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第百三十話 非難

『てめええええ! 放しやがれ! この貧乳女! ぜってー許さねぇからなああああ!』


金切り声が屋敷内に響き渡るなか、唖然とした表情を浮かべてリビングでの出来事を見つめる面々。パールにウィズ、アリア、キラ、ルアージュ、フェルナンデスと屋敷に住まう全員がその場に集まっていた。


視線の先には、目をぎょろぎょろと動かす不気味な剣を足で踏みつけたまま苦笑いを浮かべるアンジェリカの姿が。


魔剣のケンを携え帰宅したパールは、母親であるアンジェリカに声をかけるべくリビングへと向かった。が、そこでアンジェリカを見た途端にケンがもの凄い剣幕で彼女へ斬りかかった。が、あっさりと取り押さえられて今にいたる。


「はぁ……ちょっと落ち着きなさいよ。話もできないじゃない」


『てめぇがそれを言うんじゃねぇよ! 俺をあんなところへ何百年も閉じ込めやがって! あんな理不尽なことしておいてよく平然としてられるな!』


どうやら、ケンが話していた女というのはアンジェリカのようだ。つまり、魔剣を生み出し封印した張本人であり、シャンバラで起きた騒ぎの元凶でもある。


「だから、悪かったって言ってるじゃない。」


平然と言ってのけるアンジェリカをぎょろりと睨みつけながら、ケンは足から逃れようとバタバタと体を跳ねる。


『悪かったで済むか! 俺がどれだけ悔しく悲しい思いをしたか……!』


アンジェリカの足の下でジタバタしていたケンは急におとなしくなり、目から一筋の涙を零した。ふるふると震える刃。


『てめぇの都合で勝手に作っておいて、用済みになったからってあんな地中深くに埋めて封印するなんて……酷すぎるじゃねぇかよ……』


全員の視線がアンジェリカに向く。その目には微かな非難の色が込められていた。


「ママ……いくら何でも酷いよ……」


「マジかよ姐さん……」


「ちょっとかわいそうですぅ~……」


「酷いですよお師匠様」


一斉に非難され始めるアンジェリカ。愛娘にまでジト目を向けられたアンジェリカは分かりやすく狼狽した。


「ちょ、ちょっとあなたたち……そうだ! アリア、あなたもあのとき一緒にいたわよね!?」


すがるような目を向けられたアリアは即座に顔をそむける。


「た、たしかに私もその場にいましたが……私は正直ちょっとかわいそうかな~って……」


長きにわたりそばにつき従ってきた側近中の側近にあっさりと裏切られた。卑怯者! アンジェリカの心の声がこだまする。


素知らぬ顔で斜め上を見やるアリア。ごめんなさいお嬢様! でも、パールに嫌われるなんてまっぴらごめんです!


「ママ。何があったのか分からないけど、ケンちゃんにちゃんと謝らなきゃダメだよ?」


ぷっくりと頬を膨らませたパールに説教され、肩を落とすアンジェリカ。


「はぁ……分かったわよ。ケン、あのときは本当にごめんなさい。心からお詫びするわ」


『…………』


「すべて私が悪かったわ。あなたが望むなら何でもするから」


『……何でもと言ったな?』


「……まあできることならね」


『じゃあ、そこに平伏して床に額をこすりつけながら「何もかもこの貧乳ガリガリ女のアンジェリカが悪うございました。お許しくださいケン様」と言ってもらおうか』


ことの成り行きを見守るウィズやルアージュたちに戦慄が走る。シャレにならん。パールを除く全員の顔が青ざめる。


リビング内の温度が少し下がった気がした。これは絶対にヤバいやつ。固唾を呑んで見守る全員が顔を見合わせた。


「……調子に乗るんじゃないわよ……このポンコツが……」


『ああん? 何でもするって言ったのはてめぇだろうが』


ギリギリと奥歯を噛みしめながらケンを睨みつけるアンジェリカ。たしかに言ったけど! 


まさに一触即発。誰もがその場から避難すべきかと考え始めたところ――


「はいはい、ママもケンちゃんもそこまでだよ。みんなも困ってるよ」


パールはアンジェリカのスカートをくいっと引っ張ると、頬をぷっくりとさせたまま母親の顔を見上げた。


「こんなところでケンカしたらお家壊れちゃうよ? ケンちゃんも、ママが本気で怒ったらまた地中深く埋められるか壊されちゃうかもだよ?」


さすがのアンジェリカもパールにそう言われては引き下がるしかない。その場で大きく深呼吸をすると、ケンを踏みつけていた足を外した。そっとケンを手にとるパール。


「ね? ダメだよ、ケンちゃん?」


『……おう』


渋々返事をしたケンだが、もう先ほどまでの剣呑な空気は纏っていない。


「じゃあ、夜ご飯にしようよ。私さっきからめちゃくちゃお腹すいてたんだー」


にっこりと笑みを浮かべたパールは、ケンを携えたままダイニングへと向かった。誰もが認識した。この屋敷で最強なのはアンジェリカではなくパールなのだと。



――食事中もケンが騒ぎだすことはなかった。壁に立てかけられたケンは、食事をするパールの後ろ姿をぎょろりとした目で眺めていた。


「ああー、お腹いっぱーい」


食事を終えてリビングのソファで大きく伸びをするパール。その太ももの上にはペットのようにケンが横たわっている。


「……ちょっとパール。危ないから太ももの上にのせるのはやめなさい」


「んー。でもおとなしいよ? でも、これじゃ私の隣に座れないか」


アンジェリカに指摘されたパールは、ケンをローテーブルの上に置いた。テーブルの上でぎょろぎょろと大きな目を動かすケンに、キラやウィズの表情が引き攣る。


「あ、そう言えばママ。ケンちゃんは何か使命があって生み出されたって言ってたけど、それって何なの?」


「ああ……聞いたのね。まあ、ある敵を倒すために生み出したのよ」


「わざわざ剣を? どうして?」


強大な魔力を有し強力な魔法を使う母親が、なぜ魔剣なる武器を生み出す必要があったのかパールにはまったく分からなかった。


「世のなかにはね、魔法が通じない相手もいるのよ。そいつを倒すために魔剣であるケンを生み出したのよ」


「ママの魔法も通用しないの? いったいどんな相手?」


「……エビルドラゴンよ」


こてんと首を傾げるパール。聞いたことがない名前のドラゴンだ。


「エビルドラゴンは古くから存在する邪龍の一種でね。魔法の類がいっさい通用しないわ。物理攻撃は効くけど生半可な武器では傷一つつけられない」


ふむふむ。


「だから、一番最初に戦ったときに剥がれ落ちた奴の鱗を奪って、ドワーフの名工に剣を作らせた。その剣に私の血を与えて特殊な魔法をかけ魔剣化したのがケンよ」


「へー、そうなんだ。そもそも、そのエビルドラゴンとはどうして戦いになったの?」


「…………」


パールからスッと目をそらして黙り込むアンジェリカ。こういうときのアンジェリカはたいてい自分に都合が悪い事実を隠しているとパールは理解している。と、そこへティーポットとカップをトレーにのせたアリアがリビングへ入ってきた。


「お姉ちゃんは知ってるの? ママがエビルドラゴンと戦うことになった理由」


「え? ああ。お嬢様が悪ふざけで長く眠っていたエビルドラゴンを攻撃して起こしたのよ」


その場にいる全員が深くため息を吐き、アンジェリカにジトッとした目を向けた。当の本人は素知らぬふりをしている。


「……まあそんなことだろうとは思ったよ」


「な、何よ。まだママも若かったんだし仕方ないじゃない」


若気のいたりとでも言いたいのだろうか。まったくママにも困ったものだね。


「それで、ケンちゃんを使ってエビルドラゴンは倒せたの?」


パールから問いかけられたアンジェリカは、紅茶をひと口飲むと遠くを見るような表情を浮かべ、記憶をたどるように当時のことを語り始めた。


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