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第百四十七話 つながる糸

エビルドラゴンの脅威についてパールから説明されたデュゼンバーグの国王や王族は、微塵も疑うことなく国民の避難を開始した。エルミア教を国教とするデュゼンバーグの王族や国民にとって、教会や聖女の言葉は何より重いのである。


ただ、ランドールとデュゼンバーグ、セイビアン帝国、いずれもすべての国民を避難させるのは現実的ではない。そのため、エビルドラゴンが潜んでいる、セイリス山脈にほど近い都市の国民を優先的に避難させている。


一方、アンジェリカとアリアは、エビルドラゴンが潜んでいると思われる山地で監視を続けていた。夜間は下級吸血鬼に任せ、日中はアンジェリカとアリアが監視をしている。


「……特にこれといった変化は見られませんね、お嬢様」


上空から監視地点を見下ろしながらアリアが口を開いた。


「そうね。相変わらず感じる魔力は微量だし……」


これはいったいどう判断すればいいのだろうか。かつて戦闘になったエビルドラゴンの魔力はこんなものではなかった。あのときもエビルドラゴンは眠っていたが、そのときですら相当な魔力を感じたものだ。


おかしなことはまだある。デュゼンバーグの王族や官僚、将校が次々と謎の死を遂げた原因がさっぱり分からない。エビルドラゴンが関わっていると考えているが、その元凶と思われる邪竜は地中深く埋まっているのだ。


「……どういうことなのかしら? デュゼンバーグの件とは無関係とでもいうの……?」


腕を組んだまま地上を見下ろすアンジェリカの表情が曇る。よくよく考えると本当に謎が多い。ここセイリス山脈はランドールとデュゼンバーグ、セイビアン帝国の三国にまたがっている。もし、ここに潜むエビルドラゴンが何らかの方法で死を巻き散らかしているのだとすれば、デュゼンバーグだけに被害が広がるのはおかしい。


しかも、ここからデュゼンバーグの王都までは相当な距離がある。ソフィアから聞いた話によると、謎の死を遂げたのは王都在住の王族や将校たちばかりだ。


「アリア、各国の避難状況は?」


「はい。下級吸血鬼からの報告では、順調に進んでいるとのことです」


「そう……帝国も?」


「ええ、山脈周辺にある都市からの避難は進んでいます」


皇帝のもとへ足を運び避難を促したのが二日前のことだ。そう考えると、帝国の動きはなかなかに素早い。


さて、どうするか。各国ともにいつまでも国民を避難させたままにはできないだろう。王都や帝都ではなくとも、治める都市の機能が停止したままなのはまずい。避難民を受け入れた都市もあまり長くは面倒を見られないはずだ。


本当は、もう少し経ってからパールとリズを呼び寄せ、エビルドラゴンに攻撃を加えるつもりだった。だが、何となく胸が騒ぐ。


「……起こすわよ」


「……いいんですか? パールがいないと魔剣が……」


「何となく嫌な予感がするのよ」


眉間にシワを寄せたアンジェリカは、親指の爪を噛みながら鋭い目つきで眼下を見下ろした。


「とりあえず、本体を見つけないことには話にならないわ。周りの土を全部撤去するわよ」


「かしこまりました」


「念のためここいら周辺に結界を張ってちょうだい」


「はい、ていうかお嬢様。どうやって土の撤去を?」


「こうやって」


アンジェリカがスッと地上へ手のひらを向ける。嫌な予感がして即座に結界を展開させるアリア。


「『魔導砲(キャノン)』」


足元へ展開させた巨大な魔法陣から閃光がほとばしる。これまであまり目にしたことがない、一点集中型の魔導砲だ。


凄まじい爆音があたり一帯に響き渡り、眼下から濛々と土煙が舞いあがる。しばらく経って二人の目に飛び込んできたのは、地形がすっかり変わってしまった山の様子。


「お嬢様……やりすぎです」


「あ、あとで何とかするわよ」


地面には巨大な穴があいていた。二人はそっと地上へ降り立ち、穴の底に視線を向ける。


「……いたわね」


「……ええ」


穴の遥か底。そこには体を丸めた状態のエビルドラゴンがたしかに存在した。


「魔法が効かないとはいえ、あれで何の反応もないとはふてぶてしい奴ね」


若干イラついた様子で言葉を吐きだすアンジェリカ。一方、エビルドラゴンは微動だにしない。


眠ってる……? いや、それならそれでなおさら謎が深まる。アンジェリカはアイテムボックスを展開し、スカイドラゴンの鱗で打ってもらった剣を取りだした。


「まあ、ここで殺してしまえばいいだけよ」


いろいろと腑に落ちないことはあるが、ここで殺してしまえばもう被害が出ることはないだろう。アンジェリカは剣を握りしめ、眼下のエビルドラゴンを睨みつけた。



――ランドール共和国の首都リンドル。普段は賑やかな街だが、警戒態勢にあるため街を行き交う人は少ない。休業する商店も多く、リンドル学園も休校となった。


「うーん、堂々と授業を休めるのは嬉しいね~」


リンドル冒険者ギルド、ホールの一角ではパールとジェリー、オーラがお喋りに華を咲かせている。授業を休めて嬉しいとのんきなことを口にするジェリーに、オーラがジト目を向けた。


「ジェリーちゃん、学園は休みですがランドールは危険な状況にあるのです。そんなのんきなこと言っている場合じゃないのです」


「わ、分かってるわよ。まじめなんだからもう……」


学園が休みになった三人は、何か手伝えることがないかとギルドへ訪れていた。街のなかは閑散としているが、冒険者ギルドはいつも通りの喧騒である。なお、アンジェリカの許可をもらえたパールは、アルディアスと一緒にギルドへやってきた。


「ほんとオーラってまじめよね。パールちゃんもそう思うでしょ?」


「…………」


「……パールちゃん?」


ぼーっとして返事もしないパールに、ジェリーが訝しげな目を向ける。


「あ、ごめん。何か言った?」


「もう~、どうしたのよぼけっとしちゃって」


「あはは、ごめんごめん。ちょっと考えごとというか何というか……」


ここ数日、パールはずっと胸のなかにモヤモヤとしたものを抱えていた。しかも、それが何なのかまったく分からない。


うーん、何なんだろうこの感覚。何か気になることがあるはずなんだけどな~……。モヤモヤする~……。誰かに相談して解決するようなことでもないよね、きっと。


『どうしたんだ、パール? 元気ないのか?』


「んーん、そんなことはないよケンちゃん。心配かけてごめんね」


背負われたままの状態で話しかけてくるケンに謝罪するパール。モヤモヤした気持ちが顔にまで出ちゃってるのかな? いけないいけない。


「あ、そうだ! せっかくだからトキさんに初心者の冒険者にどんな依頼がおすすめなのか聞いてみようっと!」


パールのモヤモヤなど知る由もないジェリーが無邪気に提案する。苦笑いを浮かべながらも、パールはカウンターへ駆けてゆく二人のあとを追った。


「トキさん、こんにちは!」


「あら、ジェリーちゃん。こんにちは」


子ども冒険者にもにこやかに対応してくれる、メガネが似合う受付嬢トキ。パールは二人の後ろに立ち、やり取りをぼんやりと眺めていた。


むむむ……。ダメだ、モヤモヤが気になって仕方がない。考えたところで分からないけど気になる。あああああもう! 何なんだよー-!


いきなり両手で頭を掻きむしり始めたパールに、周りの冒険者たちがギョッとした目を向ける。


「ええと……そうねぇ、魔物退治ならやっぱりゴブリンが定番よねぇ~」


「ゴブリンって、私たちでも倒せますか?」


「ジェリーちゃんたちなら大丈夫でしょ。パールちゃんもいるならなおさらね」


「でも、なるべくパールちゃんに頼らず自分たちだけで頑張りたいんです」


「そっかぁ。でも、ジェリーちゃんとオーラちゃんの実力ならゴブリン数体程度ならまず問題ないと思うけど?」


実際のところ、ジェリーとオーラはゴブリンより遥かに強いオークをアンジェリカとの修行で何体も討伐している。ただ、ゴブリンはこれまで一度も遭遇したことがないので、何となく不安なのだ。


「あ、でもね、ゴブリンのなかにも気をつけなきゃいけない個体がいるからそこは注意が必要ね」


「ホブゴブリンですね!?」


「そうそう、よく知ってたわね」


「えへへ。以前パールちゃんやアンジェリカ様との会話のなかで出てきたので覚えていたんです」


トキとジェリーたちのやり取りが自然とパールの耳へ届く。ああ、そう言えば私もホブゴブリンって遭遇したことないかも。たしかゴブリンが進化した魔物だよね? ゴブリンに比べてどれくらい強いのかな?


そんなことを考えていたパールだが、突然全身を雷に打たれたような衝撃が走った。バラバラだった欠片が一つになり、途切れ途切れだった糸が一本につながった感覚。そうだ、どうして今まで気づけなかったんだろう!


「ジェリーちゃん、オーラちゃん、ごめん! 私ちょっと行くところができたから!」


そう叫ぶなり、パールは勢いよくギルドを飛び出していった。


「ちょ、ちょっと、パールちゃん!?」


呆気にとられる一同。一方、パールはギルドの入り口で鎮座していたアルディアスにまたがると、凄まじい勢いで人出の少ない街中を駆けていった。

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[気になる点] 続きが気になる [一言] もやもやと思い出せそう、わかりそうで悶々としてると集中力落ちますよね そしてわかったときの頭の解放感はヤバい
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