第百三十二話 こりごりだ
「と、まあこんな感じでまったく歯が立たなかったわけよ」
食後の紅茶を味わいながら、当時のことを楽しそうに話すアンジェリカ。一方のアリアはやれやれといった表情を浮かべている。
「それでそれで!?」
興奮した様子のパールは、前のめりになって話の続きを促す。キラやウィズも興味津々だ。
「素手じゃ敵わないからね。そのとき戦利品にした鱗をもってドワーフの名工のもとへ足を運んだわ」
――多くのドワーフが暮らす集落へ訪れたアンジェリカとアリア。連れ立って歩く二人の美少女は明らかに目立ちまくっていた。
「えーと、ここかな?」
以前兄から教えてもらったドワーフの名工。そのドワーフはどのような素材でも武器に加工できるという。
「誰かいるー?」
レンガ造りの小さな建物の扉を開くと、むわっとした熱気が肌にまとわりついた。一定のリズムで聞こえてくる金属同士を打ち合わせるような音。視線の先には、背中を丸めて大きな金づちを振るドワーフの姿。
「こーんにーちはー!」
金づちを振るっていた男の動きが止まり、ゆっくりとこちらを振り向いた。怪訝な目でアンジェリカとアリアの全身を舐めまわす。
「何だてめぇら……ここは女子どもが来るとこじゃねぇ。さっさと帰んな」
しっしっと犬を追い払うような仕草をしたドワーフだが、アリアが手にしているモノを見て顔色が変わった。
「ちょ、ちょっと待て! お前が持っているそれ、もしかして……」
ワナワナと全身を震わせながらじりじりと近づいてくるドワーフ。怖い。
「も、もしかしてそれは、ドラゴンの鱗じゃねぇのか……?」
「そうよ。ねぇ、お願いがあるの。これでとびっきり強力な剣を打ってくれない?」
「やっぱりか! もちろんいいとも! いや、ぜひとも打たせてくれ!」
驚くほどの手のひら返しだが、まあ当初の目的は達成したからよしとしよう。にんまりとした笑みを浮かべたアンジェリカは、アリアの手からエビルドラゴンの鱗を受け取りドワーフへ手渡した。
「できるだけ早く欲しいんだけど、いつできる?」
「そうだな……五日もあれば……」
「遅い! 三日後には欲しい」
「み、三日後!? ま、まあできねぇことはねぇが……」
「うん。じゃあ三日後に引き取りに来るから。よろしくね」
一方的に要求を伝えたアンジェリカが出ていく姿を、ドワーフの男はぽかんとした顔で見つめた。
――少しぬるくなった紅茶を飲み干すと、アンジェリカはほぅっと息を吐いた。
「で、完成した剣に私の血を与えて、特殊な魔法をかけて魔剣にしたってわけ」
「それで、エビルドラゴンは倒せたの!?」
興奮するパールにアンジェリカは優しい目を向ける。
「ううん。ケンを携えてすぐエビルドラゴンのもとへ向かったのだけど、もうそこにはいなかったの。気配も追ってみたけどまったく感じることができなかった」
今思えば不思議な話だ。魔力の残滓もなく消えてしまったのだから。死んでしまった可能性は……ない。それほどのダメージは与えていないのだから。だとすれば、自ら封印を施して眠りについた……?
「そうなんだ……」
「……まあ、そんなわけでせっかく作ったケンも必要なくなっちゃったのよ。で、地中の奥深くに沈めて封印した……とこんなところね」
テーブルの上でケンがわずかに身を震わせ、アンジェリカをぎょろりと睨みつけた。やはりまだ怒りは冷めていないようだ。
『……ぬけぬけとこの野郎……!』
「ケンちゃん! ダメだよ?」
『……分かってるって』
パールの言うことにはおとなしく従うケン。すっかりペットのようだ。
『ただな、アンジェリカ。一つだけ言っておくぜ……』
「何よ」
『俺が目覚めたのはおそらく偶然じゃねぇ。なぜこれほど年月が経って今ごろ目覚めたのか、ずっと不思議だった』
「……何が言いたいのよ」
『あのときいなくなったアイツ。長い眠りについていたのかどうか知らねぇが、多分目覚めてるぜ。俺に使われているのはアイツの鱗だ。何となくだが分かるんだよ俺には』
ケンの言葉にアンジェリカの顔つきがわずかに強張る。顎に手を添えて何やら思案し始めるアンジェリカ。
もしそれが真実であれば問題だ。今の世界はあのころとワケが違う。発展を遂げた国々にあのような化け物が飛来すればとんでもない被害が出るだろう。
もし……もし目覚めたアイツが自分のことを覚えていたら? 恨みを抱いていたとしたら? 間違いなくランドールは火の海になる。
アンジェリカはわずかに後悔した。あのとき何としてでも始末しておけばよかった。いや、その前にあのような暴挙に及ぶべきじゃなかったのか。そう言えば、当時お母様にもめちゃくちゃ怒られたっけ。
「……まあ、もしまた会うことがあれば、そのときはあなたを使って今度こそ倒すわよ」
『……』
「何よ? 返事しなさいよ」
『お断りだ』
「はぁ?」
眉根をあげたアンジェリカを一瞥すると、ケンは自らひょいっとパールの太ももの上にのり横たわった。
『悪いが俺はもうお前に振り回されるのはこりごりだ。もしそのときが来たら、俺はパールと一緒に戦わせてもらうぜ』
「……何バカなこと言ってんのよ。それにパールは剣なんて使えないわよ」
『てめぇだって剣の腕はからきしだろうが。偉そうなこと言ってんじゃねぇよ』
「ぐっ……!」
『てことで、よろしくなパール。なーに、俺がいりゃエビルドラゴンだろうが何だろうが敵じゃねぇよ。それにいざとなりゃ俺は単独でも戦える。どっかの貧乳に血を分けてもらったおかげでな』
アンジェリカのこめかみに浮かぶ青筋がぴくぴくと痙攣する様子を見やった一同が息を呑む。
『おっと、俺を壊そうなんて思わねぇこった。そうなりゃアイツを倒せる武器がなくなっちまうぜ?』
ケタケタと愉快そうに笑いながらパールの太ももの上で体を揺らすケン。
「こーら。ママを怒らせるようなこと言っちゃダメだよ、ケンちゃん?」
『あいよ』
横目でじろりとアンジェリカを見やったケンは、くっくっと忍び笑いを漏らす。歯噛みするアンジェリカは膝の上で両拳を強く握りしめながら、ケンに憎々しげな視線を刺すのであった。