第百二十九話 恨みつらみ
「うーん、見れば見るほど不気味だな……」
パールが手にする剣を目にしたウィズは、眉間にシワを寄せて呟いた。長寿種であるダークエルフのウィズでさえ初めて目にする奇妙な剣。
とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所へ移動しようということになり、二人と剣は大通りから少し離れた場所にあった広場のベンチに腰かけた。
「で、あなたはいったい何なの?」
パールの太ももの上に横たわる不気味な剣は、刃についた目をぎょろりと大きく動かした。
『……まあ、いわゆる魔剣ってやつだ』
「魔剣?」
『ああ』
魔剣は特殊な製法と魔法を組み合わせて生み出される武器である。って前にフェルさんから借りた本に書いてあったような。パールは微かに首を傾け記憶をたどる。
「その魔剣がなぜこの街で女の人を襲っていたの?」
パールからの問いかけに対し、節操なく目をぎょろぎょろと動かす剣。どうやらあまり言いたくないようだ。
「ねえ。黙り込むなら折るよ? あなたみたいな危ない剣を野放しにはできないから」
『……ただのいたずらだよ。ああいうほっそりとした若い女は嫌いなんだ』
「それだけの理由で?」
『……俺はな、特別な使命のために生み出された。でも、俺を生み出した奴は俺が用なしになった途端に地中の遥か奥底へ埋めて封印しやがった……』
「それで?」
『俺を封印した奴ってのが、ほっそりとした若い女だったんだよ。まあ若いっつってもそう見えるだけだがな……久しぶりに地上へ出られて、あいつに似たほっそりとした体型の若い女を見たらイラッとしちまっていたずらしたくなったってわけさ』
パールのやわらかな太ももに横たわる剣はどこか不貞腐れているように見えた。
「ふーん。で、あなたこれからどうするつもりなの?」
『そんなの決まってら。俺を封印したくそったれな貧乳ガリガリ女を見つけ出して復讐するのさ』
「そうは言っても、その人がどこにいるのか分かっているの?」
『う……』
ふぅ、とため息を吐くパール。どこか憎めない部分はあるけど、こんな危ない剣を放置するのはダメだよね。うーん、どうしようかな。
「お嬢、もうかなり暗くなってきたから一度戻ろう。姐さんも心配するだろうし」
「そうだね。この子も連れていくしかないか。ねえ、あなた名前は?」
『……ケンだ』
「いや、それ武器の名称だよね? あなたの名前はないの?」
『だから、ケンだっての。俺を生み出したあのくそったれな女が「剣だからあなたの名前はケンね」って適当に決めやがったんだ』
吐き捨てるように言い放った魔剣、もといケンの目はやや充血しているように見えた。うん、きしょー。
「そっか。じゃあケンちゃんね。私はパールで、こっちはウィズちゃん。よろしくね」
『……おう』
こうして、パールとウィズはシャンバラの街を騒がせていた犯人の確保に成功し帰路につくのであった。
――見たことがない動物を描いた絵画に美しい装飾が施された壺。上質な調度品が並ぶ豪奢な空間で、適度な弾力がある座り心地のよいソファに腰かけ優雅に紅茶を口にしているのはエルミア教の教皇ソフィアである。
「王城での生活には慣れたのかな?」
カップをソーサーへ戻したソフィアは、向かいに座する女性に声をかけた。
「はい、もうすっかり。陛下も王子もよくしてくださりますし……猊下もときどきこうしてご尊顔を見せてくださいます」
煌めくブロンドの髪をアップスタイルにまとめた女性は、聖デュゼンバーグ王国第一王子の側室であるクアラだ。
スッと通った鼻筋に小さな唇、青い瞳が印象的なクアラは約半年ほど前に第一王子、ゾアのもとへ嫁いできた。
「そうか。あなたもこれからいろいろ大変だろうとは思うが、私でよければいつでも相談にのろう。遠慮なく話してほしい」
ソフィアは慈しむような視線をクアラへ向ける。いつもどこかおどおどした様子のクアラを、ソフィアは初めて見たときから気にかけていた。
「はい……ありがとうございます、猊下」
気丈に振る舞ってはいるものの、クアラの表情はやや暗い。まあ、ここ最近王家へ降りかかっている不運を思えば仕方がないことか……。
聖デュゼンバーグ王国には、第一から第七まで七名の王子と三名の王女がいた。過去形なのは、ここ数ヶ月で第三と第四、第六の王子、第一王女の四名が立て続けに亡くなっているためだ。
不慮の事故や病気が原因で次々と王族が亡くなっていることに、クアラは胸を痛めているように見える。
しばらくクアラとの会話を楽しんだあと、ソフィアは王城をあとにした。教皇猊下専用の豪奢な馬車に乗りこんだソフィアは、一つ大きくため息を吐く。
ああ、忙しい……公務とはいえちょっと忙しすぎるんじゃないかしら。仕事をさぼって魔法競技会へこっそり観戦に行っていたこと、ジルコニアはまだ根にもっているのかしらね。
ソフィアがあまり好き勝手に遊びに出かけないよう、ジルコニアは相当過酷な公務の日程を組んだ。今日王城へ足を運んだのも公務の一環だ。
陛下や王妃、王子たちと政治や教育、エルミア教布教の件などについて話し合い、少し時間ができたためクアラのもとへ立ち寄ったのである。
はぁ。とりあえずあと数日頑張ればまた時間を作れるようになる。時間ができたらすぐにでもアンジェリカ様のもとへ遊びに出かけよう。うん、そうしようそれがいい。
ガタゴトと揺れる馬車のなかでそのようなことを考えつつ、ソフィアは薄暗い空に浮かぶ三日月に目を向けた。