第百四十一話 少女たちの挑戦
「こんにちはー!」
クラスメイトのジェリーとオーラを伴いリンドルの冒険者ギルドへとやってきたパール。
「お嬢お疲れ様っす!」
「お嬢ちゃーっす!」
「お嬢今日もかわいいっす!」
次々と挨拶してくる強面の冒険者たちに笑顔を振りまきつつ堂々と步を進めるパールに、ジェリーとオーラは嘆息する。
「ほえー……やっぱりパールちゃん大物だぁ……」
「同感なのです……」
珍しくパールが剣を背負ってることに気づいた冒険者もいたようだ。ちらちらとパールの背中へ視線を向けつつヒソヒソと話題にしている。
受付カウンターの前に立ったパールがなかを覗き込む。
「あ、いたいた。トキさーん!」
「ん?あ、パールちゃん! 今日は何か依頼受けるの?」
メガネが似合う受付嬢、トキがにこやかな笑みを浮かべて対応を始める。と、パールの背後にいる二人の少女にも気づいたようだ。
「んーん、依頼も見ていくけど、友達の冒険者登録をお願いしたいなーって」
目をぱちくりさせたトキが、べこりと頭を下げるジェリーとオーラに視線を向ける。
「あらあら、そうなのね。またギルドに登録している冒険者たちの平均年齢が大きく下がるわね」
愉快そうにコロコロと笑ったトキは、登録に必要な書類をカウンターの上にのせた。
「じゃあ、二人ともこの書類に記入してくれるかな? 分からないところがあればパールちゃんに聞いてね」
「はい!」
「はい!」
元気よく返事をした二人は書類を受け取ると、パールと一緒にテーブルへと移動する。カウンターには身長が届かないのだ。
パールの助けも借りて手際よく書類を作成し再度カウンターへ訪れる。書類に隅々まで目を通したトキがにっこりと笑みを浮かべ頷いた。
「はい。ジェリーちゃんにオーラちゃんね。書類は問題ありません。ただ、冒険者登録には試験を受けないといけないの。冒険者は危険な仕事だからね。で、試験の結果によってランクが決まります」
ジェリーとオーラが緊張した面持ちで静かに頷く。
「試験はもちろん実戦形式です。今からでも大丈夫かな?」
「はい!」
「わ、私も大丈夫です!」
元気いっぱいの返事に満足げな表情を見せるトキ。
「それじゃ、二人は訓練場へ移動してね。パールちゃん、案内してあげてくれるかな?」
「はーい」
こっちだよ、と歩き始めるパールに緊張した面持ちの二人が慌ててついてゆく。いよいよ、ジェリーとオーラは冒険者への一歩を踏み出すのであった。
──指先に微かな痛みを覚えたソフィアは、読んでいた本のページをめくった指の先端を見やった。紙で切れたのだろう、指先からはわずかに血が滴り落ちる。
「はぁ……」
深くため息を吐いたソフィアは、机の引き出しから応急処置用のテープを取り出し指先に巻いた。何だろう、このモヤモヤとした気持ちは。セリアは助かったというのに、未だ不安が胸のなかを渦巻く。と、そこへ──
「猊下、失礼します」
ノックもせずに部屋へ入ってきたのは枢機卿ジルコニア。強張った顔を見てソフィアは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
「……何かあったのね?」
「王城からの使者が……スティングレイ将軍が急死したと……」
驚愕のあまり言葉を失うソフィア。バカな。ゲルド内務大臣に続きスティングレイ将軍まで?
スティングレイ将軍はこの国における軍事の要と言っても過言ではない。デュゼンバーグにとって非常に重要な人材の一人だ。間違いなく軍事力の低下も免れないだろう。
それにしてもこの状況は異常だ。王族が次々と謎の病や事故で急死したかと思えば、次は国の中枢を担う者が命を落としていく。このような状況が続けば、遅かれ早かれデュゼンバーグの国力は大きく低下し、他国からの侵略も招きかねない。
「……いったい何が起きているというの?」
まさに異常事態。何とも言いようのない不安と恐怖が湧き上がる。
「アンジェリカ様に相談すべきかしら……」
いつも力になってもらってばかりなので相談しにくい。しかもつい先日聖女様のお力を借りたばかりだ。悩ましい──
「呼んだ?」
「きゃあっ!!」
背後から声をかけられ椅子から跳びあがりそうになるソフィア。弾けるように背後へ振り向くと、腕組みをしたアンジェリカが立っていた。
「ア……アンジェリカ様!」
「お邪魔だった?」
「い、いえ! 驚いただけなのです。いったいどうしましたか?」
「うん。あなたとも共有したほうがいい情報があったから」
アンジェリカは慣れた様子で室内を移動しソファへ腰かけた。慌ててソフィアもソファの向かいに座る。
「そ、それで……共有したほうがいい情報とは……?」
「……デュゼンバーグが邪悪な存在に狙われているかもしれないわ」
張り詰めた空気のなか、アンジェリカが静かに語り始めた。
──冒険者登録に必要な試験を受けたジェリーとオーラは、二人とも何の問題もなく合格した。しかも新人、子どもとしては異例のDランクである。
「お二人とも凄いですね! いきなりDランクなんて、パールちゃんとキラさん以外では初ですよ」
やや興奮した面持ちのトキが登録証を二人に手渡す。なお、正確に言うとパールは前代未聞のBランクスタートである。
「こちらが登録証です。身分証明書にもなるからなくさないようにしてくださいね。依頼の受け方とか注意事項は……私よりパールちゃんから聞いたほうがいいかな?」
「うん、トキさん。それはこっちでやるよー」
「じゃあ、パールちゃんお任せしますね」
パールたち三人はホール内の空いているテーブルへ移動する。試験の様子を見学していたと思わしき冒険者たちが、ジェリーとオーラに視線を向ける。その顔には感心したような表情が浮かんでいた。
「二人ともよかったよ! うまく魔法使えてたね!」
「ありがとう! これもアンジェリカ様のおかげだね」
「ほんとその通りなのです。無事合格できてよかったのです」
カフェで女子会でもしているような雰囲気の三人に周りからの視線が集まる。
『……まあたしかに大したもんだ。だが、魔法に頼りすぎだな。パールもだが』
それまでずっと静かだったケンが突然口を開く。パールは背中に背負ってるケンを鞘から抜きテーブルの上へのせた。
ぎょろぎょろと動く目に顔を引き攣らせるジェリーとオーラ。魔剣の話はパールから聞いているものの、間近で見ると気持ち悪いことこの上ない。
周りにいた冒険者たちも一様にギョッとした表情を浮かべるが、関わってはいけないと感じたのか誰もがそそくさと視線を外し離れていく。
「ん? ケンちゃん、それはどういうこと?」
『そのままの意味さ。世のなかには魔法が通じない者、通じにくい者がいる。そういう奴らが敵となったとき魔法しか使えないようじゃ対処はできないぜ?』
「まあ、たしかにそうだよねぇ」
『まぁパーティ組んでお互いの弱点を補うのもアリだがな。でも、いつもパーティのメンバーが近くにいるとは限らねぇ』
「だね。じゃあケンちゃんはどうすればいいと思うの?」
『簡単な話さ。魔法以外の戦い方も覚えりゃいいのさ』
三人そろって「おおー」と感嘆の声を漏らす。まあそこまで感嘆するような話でもないのだが。
『仕方ねぇな。俺が魔法以外の戦い方を教えてやるよ』
「え? ケンちゃんそんなことできるの?」
『言っただろ? 俺はあのクソッタレなアンジェリカに血を与えられた言わば眷属みたいなものだ。大抵のことなら教えられるさ』
こうして、ケンから魔法以外の戦い方を教わるべく三人は再び訓練場へと向かうのであった。