第十五話 新たなるターゲット
「お師匠様。少しお話ししたいことがあるのですが。」
自室で読書をしていたアンジェリカのもとに、キラがやってきた。
「どうしたの?」
「パールちゃんのことです」
先日、パールとの模擬戦でほとんどの魔力を使い果たしたキラだったが、パールに手を握られただけで疲労と魔力が回復した。キラは、あのときの出来事がずっと引っかかっていたのだ。
「何かあったのかしら?」
「実は──」
キラは先日の出来事をすべてアンジェリカに話した。普通は驚くべき内容だが、アンジェリカの表情は変わらない。
「キラ。そのことは他言無用よ」
「……お師匠様はご存じだったんですね」
アンジェリカは小さくため息をつく。
「ええ。今からする話も絶対に他言しないこと。約束できる?」
「もちろんです。お師匠様」
すでにアンジェリカに心酔しているキラが約束を反故にすることは絶対にない。
「あの子は……パールは聖女なのよ」
その言葉に、キラは目を見開いて驚く。聖女は人類にとって特別な存在であるためだ。
聖女として生まれた者は人々を救済する役目を負い、ときに魔物や魔族に対抗する旗印にもなる。
そのとき、キラは思い出した。パールがいつも手袋を身につけていることを。
聖女として生まれた者は、右手の甲に紋章が現れると伝わっている。おそらく、紋章を隠すためのものなのだろうとキラは納得した。
「では、先日のあれは聖女の癒しの力……?」
「そうね。魔法ではない、聖女ならではの力だと思うわ」
なお、今この屋敷にパールはいない。今日はアリアと一緒に町へ買い物にお出かけしている。
「お師匠様。聖女のことについてパールちゃんには……?」
「詳しいことは話していないわ。あの子の出自についてもね」
森のなかに捨てられていた、憐れで哀しい、かわいいわが娘。そろそろ、一度きちんと話をしないといけないな、とアンジェリカは目を伏せる。
「まあ聖女だろうが何だろうが、私の大切な娘であることに違いないわ。あなたも今まで通り接してあげてね」
「もちろんです。お師匠様」
パールが聖女であることには驚いたが、それ以上にそんな大切なことを話してくれたことにキラは感動していた。
-王都オリエンタル-
「パール、次はこれを着てみましょう」
王都で一番大きな衣料品店で、パールはアリアの着せ替え人形と化していた。
なんせ何を着せても似合うのである。お嬢様の気持ちが理解できた気がする、などと考えながら次々と服をパールのもとへ持っていくアリア。
「えーー。もう8着目だよお姉ちゃん」
楽しんでいるアリアとは対照的に、パールはうんざりとしている。
「これだけ!最後にこれだけ着てみましょ!?ね!?」
アリアの必死な様子にやや引きつつも、「本当にこれで最後だからね」と応じてくれる優しいパール。
結局、試着させた服のほとんどを購入し、二人は衣料品店をあとにした。
次に二人がやってきたのは王都で人気のカフェ。紅茶と甘味が人気のお店で、貴族がお忍びでやってくることもあるようだ。
店内に入ると、丁寧な態度の店員が二人を席まで案内してくれた。
アリアはメイド服だが、パールは立派なドレスを着用している。もしかすると、どこかの貴族の令嬢が来店したと思われたのかもしれない。
実際には真祖の愛娘で聖女というツッコミどころ満載の盛り属性なのだが。
テーブルに運ばれてきた一番人気のケーキをひと口ほおばると、アリアとパールは同時に「美味しい。」と口にした。甘いものに弱いのはやはり女子である。
「お持ち帰りできるのかな?ママとキラちゃんにもお土産で持って帰ってあげたいなー」
「そうね。店員に聞いてみましょうか」
「ママはあんなに強いのに、甘いもの大好きだもんね」
そう、過去にいくつもの国を滅ぼした国陥としの吸血姫は、甘いものが大好きという意外な一面があった。
アリアが店員を呼んで質問すると、どうやら持ち帰りが可能なようなので、お土産として包んでもらうことにする。
美味しい紅茶とケーキを味わいながら、存分に会話を楽しんだあと二人はお店をあとにした。
二人が店を出たあと、彼女たちが座っていたテーブルの近くに座っていた一人の男が席を立つ。
その男は支払いを済ませたあと、そのまま王城の方角へ歩き始めた。
-王都・ジルジャン王城-
「陛下。町に放っていた密偵から報告が入っています」
少し前から、王都に真祖のメイドが現れる頻度が高くなったと報告があり、密偵の数を増やしていたのだ。
アリアはこれまで何度か、アンジェリカの名代として王城に足を運んだことがあるため、現国王や重鎮たちにも顔を知られている。
「報告書をよこせ。執務室で読む」
国王は受け取った報告書を携え執務室に向かった。
ソファに座って報告書を開く。……そこに書かれていた内容は、国王に希望を抱かせるに十分な内容であった。
・真祖のメイドが王都へ訪れる回数はたしかに増えている。
・単独ではなく小さな女の子を一人連れていることが多い。
・カフェでの会話において、女児は「ママ」と口にした。
・おそらく真祖の娘、もしくは深い関係にある者だと考えられる。
真祖に娘がいるといった話は聞いたことがない。ただ、正直真祖について分かっていることは少ないのも事実である。娘がいても不思議ではないだろう。
もしこの報告が事実であるなら。真祖の娘でないにせよ、何かしら関係があるのなら。
「その娘をさらって人質にすれば、真祖を従属させられるのでは……」
短絡的な考えではあるものの、合理的でもある。真祖に真正面から挑んでも勝てないのだから、弱い者を人質にとって従属を迫るのは良案と言えるだろう。
「誰か!ゴードン卿を呼べ!」
醜い笑みを張り付けて国王が叫んだ。
「これで今度こそ、真祖の小娘を従属させられるぞ。ククク……!」
いよいよ、王国滅亡へのカウントダウンが始まった。
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