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第百四十話 名工の孫

「はーいはいはい……ってアンタ誰?」


扉を開けて出て来たのはアンジェリカよりも背が低い女ドワーフ。年若そうに見えるドワーフは訝しげな表情を浮かべ、じろじろとアンジェリカの全身を舐めるように視線を這わせた。


「はぁ……私が誰かも分からないのによくも御用達だなんて主張できたものね」


呆れた物言いのアンジェリカだが、その視線は女ドワーフの見事な胸部に注がれていた。アリアやウィズに匹敵するとんでもなくたわわな果実に思わず息を呑む。


「あ……? え……も、もしかして……真祖……?」


「そうよ。私はアンジェリカ・ブラド・クインシー。昔ここの名工に剣を打ってもらったことがあるわ。彼はまだいるの?」


「え……ほ、ほんとに? ほんとのほんとに真祖? あ、こんなところではアレなんでなかへどうぞ!」


アンジェリカの質問には答えず女ドワーフは彼女を工房のなかへと誘った。先ほどまでは無愛想だったが、今はにこにこと笑顔を浮かべている。


「すみませんね、工房なんで気の利いたものがなくて。とりあえずこの椅子にでも座ってください」


背もたれがなく座面が丸い簡易なパイプ椅子を差し出されたアンジェリカが優雅に腰をおろす。その様子を何やら感激したような面持ちで見つめる女ドワーフ。


アンジェリカはそっと周りに視線を巡らせた。以前訪れたときは相当狭い工房だったが、今はかなり広くなっている。これまで打った作品だろうか、壁一面には剣や槍など数々の武器が掛けられていた。


「真祖アンジェリカ様。先ほどは大変失礼しました。私はこの工房の主でランと申します。工房を開いた祖父、オルグからここを受け継ぎました」


「ああ、名工のお孫さんなのね。受け継いだということは彼はもう……?」


「はい……ドワーフはそこまで長命ではないですから。と言っても、四百年くらい前までは生きていましたけどね」


自身もパイプ椅子に腰かけたランが苦笑いを浮かべる。


「そう……まあそうよね。あれから相当時間が経っているし」


「でも、祖父はアンジェリカ様から剣の製作を依頼されたことを誉れとしていました。生前は何度も当時の話を聞かされたものです。この工房がこんなに大きくなったのもアンジェリカ様のおかげだと」


「そうなのね。それにしても、武器の製作を依頼したのは一度だけなのに真祖御用達って。ちょっと誇大広告じゃないかしら?」


「い、いえ! 祖父はアンジェリカ様から武器製作を依頼されるより遥か以前にも真祖一族の方から依頼を受けたことがあるようでして……!」


アンジェリカにジトっとした目を向けられたランは、少し慌てながら釈明する。一方、アンジェリカはランの言葉に首を傾げた。


一族の誰かがここで武器製作を? 誰だろう……お兄様かしら? でもそんな話聞いたことないような。


「まあいいわ。それより今日は剣を打ってもらおうと思って来たんだけど……うーん……」


「アンジェリカ様! ぜひともその依頼、私に引き受けさせてください!」


パイプ椅子から勢いよく立ち上がったランが鼻息を荒くしながら熱い視線を向ける。


「いや、名工に打ってもらいたかったんだけど……」


「私がこの工房を受け継いだのは孫だからという理由だけではありません! 弟子たちのなかで私が一番優れていたからです!」


ふーん……そうなのね。本当かどうかは分からないけど、こういう自信満々な子は嫌いじゃない。


アンジェリカは椅子に腰かけたままアイテムボックスを展開させ、片手でスカイドラゴンの鱗を取り出した。アイテムボックスにも驚いたがドラゴンの鱗に再度驚かされたランは、ぽかんと口を開けてその場に立ち尽くした。


「……これで剣を打てる? ただの剣ではダメよ。ドラゴンの硬い鱗と表皮を斬り裂けるくらいの業物でないと」


「……で、できます。任せてください!」


一瞬呆けたランだが、どうやら職人魂に火がついたようだ。ギラギラとした目でアンジェリカを見据える。


「……分かった。じゃあ二日でお願いね」


「ふ、二日!? いくら何でもそれは……!」


「できないの? あなたのお爺さんはドラゴンの鱗を使って三日で素晴らしい剣を打ってくれたけど」


「う……わ、分かりました! 絶対にやり遂げます!」


やる気をみなぎらせるランに微かな笑みを向けたアンジェリカは、それじゃよろしくと一声かけその場から姿を消した。



──リンドル学園初等部、特級クラスの教室は微妙な空気が流れていた。生徒たちの視線が集まる先には、剣を背負ったパールの姿。


ただの剣であればそこまで注目を集めることはないが、その剣は鞘に収まったままときどき動き、しかも言葉まで発するのだ。注目されないわけがない。


『へえ。ここがパールの学舎ってわけか』


「うん。てゆーかケンちゃん、授業中は喋っちゃダメだよ? みんなの邪魔になっちゃうからね」


『あいよ』


パールが規格外な存在なのは誰もが知るところではあるが、突然意志をもつ剣を携え登校し、人目を憚らず剣と会話する様子に生徒たちはよく分からない感情を抱く。


授業中にケンが突然カタカタと動くたびに生徒たちだけでなく教師もビクッと肩を震わせた。そんな感じでなかなか授業に集中できない生徒たちだったが、すべての授業が終わるころにはすっかり慣れたようである。


「さて、と。今日はギルドに寄ってから帰ろうかな」


大きく伸びをしたパールが帰り支度を始めると、ジェリーとオーラが近寄ってきた。


「ねえねえパールちゃん、今日冒険者ギルドに行くの?」


「ん? そのつもりだけど、どうしたの?」


何やらもじもじしているジェリーに怪訝な目を向けるパール。どうしたのかな?


「あのね、私たちも冒険者ギルドに行ってみたいかな〜、なんて」


「へ? 何でまた急に?」


「私たち、アンジェリカ様に修行をつけてもらってるじゃない? 自分たちで言うのもアレだけど、それなりに成長したと思うのよ。で、そろそろ腕試しというか、ね?」


ジェリーの隣でオーラがうんうんと頷く。


「ということは……二人とも冒険者登録を?」


「うん。してみたいって思ってる」


「でも、ご両親は反対するんじゃ……?」


「大丈夫! もう許可はとったから!」


何たる行動力。でもまあ、ご両親の許可とってるなら問題ないか。


「じゃあ一緒に行こうか。私がいれば手続きも早いと思うし」


こうして、パールは喜ぶ二人と一緒にキャイキャイとお喋りしながらギルドへと向かうのであった。

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