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閑話 閃光のアリア 2

戦闘開始からすでに三時間が経過しているにもかかわらず、両軍の士気は一向に衰える気配がなかった。圧倒的な数の力で押し寄せる悪魔軍に対するのは、真祖ヘルガ・ブラド・クインシー率いる精鋭軍。


前線ではいまだに激しい戦闘が繰り広げられ、戦場には死屍累々の光景が広がった。あちこちから聞こえる阿鼻叫喚の声が耳にこびりつき、生臭い血の匂いでむせ返りそうになる。


「この機を逃すな! 吸血鬼どもを追撃せよ!」


激戦となった前線の一角で兵を鼓舞するのは悪魔侯爵ラムダ。武勇に優れるラムダは指揮官でありながら、自ら最前線に立ち指揮をとっていた。


「ラムダ侯爵! 前方より何者かが凄まじい勢いで迫っています!」


「むっ!?」


視線を向けた先に見えたのは、光の如く速さでこちらへ飛来する女の姿。その女はまたたく間に激戦の地となった前線の一角へ降り立つと、ラムダを護衛する兵たちの首を一瞬で刎ねた。


「……お前がラムダ?」


血の匂いが充満する戦場で笑顔を浮かべる不気味な女からは、とてつもなく危険な香りがした。


「……何者だ貴様?」


「アリア・バートン。あなたに死をくだすものよ」


「……!? 閃光のアリ――」


気づかぬうちに懐へ潜り込まれたラムダは、言葉を最後まで紡ぐどころか何の抵抗もできぬまま首を刎ねられる。


ごろりと地面へ転がった首を一瞥すると、アリアは再び上空へ舞いあがり前線から離脱した。



――真祖ヘルガ・ブラド・クインシーの本陣。ヘルガの隣に鎮座するシェリング将軍は苦々しい表情を浮かべアリアを睨みつける。


「アリア! 貴様また命令違反のうえ独断専行か! ヘルガ様の側近だか何だか知らないが戦場で好き勝手しやがって……!」


若きシェリング将軍が忌々しげに言葉を吐き捨てる。


「はぁ? シェリング将軍。そもそもあなたが優柔不断なせいで挟撃の機会を失ったことを忘れてない? そのせいでこちらは部下を何人か失っている。文句を言いたいのは私のほうだわ」


「な、何だと!? 貴様誰に口を――」


「やめろ」


一触即発の空気を二人が纏うなか口を開いたのは、軍の最高指揮官であるヘルガ。


「シェリング。お前の決断が遅いのはたしかに問題だ。それについては猛省しろ。アリア、前線での活躍ご苦労だった。だが、独断専行もほどほどにな。あと、将軍への言葉遣いには気をつけなさい」


「……分かりました。どこかの無能のせいで大切な部下を失い気が動転していました。では、私はこれで失礼いたします」


再び笑顔を貼りつけたアリアは、シェリングを嘲笑するような視線を送ると踵を返しその場をあとにした。一方、将校たちの前で無能とバカにされたシェリング将軍の怒りは収まらない。


「ヘルガ様! なぜあのような女をそばに置き贔屓にするのですか!? あいつがバートン家の者だからですか!?」


「単純にあいつが強くて賢いからだ。現に、この戦場における盤面がもっともよく見えていたのはアリアではないか」


「し、しかし……!」


「この話はもう終わりだ。シェリング、三十分後に総攻撃を仕掛ける。アリアが部隊を率いて斬り込んだあと、お前は兵団を率いて後方から支援しろ」


シェリングの顔が怒りと屈辱で醜く歪む。ヘルガがシェリングよりアリアの能力を高く評価していることが明らかになったからだ。


「わ……分かりました……!」



――三十分後。アリアは自身の部隊を率いて敵本陣へと斬り込みを敢行した。部隊の兵数は少ないが、斬り込んで敵陣を崩すだけなら十分である。


「だいぶ崩せたけど、まだまだ相手の数が多いわね」


兵数だけなら悪魔どものほうが遥かに多い。このまま戦闘を継続すればいずれこちらが削られる。まあ、本陣の兵団が来るまで持ちこたえればこちらの勝ちだ。


だが、戦闘開始から三十分以上経っても兵団が支援に訪れることはなかった。不慮の事態が発生し合流が遅れているだけなのか、それとも……。


……なるほど。シェリングの仕業か。まさか戦争の最中に私怨を持ち込むとは想定外だ。何だかんだと理由をつけて兵団の到着を遅らせ、私が死んだころにのこのこと現れるつもりだろう。


背後から鋭い爪を振りあげて襲いかかってきた悪魔の首を振り向きざまに刎ね飛ばす。手当たり次第に魔法を撃ち込み悪魔族を蹴散らすアリア。縦横無尽に戦闘を繰り広げるなか、部下たちが次々と倒れる姿が視界の端に映りこんだ。


魔力はもうそれほど多く残っていない。だが、私はバートン一族のアリア。まだやらねばならぬことがある。アリアは再度魔力を練ると、迫りくる悪魔の大軍に向かい単身突撃していった。



――真祖が率いる軍の本陣では、シェリング将軍がヘルガに跪き謝罪の言葉を述べていた。


「ヘルガ様、大変申し訳ございません。部下の手違いで出撃が遅れてしまいました。副官が兵団を率いてすでに前線へと向かいましたが、今からではまともな戦闘にならぬやもしれませぬ」


「……何だと?」


ヘルガは燃えるような紅い瞳でシェリングを睨みつける。


「貴様、まさか最初からそのつもりで……」


「何を仰います! 戦争に私怨を持ち込むような真似は決していたしません!」


と、軍幕の外がにわかに騒がしくなった。ヘルガや一同が訝しみながら視線を向けた先――


そこにいたのは全身を紫と紅に染めた一人の女。悪魔族に流れる紫の血と、己の紅い血が混ざり何とも言えない色に全身を染めた女は、紛れもなくヘルガの側近アリア・バートンであった。


アリアはつかつかとヘルガたちのもとへ近寄ると、手にぶら下げていた何かをシェリングの足元へ放り投げた。それは、悪魔族の軍を率いる主だった将の首。


「ヘルガ様。ただいま戻りました」


「アリア……」


ヘルガが席を立とうとした刹那、それよりも速くアリアがシェリングの目の前へ移動し、彼の首を掴んで宙吊りにした。


「ぐぁっ……な、何を……!」


「……何を? おかしなことを。貴様のせいでまた私の部下たちが大勢死んだ」


「そ……それは私のせいでは……!」


「貴様のくだらない妬みのせいで私の部下は死んでいった。償いはしてもらう」


「ま、待つんだアリア!」


ヘルガが止める間もなく、アリアはシェリング将軍の胸を手刀で貫いた。胸から噴水のように血が噴きだしあたりを紅く染める。


「ぎぎゃっ……ぶふぉっ……ご……ご……!」


痙攣が収まり、完全に死んだことを確認してから死体を地面へ打ち捨てると、アリアはヘルガへ目を向けた。


「処分の覚悟はできています。とりあえず私は屋敷へ戻り謹慎しておくので、処分が決まり次第使いでもよこしてください」


そう言い残すと、アリアはその場から姿を消した。



――真祖が住まう居城。謁見の間ではヘルガが父であり一族の当主であるサイファ・ブラド・クインシーに戦争の報告をしていた。もちろん、アリアとシェリングの件も。


「ふむ……アリアがな……」


「は……。処分はいかがいたしましょう」


彫りが深い顔に一瞬思案するような表情を浮かべたサイファが口を開こうとしたところ――


「あなた。アリアを処分するなど私が許しませんわよ?」


サイファの隣に座していたメグ・ブラド・クインシーが静かに口を開いた。横目でじろりとサイファを睨んだあと、ヘルガに視線を向ける。


「アリアは我らを古くから支えてきたバートン一族の娘。しかも類まれなる知力、戦闘力も備えた稀有な人材。失うのは甚大な損失です」


「母上様の仰る通りかと。シェリングを失っても何の痛手にもなりませんがアリアは違う」


ヘルガは父たるサイファの目をじっと見つめた。


「ふふ……アリアの有能さは誰よりもこの私が理解している。だが、何のお咎めもなし、というのはな」


隣で目を剥くメグを手で制したサイファは、ひとつの提案を口にした。



――ヘルガ様からその話を聞いたとき、何の冗談かと思った。


「アリア。今日から君は私の専属メイドになってもらうよ?」


「……は?」


「君をもう戦場へ駆り出すことはない。私のメイドとして身のまわりの世話をしてもらう」


「はぁ……? んん? はぁ……」


なかなか理解できない。なぜそのような話になったのか。これが処分なのだろうか。


「君は頭も賢く戦闘にも長けている。私の護衛もしつつ、仕事をしやすいよう手助けしてくれないか?」


「……よく分かりませんが、それが処分なのですね?」


「うん。まあそう思ってくれてかまわない」


「それなら私は従うまでですよ」


「ふふ、ありがとうアリア。とても心強いよ。じゃあ、とりあえずはその言葉遣いから改めないとね」


「……かしこまりましたわ、ヘルガ様。これからもよろしくお願いいたします」


こうして、数多くの戦場で敵を恐怖に陥れてきた閃光のアリアは、ヘルガの専属メイドとしてそばへ仕えることになったのである。



――話し終えてどこか疲れたような表情を浮かべるアリア。対照的に、パールやウィズは目を輝かせている。


「あまり面白い話ではなかったでしょ?」


苦笑いしつつソファから立ち上がったアリアは、んー-、と思いっきり伸びをする。


「んーん! 面白かった! お姉ちゃんそんなに凄かったんだね!」


「そうですよ姐さん! いやー、痺れたなぁ……!」


胸の前で手を組むウィズは感動したように言葉を絞り出した。単純な娘である。


「私も初めて聞く話だったから楽しかったわ。閃光のアリアさん?」


悪戯っぽい笑顔を浮かべるアンジェリカに、アリアがジト目を向ける。


「もうー、やめてくださいよお嬢様。私の二つ名は万能メイドなんですからね」


「ふふ、そうね。閃光の万能メイドね」


「いや、何ですかそれ」


笑いに包まれるアンジェリカ邸のリビング。こうして夜はふけていくのであった。

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