のつながりはない。でも、私はあなたのことを本当の娘として愛情を注いできたつもりよ」
パールは俯いたまま、膝の上に置いた両手を強く握りしめていた。
「今まで黙っていてごめんなさい。あなたが私を許せないのなら、それは仕方のないことだと思う」
アンジェリカが言葉を切った瞬間、パールはバッと顔を上げた。
「ママのこと許せないとか、そんなことあるわけない!!」
形のいい目からは大粒の涙がこぼれていた。
「私がママの本当の娘じゃないってこと、何となく分かってた。パパもいないし、何よりママやお姉ちゃんは吸血鬼で私は人間だし」
「…………」
「ママが私を本当の娘と思ってくれているように、私にとってもママは一人だよ。私に甘くてちょっと過保護だけど、とっても大切で大好きなママだよ……」
1000年以上生きてきたなかで、これほどの幸福感を得られたことがあっただろうか。真実を知ったパールに受け入れてもらえたことが、アンジェリカにはうれしかった。
「……そう。ありがとうね。私もパールに会えて、あなたのママになれて幸せよ……。こっちいらっしゃい」
涙を拭いながら私のもとへ来たパールを膝の上にのせた。
「もう一つ、あなたに伝えることがあるわ」
「……何?」
「あなたは聖女なの」
「せいじょ?」と首を傾げるパールに、聖女がどのような存在なのか説明した。
「私、どこかへ行かなきゃいけないの……?」
「本来は国や教会に連れていかれることが多いわね。でも、あなたは真祖である私の娘。自由に生きていいのよ」
「なら、ずっとママと一緒にいる!」
パールは迷わず答えた。
「そう。うれしいわ」
「うん!」
「でも、いつかあなたが私を退治しようとする日が来るのかもしれないわね」
意地の悪い笑みを浮かべるアンジェリカ。
「もーー!ママの意地悪!そんなこと絶対にないんだから!」
「はいはい。分かったわよ」
すっかり元通りになったパールに安堵する。ただ、一気にいろいろ伝えられたことでメンタルは疲弊しているかもしれない。
「午後からアリアに買い物をお願いしているから、パールも一緒に行ってくれば?気分転換になるかもよ」
「うん。そうしようかなー」
「今日はキラも王都に出かけてるから、もしかするとどこかで会えるかもね」
キラは王都で用事を済ませたあと、少し遊んでから帰ってくると言っていた。そう言えば、あの子Sランク冒険者なのに依頼とか受けなくていいのかしら。
「もしキラと会えたら、アリアの転移で一緒に連れ帰ってあげてちょうだい」
-王都オリエンタル-
「んーーっっクチュン!!」
盛大なくしゃみの主は、Sランク冒険者でありアンジェリカの弟子でもあるキラ。
この日、彼女は冒険者ギルドに足を運んでいた。おそらくないであろうが依頼の確認と、なじみの冒険者たちの顔を見にきたのである。
「風邪ひいたのかしら……?」
気をつけなきゃね、などと思いつつギルドのなかを見回す。
キラが知っている顔は少ないが、ギルド内にいるほとんどの冒険者が彼女を見ていた。
真祖にはまったく歯が立たなかったものの、Sランク冒険者と言えば人類最強の象徴である。
冒険者たちが羨望の眼差しを送るのは仕方のないことであろう。
そんな視線を無視し、昔一緒にダンジョンへ潜ったことがある冒険者に声をかける。
「久しぶりね。元気してた?」
声をかけたスキンヘッドの男が屈託のない笑みを携えハイタッチを求める。
「そっちこそ元気そうだな。最近見かけなかったようだが。」
「まあいろいろとね」
しばらく会話に華を咲かせてから男に別れを告げ、ギルドをあとにした。
「ケトナーやフェンダーはまだ町にいるのかしら?いるとしたら、あそこかな?」
心当たりがある店の方向へキラは歩き始めた。
-1時間後・王都オリエンタル-
「んー。やっぱりここのケーキは最高」
アリアとパールは、最近お気に入りのカフェでティータイムを楽しんでいた。
「そうね。すっかり虜になっちゃった」
アリアもほくほく顔だ。
「たまにはママとも一緒にお出かけしたいんだけどなー」
「ああ。お嬢様は昔から出不精というか……」
思わず苦笑いしてしまう。
「それにお嬢様はあの通り超絶美少女だから。人が多い場所では目立ってしまうのよ」
「そっかー……。うん、たしかにママはめっちゃ美人だもんね」
「パールもきっと美人になるわよ」
「……ママの本当の子どもじゃないのに?」
「ブフォッ!!」
思わず盛大にむせる。
「だ、大丈夫?お姉ちゃん」
「大丈夫……、というよりパール、さっきの話……」
「うん、もうママから聞いてるよ。」
そういうことは私にも言っておいてくださいよお嬢様、と小さくため息をつくアリア。
「……そう。ねえパール。お嬢様はあなたのことをそれはもう大切に育ててきたわ。それこそ本当の娘のように」
「うん、分かってるよ。ママもお姉ちゃんも、私のこと大事にしてくれてるなーって。だから、血がつながってないとか、そんなこと全然気にしてないよ」
実際、もうパールはまったく気にしてなかった。アンジェリカにもアリアにも、深い愛情のもと育てられたことは自身が一番理解している。
「パールはほんといい子ね。私もあなたを本当の妹だと思ってるわ」
恥ずかしそうに少し俯く様子がかわいらしい。
「マ、ママにお土産買って帰らなきゃね!あ、ちょっとお手洗い行ってくる!」
照れているのを悟られたくないのか、その場から逃げようとするパール。もちろんアリアにはお見通しである。トイレに駆けて行くその背中を見ながらアリアは小さく微笑んだ。
「あ、そう言えばキラちゃん会わなかったなぁ。どこで遊んでるのかな」
用を足して手を洗いながら、どこにいるのか分からないキラに思いをはせる。
「まあキラちゃん空飛べるしいいか」
ハンカチで手を拭いて、手袋に手を通そうとしたとき、背後に気配を感じた。
「……!!」
声をあげようとしたが、布のようなものを口にあてられ声が出せない。何か変な匂いが……。
そのままパールは意識を失った。
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