第十四話 新たな住人
キラがアンジェリカに弟子入りして3日が経った。
ギルドへの報告もあるため、ケトナーとフェンダーは王都へ帰っていき、キラはそのままアンジェリカの屋敷に留まることになった。
その彼女は今、庭でパールと軽く模擬戦をしている。
『炎矢!』
離れた場所から鋭い炎の矢がパールを襲う。
『魔法盾!』
パールは慌てることなく魔法盾を展開し炎の矢を防ぐ。
「すごいね!パールちゃん!でもこれならどう?」
魔力を練ったキラが両手を前に突き出し──
『炎矢×3!』
詠唱に合わせて炎の矢が3本顕現し、それぞれが異なる軌道でパールを襲う。
かろうじて2本の矢を魔法盾で防いだパールだったが、もう1本の矢は防ぎきれなかった。
「きゃんっ!!」
かわいらしい悲鳴をあげて倒れるパール。
「パールちゃん!!大丈夫!?」
威力は落としていたはずなのに、と焦ってパールのもとへ駆け寄ろうとするキラ。
その様子を見守るアンジェリカはというと、まったく心配していなかった。
なぜなら──
『展開』
うつ伏せに倒れたままの姿勢で顔をあげたパールは、空中に3つの魔法陣を横並びに展開した。その顔にはしてやったり、といった表情が浮かんでいる。
『魔導砲!』
3つの魔法陣から撃ち出された光の砲弾が一斉にキラへ襲いかかった。
「嘘でしょ!?」
まさかの反撃に思わず反応が遅れてしまう。
魔法盾を展開するものの、魔力が高いパールの高出力魔導砲攻撃を同時に3発受けるのは簡単なことではない。
何とか防ぎきったキラだが、魔力をほとんど使い果たしてしまったようだ。疲労も大きく、その場にへたりこんでしまうキラ。
「そこまでよ」
模擬戦の様子を見守っていたアンジェリカが口を開いた。
「二人ともいい動きじゃない」
微笑みながら二人をねぎらう。
「やったー!死んだふり作戦成功ーー!」
飛び跳ねながら喜ぶパールと違い、キラは唇を尖らせている。
「むうーーー。まさかあんな手でやられるなんて……」
「だって普通に戦ってもキラちゃんには勝てそうにないんだもん」
「ケガさせちゃったかと思って焦ったよ。それにしても、パールちゃん本当に6歳なの?強すぎというかしたたかというか……」
悔しさと同時に湧きあがる疑問。
普通に考えて、Sランク冒険者と6歳児が互角に渡り合うなど考えられない。
「パールには私が直接魔法を指導してきたしね。死んだふりは教えていないけど……」
娘の意外としたたかな部分を目の当たりにし苦笑いするアンジェリカ。
でも、その柔軟性やしたたかさはきっと彼女の人生に役立つだろう。多分……。
「今でもこんなに強いなら、将来は間違いなくSランク冒険者になれますよお師匠様」
「いや、冒険者になんて絶対させないし」
即座に否定する。かわいい娘に冒険者なんて危険な職業は断固却下だ。
「さて、模擬戦の評価だけど」
キラが真剣な表情になる。
「まず、キラについては私が言うことはほとんどないわ。高ランク冒険者としての経験も豊富だし、魔法の使い方も上手だと思う」
アンジェリカの言葉を聞いて、パァッと表情を明るくするキラ。
「問題は精神面かしらね。どんな状況でも決して油断しないこと。あとはもっといろいろな魔法を使えると戦い方の幅が広がると思うわ」
「はい!」
「次、パールだけど。ちゃんと成長しているようでうれしいわ。魔導砲の魔法陣も2つから3つに増えていたしね。ただ、魔法陣の展開から攻撃までに少し時間がかかっているから、そこを改善しましょう」
「むむー。分かった!」
素直なわが娘である。
「二人とも精進するように」
アンジェリカが少しまじめに言うと、二人は元気よく「はい!」と返事した。フフ、ちょっと師匠っぽいこと言ったかしら。
「ではお師匠様。私は少し森のなかで魔物退治をしてきます。自分の食い扶持くらい稼がないと!」
ここに住み始めてから、キラはときどき森に入って魔物を狩っている。魔物を倒して得た素材を売却し、そのお金をアンジェリカに上納したいと考えているようだ。
「別にそんなこと気にしなくていいのに」
「いえ、自分の訓練にもなりますから」
なるほど。たしかにこの森には強力な魔物が多いしね。
「パールはどうするの?」
「私はもう少しだけ魔法の練習しようかなー」
まじめな娘である。
「あまり無理しないでね」
そう伝えてアンジェリカは屋敷に戻っていった。
森のなかへ向かおうとするキラに、パールが駆けよった。
「キラちゃん、魔力ほとんど残っていないんじゃないの?」
キラは驚いて目を見開く。
「そんなことまで分かるの!?」
「うん、何となくね。じゃあ……はいっ」
パールはキラの手を握り目をつむった。
キラは驚愕する。なんと、先ほどまでの疲労がすっかり抜け、しかも魔力まで回復したのだ。
「こ、これは──これはいったい……??」
キラはわけが分からない。疲労を回復させる魔法はまだしも、魔力を回復させる魔法など今まで一度も聞いたことがないのだ。
そもそも、先ほどパールは魔力を使っていない。つまり、これは魔法ではないのだ。
「それじゃ気をつけてねー!」
手を振りながら戻っていくパールを唖然とした表情のまま見送るキラ。いくら考えても分からないものは分からない。今度師匠に聞いてみよう、と雑念を振り払い、キラは森のなかへ入っていくのであった。
-ジルジャン王国・王城-
執務室でゴードン卿と向き合う国王は、苦渋の表情を浮かべていた。
きっとうまくいくと考えていた、Sランク冒険者三人によるアンジェリカ襲撃が失敗したとの報告を受けたためだ。
「くそっ!役に立たん冒険者どもめ!」
怒り心頭でテーブルに拳を叩きつける。
「……私としても誤算でした。まさかSランク三人がかりでも失敗するなど……」
「……それよりも、余が襲撃を依頼したことは絶対バレないようになっているのだろうな?」
国王としては、襲撃が失敗したことよりもそちらのほうが心配であった。
万が一、襲撃が国王の指示で行われたと真祖に知られると、国を焼き払われてしまうかもしれない。
あのときの惨劇を思い出し、ぶるりと体を震わせる。
「その点に関してはご心配なく。絶対に陛下までたどり着けないよう手を尽くしてあります」
「……ならよいのだがな」
アンジェリカにはすべてお見通しであることを知らず、やや安心した国王であった。
「帝国との戦争は近い。早く何とかしないといけないのに、どうすればよいのだ……」
万策尽きたかに思えたが、この数日後、国王のもとへ思わぬ朗報が入ることになる。
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