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第百四十三話 検知

「このあたりでいいか」


遥か空の上、ゴシックドレスの裾と髪を風に靡かせながら地上を見下ろしているのは真祖アンジェリカである。


「『索敵(サーチ)』」


アンジェリカが地上へ手をかざすと、巨大な魔法陣が地面に顕現しどんどん広がり始めた。なお、この魔法陣が誰かの目に映ることはない。


神経を集中させてエビルドラゴンの気配を探る。わずかでも魔力の動きがあれば検知できるはずだ。見えない魔法陣はどんどんその規模を拡大させていく。


先日と同様、索敵に引っかかったのは人間に獣、魔物、亜人種ばかり。三十分ほど魔法陣を展開したまま索敵を続けていたアンジェリカだったが、ここはハズレと判断しため息を吐いた。


「なかなか見つからないものね。さて……あの子たちはどうかしら」



――アンジェリカから遠く離れた場所では、アリアが魔法陣を展開し索敵を行っていた。アンジェリカほど巨大な魔法陣は無理だが、真祖の眷属だけあって相当な領域の索敵が可能である。


「うーん……それらしい気配はないわね」


バタバタと風にはためくメイド服のスカートを手で押さえながら、アリアは周辺へ視線を巡らせた。


「市街地にエビルドラゴンが潜んでいるとは考えにくいし……やっぱり山間部かしら」


索敵場所を移動しようとしたところ、背後に気配を感じて振り返る。


「どう、アリア?」


背後に現れたのはアンジェリカ。どうやら成果を得られなかったらしい。


「検知できませんね。お嬢様のほうもですか?」


「ええ。かなり広範囲を調べたんだけどね」


「そうですか……望みは薄いですが、リズ様のもとへ行ってみます?」


「そうね。もしかすると当たりを引いているかもしれないし」


クスリと笑ったアンジェリカは、アリアとともにリズが索敵を行っている場所まで凄まじい速さで飛行し始めた。



――リズが索敵を担当していたのは、ランドール共和国とセイビアン帝国、聖デュゼンバーグ王国の三国が国境をなす地域である。


「うう……かなり魔力をもっていかれますわね……」


リズが展開している索敵用の魔法陣は、アンジェリカやアリアに比べるとそれほど大きくはない。が、これは彼女の力が劣るのではなく、真祖であるアンジェリカやその眷属であるアリアが規格外なだけである。


「まったく……お姉さまにも困ったものですわね。過去の尻拭いを妹にまで手伝わせるなんて」


ぶつぶつ言いながらもまじめに索敵を続けるリズ。と、微かではあるが人間でも亜人種でもない気配を検知した。


「これは……もしかして当たりではありませんの?」


にんまりとしたリズは、気配を検知した場所へ向かおうとしたのだが――


「調子はどう、リズ?」


「きゃああああっ!!」


背後からいきなり声をかけられ、リズは思わず情けない叫び声をあげてしまった。赤面しながら振り返ったリズの顔に滲む怒りの色。


「ちょっとお姉さま! 前から言っていますでしょ!? いきなり背後に現れて声をかけるのはおやめになってくださいまし!!」


「ご、ごめんなさい。で、成果はあった?」


「まったくもう……ええ、ありましたわ。明らかに人間でも獣でもない気配を検知しましたの」


「へえ……どれどれ」


アンジェリカはスッと地上に手を向け魔法陣を展開させた。地上に顕現した魔法陣がみるみる広がっていく。


「ほんと……お姉さまの魔力と魔法は私たちと桁が違いすぎますわ」


呆れたような表情を浮かべたリズが、気配を感じた方角へ目を向ける。


「……いたわ。おそらく間違いないわね」


「では……」


「ええ。エビルドラゴンよ」


アンジェリカにアリア、リズの三人が視線を向ける先。そこには三国すべてへまたがるように山脈が広がっていた。



――リンドル冒険者ギルドの訓練場は、普段と異なる熱気に包まれていた。冒険者が自主的に訓練できる場として提供している訓練場に立つのは、Aランク冒険者パールとアンジェリカ邸の居候でありCランク冒険者のウィズ。


「くっ……まさかこんなことが……」


肩で息をするウィズが信じられないものを見るような目をパールに向ける。一方のパールはいつも通りにこにこ顔だ。


「ふっふー。またまたいっくよー、ウィズちゃん!」


全身に魔力を纏わせたパールは、一瞬でウィズとの距離を詰めるとその顔めがけて拳を突き出した。


「あ、あっぶねぇ!」


ウィズは間一髪かわすが、上半身を後ろへのけぞってかわしてしまったため、腹部ががらあきになってしまった。


「『そこだ、パール!』」


「分かった!」


ケンの声に応えたパールが、隙だらけになったウィズの腹部へ強烈な拳打を見舞う。しなやかな筋肉に包まれたウィズの腹部へめり込む小さな拳。


「がはっ!!」


堪らずその場へうずくまるウィズ。お腹を押さえてうめき声をあげている。


「だ、大丈夫!? ウィズちゃん!?」


「いや……普通に痛い……」


涙目になるウィズを見て苦笑いを浮かべたパールは、そっとそのお腹に触れて聖女の力を発動させた。


「お……おお……! すげぇ。これがお嬢がもつ聖女の力か~……」


「どう? もう痛くない?」


「ああ、ありがとうよ、お嬢」


立ち上がって自分の腹をぽんと手の平で叩いたウィズは、屈託のない笑顔を見せた。


「それにしても、まさか魔法じゃなく徒手の格闘でお嬢に負けるなんて……体より心が痛い……」


先ほどの戦いを思い出し、とほほと顔を伏せるウィズ。


「『ふん。まあこの俺が直々に魔法なしでも戦える方法を指導してるんだから当然だ』」


魔剣のケンがふわふわと宙に浮きながら言葉を発する。喋る剣の存在に、当初は驚愕した冒険者たちだったが、今ではすっかり慣れてしまった。パールの剣だから仕方ないよね、といった感じである。


「ありがとうね、ケンちゃん。おかげで魔法なしでもだいぶ戦えるようになったよ!」


パールはシュッシュッとその場で拳打を繰り出す。何となく微笑ましい光景である。


「『ああ。全身を魔力で強化すりゃ身体能力は大幅にあがる。その状態で俺を使えばさらに強さ倍増だ』」


ぎょろぎょろと目を動かしながら自信満々に言い放つケン。


「うんうん! もっといろいろ教えてほしいな!」


「『おお、いってことよ。パールは本当に素直でいい女だぜ。あのくそったれなアンジェリカの娘だなんて思えねぇや』」


「あはは。まあ血はつながってないんだけどね」


そんなことを話しつつ、パールは再び魔法を使わない戦い方をケンから学ぶのであった。なお、パールが素手でも強いところを見てしまった冒険者たちが一様に自信をなくしてしまったのはここだけの話。

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