第百四十二話 お茶会
「……見事なものね」
名工と呼ばれたドワーフの孫、ランから手渡された剣を手にとったアンジェリカは思わず嘆息した。
「ありがとうございます……寝ずにぶっ続けで作業したので何とか間に合いました……」
ランの顔には疲労の色がありありと浮かんでいたものの、アンジェリカが満足そうに剣を眺める様子を見てほっとしたようだ。
「悪かったわね。ちょっと試し斬りしたいんだけど、何かない?」
「分かりました。試し斬り専用の部屋があるので、そちらで試せます。こちらへどうぞ」
ランに案内された部屋には、鎧を着用させた人形がいくつも配置されていた。何となく不気味だ。
「ええと。この部屋にある人形の鎧はそれぞれ使用している素材が異なります。一番硬いのは……お、これですね」
一体の人形に近づき、鎧へそっと手を触れたランがアンジェリカを振り返る。
「この鎧の素材はドラゴンの鱗です。何てドラゴンだったかは忘れましたが、今までこの鎧に大きな傷をつけられた武器はありません」
「へえ。そうなのね」
アンジェリカは人形の前に立つと、驚くほど無造作に剣を横に薙いだ。キンッ、と甲高い音が響いたかと思うと、鎧の胸部へ真一文字に線が入り人形ごと真っ二つに両断してしまった。
「おお! す、凄い……」
「うん、素晴らしい斬れ味だわ」
さすが名工の孫ね。最初は本当に大丈夫かなって不安だったけど、任せて正解だったようだ。このままでも十分エビルドラゴンに対抗できる……かもしれない。
「いい仕事をしてくれたわ。ええと、代金を支払わないとね」
アンジェリカは展開したアイテムボックスに手を突っ込むと、金貨を鷲掴みにして取り出しランへ押しつけるように手渡す。
「こ、こんなに!? もらいすぎですよ!」
「いいのよ。お金には不自由していないから」
「はは……そんな言葉一度でいいから吐いてみたいですよ」
苦笑いを浮かべながら、ランは金貨を大事そうに抱える。
「ありがとうね。私の周りには剣を使う者もたくさんいるから、その子たちにもあなたのことを教えておくわ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
ランがペコペコと何度も頭を下げる。アンジェリカは打ってもらった剣をアイテムボックスに収納すると、「それじゃあまたね」と一声かけその場をあとにした。
――聖デュゼンバーグ王国の王城、その庭園ではささやかなお茶会が開かれていた。主催者は王国の第一王子、ゾアの正室セリア。参加者はセリアにゾア、側室のクアラ、メアリ、エルミア教の教皇ソフィア、そしてパールである。
「聖女様。先日はまことにありがとうございました。此度のお茶会へ参加してくれたこと、大変うれしく思っております」
「あ、はい。こちらこそ招待ありがとうございます」
両手に焼き菓子を持ったままパールが答える。そうそうたる人物が顔をそろえているにもかかわらず、パールの様子はいつもとまったく変わらない。平常運転である。
「だがセリア殿。いろいろと大変な状況なのに、お茶会など開いていてよいのか?」
パールの隣に座るソフィアが心配そうに尋ねる。王族が次々と不幸に見舞われ、最近では内務大臣に軍事の要であるスティングレイ将軍まで亡くなった。
「そう……ですね。私は運よく聖女様にお救いいただきましたが、また何があるか分かりません。だからこそ、今のうちに聖女様へきちんとお礼を述べておきたかったのですよ」
セリアがにっこりとした笑みをパールへ向ける。
「まあまあ教皇猊下。せっかく聖女様にいらしていただいたのです。そのような話はまた後日としましょう」
第一王子ゾアが暗くなりそうだった場の空気を換えようと発言する。その言葉に、参加者全員の表情が僅かに緩んだ。
「そう……だな。聖女様、申し訳ございません」
「んー? 私のことなら大丈夫ですよー」
ニコニコとした表情を浮かべ、満足そうに焼き菓子を頬張り続けるパールに全員が生あたたかい視線を送る。
「あ! そう言えば先日行われた魔法競技会の話を聞きました! 聖女様は数人の教師を相手に魔法で圧倒したとか……!?」
セリアが興奮したように切り出した。パールの強さに興味津々の様子だ。
「あ、はい。魔法は得意なので」
「凄いですね~。しかも、それまで学校には通っていなかったんですよね? 独学で学ばれたのですか?」
「いえ。ママに教えてもらいました。ママは高名な冒険者ですから」
この場でパールの母親が真祖アンジェリカと知っているのは、ゾアにメアリ、ソフィアの三人だけである。真実を知る者は少ないほうがよいとゾアが判断し、セリアやクアラには伝えていない。
「へえ~! そうなんですね!」
その後もセリアの興味が尽きることはなかった。あまりの熱心さにゾアたちは苦笑いを浮かべている。
と、焼き菓子に舌鼓を打っていたパールは、先ほどからちらちらと向けられている視線に気づいた。何度もチラ見しているのは、参加者の一人でありゾアの側室メアリ。
んん? あの女の人さっきから私のことずっとチラ見してるよね? カップを持つ手も微妙に震えているし……挙動不審だなぁ……。
そんなことを考えているさなか、背負っている魔剣のケンが一瞬ぴくりと動いた様子をパールは感じた。この場では絶対に喋るなと言いくるめていたため言葉は発しないが、何かを感じたようである。
が、ケンが動いたのはその一瞬だけで、あとはお茶会が終了するまで微動だにしなかった。
「聖女様。本日はお茶会へお越しくださり本当にありがとうございました。またいつでもいらしてくださいね」
「はい! 私のほうこそありがとうございました」
ぺこりとかわいらしく腰を折るパールに、セリアはにっこりと笑みを浮かべる。
「今度は私が主催するお茶会にもぜひ参加してくださいね、聖女様」
柔和な笑みを携えたクアラが口を開く。
「はい、ぜひ! では私はこれで失礼します」
パールはソフィアを伴い庭園をあとにした。二人の姿が見えなくなり、ゾアたちは再びガーデンチェアへ腰をおろす。が、メアリだけはその場に突っ立ったまま二人が歩いていった方角を眺め続けていた。