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第百三十三話 懸念

深夜から降り始めた雨はすっかり止んでいた。地面を湿らす程度のささやかな小雨であったため、足元が滑る心配はない。


頰を優しく撫でていく風を感じながらパールは目を細めた。視線の先には白い鎧を纏い、隙のない佇まいで剣を構えるエルフの姿。エルミア教の聖騎士、レベッカである。


『落ち着けよ、パール』


「う、うん」


見よう見まねで構えをとるパールに、魔剣のケンがぎょろりと目を向ける。両手でケンの柄を握り、剣先の向こうに見ゆるレベッカの動きに注視するパール。


風が止んだ刹那、レベッカが二人の距離を縮めんと地面を蹴った。速い──


『パール、体に力を入れすぎないようにな』


「分かった!」


またたく間に眼前へと迫ったレベッカは、上段に構えた剣をパールへ袈裟に斬りおろした。


キンッ、と甲高い音がアンジェリカ邸の庭に響く。右足を大きく前に広げ前傾姿勢のまま動かないレベッカ。一瞬の静寂。と、キラリと光る何かがくるくると回転しながら空から落ちてきた。


無惨に地面へ転がったのは細長い鉄の塊。見事に切断されたレベッカの剣である。


「そ、そんなバカな……!」


手に握る半分に切断された剣に目を向け、驚愕の表情を浮かべるレベッカ。彼女の目には何が起きたのかまったく見えていなかった。


パールは魔剣を右手に持ちだらりと下げている。構えた状態から一瞬動いたのは見えた。が、そこから先何が起きたのか分からない。いったい何が──


「おお! やったよケンちゃん!」


『まあ当然だな。その辺の剣が俺と斬り結べばああなるわな』


魔剣片手にぴょんぴょんと飛び跳ねるパールと、少し自慢げなケン。対照的にレベッカは半泣きだ。


「……私もまだまだ修行が足りませんね。それにしても、聖女様が剣まで使えるとは思いもよりませんでした」


何とか言葉を絞り出すレベッカにパールはふるふると首を横に振る。


「私は体の力抜いてただけだよー。あとはケンちゃんが自分で動いてくれたから」


そう、先ほどの戦いパールは何もしていない。柄をしっかりと握っていただけで、ケンが自ら動いてレベッカの剣を切断したのである。


「おお……凄いものですね、魔剣……」


ぎょろぎょろと目を動かす魔剣をちらりと見やったレベッカは感嘆の言葉を漏らす。凄い、けど見た目は気持ち悪い。


パールとレベッカの手合わせをテラスから眺めていたアンジェリカ。その目は優しいものの、パールが手にしている魔剣に視線が向くとたちまち眉を顰めた。


「聖女様凄いのです。レベッカに剣で勝ったのです」


アンジェリカの向かいに座るソフィアが目を丸くする。一瞬の攻防とは言え、聖騎士団長であるレベッカの剣を切断してしまうとは。


「そう……ね。まあ魔剣のおかげ……いや。やっぱりパールが凄いのよね。うん、そうに決まってる」


うんうんと無理矢理自らを納得させたアンジェリカは、やや乱暴にカップを手に取ると紅茶をごくごくと飲み干した。その様子は優雅さのかけらもない。


「それにしても、レベッカには困ったものなのです」


はぁ、とため息を吐いたソフィアは、庭で興味深そうに魔剣を見ているレベッカに目を向けた。


アンジェリカ邸へソフィアと一緒にやってきたレベッカは、魔剣の話を聞くやいなや即手合わせを願い出た。そこで、ケンの新たな飼い主、もとい持ち主となったパールが相手をすることになったのである。


「ふふ。あの子は前からああだったわね」


以前、レベッカから手合わせを申し込まれ応じたことをアンジェリカは思い出す。


「まあ……レベッカも最近は少し元気がなかったのでいい気分転換になったかもなのです」


「どうして元気がなかったの?」


「最近のデュゼンバーグは不幸や不運が続いているのです。王族が病気や事故で亡くなられたり、農作物が凶作だったり……レベッカが懇意にしていた国軍の将軍も亡くなったようで、ここしばらく元気がありませんでした」


「……そうなのね。レベッカの気が晴れたのならよかったけど、国がそんな大変なときにあなた遊んでていいの?」


アンジェリカにジト目を向けられたソフィアの目が泳ぐ。


「昨日までは忙しかったのです。ジルがいろいろと仕事を詰め込むし……」


不満げに唇を尖らせるソフィア。今まさに枢機卿ジルコニアが明日からの過酷な公務日程を組んでいることを彼女は知らない。


「それよりアンジェリカ様。先ほどのお話を聞かせていただけませんか?」


「ん? ああ、エビルドラゴンのこと?」


「はい」


「私も詳しくは知らないのよね。一度戦ったくらいだし。遥か昔から存在している古の邪竜で魔法が通じない、ってことくらいかしら、今分かってるのは」


音もなくテラスへ現れたフェルナンデスが、アンジェリカとソフィアへ一礼してからそれぞれのカップへ紅茶を注いだ。


「フェルナンデスは何か知ってる? エビルドラゴンのこと」


「……そうですね。エビルドラゴンはとにかく邪悪な竜と言われています。過去には楽しみながら遊び感覚でいくつもの国を滅ぼしたのだとか」


顎に手をあてて目を閉じたフェルナンデスが、記憶を辿りながら言葉を紡ぐ。


「……恐ろしいドラゴンなのですね」


ソフィアの顔が曇る。アンジェリカ様でも手に余るほど強いうえに邪悪となると間違いなく人類の脅威だ。もしそのような化け物が現れたら……。


「まだ目覚めているかどうかも分からないのに心配しても仕方ないわ。現れたらそのとき倒してしまえばいいのよ」


あっけらかんと言い放つアンジェリカを心強いと感じながらも、ソフィアは一抹の不安を拭いきれなかった。心のなかに薄い雲がかかっているような何ともモヤモヤとした感じ。


紅茶に口をつけ、庭で魔剣を振りまわすパールに目を向ける。アンジェリカ様や聖女様、それにあの魔剣があればエビルドラゴンにも対処できるのであろうとは思う。


でも、アンジェリカ様たちばかりに頼るわけにはいかない。人間の国々が襲われたのなら、それは人間が対処すべき問題だ。もちろん、手助けしていただけるのはありがたいことだが。


ふぅ、と小さく息を吐いたソフィアが空を見やる。黒い雲がどんよりと空を覆い、今にも雨が降りそうだった。

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