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第百三十四話 微かな後悔

こういうときってどういう顔をすればいいのだろう。悲しそうな顔? それとも悔しそうな顔? いや、どちらも違うか。


「……聞いているの? アンジェ」


小さく息を吐いたアンジェリカは、そっと上目遣いで声の主を見やった。目の前には腕組みをして自分を見下ろす母親、真祖メグ・ブラド・クインシーの姿。その表情と声色から読み取れる怒りの感情。


「……はい」


「あなた自分が何をしたのか分かっているの?」


何のことだか、と惚けてみたい気もあったが、間違いなく折檻されるだろうなと思いいたり、アンジェリカは小さく頷いた。でも、そんなに悪いことしたかな?


「はぁ……エビルドラゴンはもっとも邪悪な古竜の一種なのよ? 私たちなら倒せないことはないけど、眠っているのをわざわざ起こすなんて……」


でも、そのうち起きるんでしょ? なら起きるのが少し早くなっただけじゃない。


「あなたの悪ふざけのせいで、世界中のさまざまな種族が脅威に晒されるかもしれない。大勢が命を奪われるかもしれない。そのことを理解しているの?」


「別にそんなの……」


「私たちには関係ないって?」


「…………」


「自分が起こした行動のせいで、大切な存在が命を奪われてもそう思える? いつかエビルドラゴンと遭遇したとき、あなたは簡単に倒せるかもしれない。でも、その前にあなたが大切に思う者たちがエビルドラゴンによって命を奪われてしまうかもしれない」


そんなこと言われたって全然ピンとこないよ。パパやママ、お兄様たちは強いし、アリアやフェルナンデス、従姉妹のリズ、私が大切に思っている者たちは皆強いんだもん。


「全然ピンとこないって顔をしているわね」


あーあ。このお説教まだ続くのかなー。もういい加減遊びに行きたいんだけど。さっきからずっと正座させられているから足も痺れてきたし……。


「ねえアンジェ。もし、あなたが大切にしている娘のパールや弟子のキラ、ジェリー、オーラ、友人のソフィアがエビルドラゴンの手にかかって死んでしまったとしたら? 居候のウィズやルアージュ、リズがかわいがっているユイ、モア、メルが無惨に殺されてしまったら? あなたはそのときも私には関係がない、仕方がないって思えるのかしら?」


……? 誰それ? ママはいったい誰のことを言っているの? ん? パールにソフィア……? 


突然ママの姿が目の前から消えて視界が黒く染まった。ぼんやりと遠くに何かが見える……。


金髪の女の子に白い髪の女。あ、パールにソフィアだ。どうしてこんなところにいるの? あ、よく見ればウィズにルアージュ、キラ、ジェリーたちも。


そうだ。皆んな私にとって大切な存在だ。私にとってかけがえのない者たちだ。その大切な存在が私のせいで死んでしまう……?


「もう一度聞くわアンジェ。あなたは自分の行動が原因で大切な者たちが死んでしまっても、本当に仕方ないと思えるのかしら?」


ママの声が頭のなかで何度もこだました。イヤだ、そんなの。仕方ないなんて思えないよ。そんなの――



「ママ!!」


暗い寝室のなか、ベッドで仰向けになったままアンジェリカは宙に手を伸ばしていた。夢……。じっとりと汗ばんだ背中が冷たい。


「う~ん……お腹いっぱい……」


隣ではパールがむにゃむにゃ寝言を漏らしながら眠っている。その頬にそっと手を触れ、きれいな髪を撫でた。


アンジェリカは半身を起こすと、衝動的に頭を掻きむしった。そうだ。あのときは自分に愛しい娘や大切な友人、弟子たちができるなどと思ってもいなかった。


何と浅はかでバカなことをしてしまったのだろう。深くため息をついたアンジェリカは、艶やかな黒髪がまとわりつく両手で顔を覆った。


ママ……お母様が口にしたことは正しかった。後悔してももう遅い。過去へは戻れないのだから。なら、大切な者を奪われないように自分ができることをするしかない。


再びベッドへ横たわったアンジェリカは、愛しい娘の小さな体をそっと抱きしめ目を閉じた。



――アンジェリカ邸で束の間の休息を楽しんだソフィアだが、目の前に積まれている大量の書類を目にして思わず頭を抱えた。


はぁ……こんなにあるの? もしかしてジルが処理すべき書類も混ざっているんじゃないかしら?


そんなことを考えつつ書類の束を掴み、ペラペラと内容に目を通す。どれもこれも教皇の決裁が必要なものばかりだった。再び漏れる大きなため息。


やるしかないか。覚悟を決めたソフィアは腕まくりをすると、一心不乱に書類の確認と処理を始めた。と、そこへ――


「失礼します、猊下」


ノックと同時に部屋へ入ってきたのは枢機卿のジルコニア。相変わらず入室を許可する前に入ってくるジルコニアへジト目を向けたが、すぐ手元の書類へ視線を落とした。


「……何かあったの?」


「はい……」


次の言葉を待ったが、どこか言いにくそうにしているジルコニア。ソフィアは書類から視線を外しジルコニアに目を向けた。


「いったい何があったというの?」


「……王城から使者が来まして……第一王子ゾア様の正室、セリア様が急病で危篤とか……」


思いもよらぬ報告に耳を疑う。セリアは年若く活発な女性だ。自身でも元気が取り柄だと笑いながら言っていたのを思い出す。


「そんな……少し前に会ったときあれほど元気だったのに……」


また王族の不幸。いや、まだ亡くなったわけではないが……それにしてもこれほど不運が立て続けに降りかかるとは、いったい何だというのだろう。


「……王城へ向かうわ。馬車の用意を」


頭を下げて部屋を出て行くジルコニアの背中を見送ったソフィアは、椅子から立ち上がると正装に着替えを始めた。


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