表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/240

第百二十七話 狙われなかった女

ランドールの西北に位置する都市シャンバラは、古くから芸術の街として発展を遂げてきた都市である。芸術の道を志す者が地方からも多く足を運ぶシャンバラは、首都リンドルとはまた違った活気に満ちていた。


「へ~。なかなか面白い街だな」


目に飛び込んでくるのは意匠を凝らした建造物の数々。街のいたるところに芸術の要素が取り入れられたユニークな街にウィズの心は踊った。


まだ太陽が沈むまでには時間があるため、大通りも多くの人が行き交っている。芸術の街だからか、特に若者は個性的な衣服を纏っているのが印象的だった。


「変質者が現れるのはたしか夕方以降って言ってたよな……」


ウィズは空を見上げ太陽に手をかざす。日没まで……あと三~四時間といったところか。適当に散策してりゃそのうちいい時間帯になるだろ。


芸術で栄えたシャンバラの街は観光地としても有名だ。時間を潰せる場所はいくらでもある。ウィズはあたりが暗くなるまで名所巡りをすることに決めた。



――ああ、この温もりを何と表現すればいいのか。全身を優しく包み込むような温もりと大草原の匂い。最高だ。いつまでもこうしていたい。お願いして一頭連れて帰ろうかしら……。


「お茶が入ったわよ、リズ」


呆れ顔のアンジェリカが視線を向けた先。そこにはアルディアスの尻尾にくるまれて幸せそうな表情を浮かべるリズの姿があった。


一人でアンジェリカ邸へ遊びにやってきたリズは、一瞬でフェンリルのモフモフに心を奪われた。かれこれもう一時間近くああしている。


『くっくっくっ。リズよ、アンジェリカが呼んでおるぞ』


くつくつと笑いを漏らしながらリズに目を向けるアルディアス。


「う~ん……もう少しお願いしますの……」


「リーズ―。せっかくフェルナンデスが淹れてくれたお茶が冷めちゃうわよー?」


アンジェリカの言葉は効果てきめんだった。パッと目を開いたリズは、アルディアスにお礼を言うとすぐさまテラスへとやってきた。


「ふぅ……素晴らしいモフモフでしたわ。お姉さまたちは毎日あの子たちにモフれますのでしょ? 羨ましいですわ」


モフモフの余韻に浸りながらイスに腰かけたリズは、カップを手にとり口へ運ぶ。ああ、美味しい。この茶葉は何だろう。あとでフェルナンデス様に聞いてみよう。


「今日はパール嬢やあのダークエルフの娘はいませんの?」


「ええ。パールは冒険者ギルドに顔を出しに行ったわ。ウィズもギルドからの依頼でどこか出かけているみたいね」


「そうなのですね。パール嬢はもちろんですが、ウィズという娘もなかなかの使い手とお見受けしましたわ。さすがはダークエルフといったところでしょうか」


ダークエルフは魔法だけでなくさまざまな武器の扱いに長け、徒手空拳での戦いにも強い種族である。


「ウィズは強いわよ。もっとも、パールには二度もやられているけどね」


「……パール嬢と比べてはいけませんわ」


少し自慢げに話すアンジェリカに、リズは呆れた目を向ける。パールの強さはリズも目の当たりにしているのでよく分かっているのだ。


「まじめに練習すればもっと強くなれる可能性を秘めているんだけどね、ウィズも。ただ、もともとの力が強すぎるからそれに甘えちゃっているのよね」


「魔法の技術はどうか分かりませんが、魔力は相当なものだと思いましたわ。まあ、よほどの相手でない限り後れをとるようなことはないでしょうね」


「そうね。ただ、世のなかには魔法が通用しない者もいるからね……」


アンジェリカの脳裏にいつかの戦いが蘇る。自分と同じく魔法がまったく通用しない相手。魔法が最大の武器である者にとってあれほど厄介な相手はいない。


まあ、あいつはもういない……というかどこにいるのかも分からない。決着をつける前に自ら姿を消して気配も断ってしまった。


そっとため息を吐いたアンジェリカは、細めた目を沈みゆく太陽に向けた。



――昼間の喧騒が幻であったかのように静まり返ったシャンバラの大通り。まだ完全に日は落ちていないのに、通りを歩く者はまばらだ。襲われるのは女性だけということだが、男たちも正体不明の変質者を恐れているようだ。


あまり警戒しすぎると近寄ってこないかもしれない。ウィズは適度に隙を見せつつ街のなかを徘徊した。変質者をおびき出すため、今日のウィズは一般的な女性の恰好をしている。ひざ丈のワンピースを纏い帯剣もしていない。


「さあ……いつでもきやがれってんだ」


剣がなくとも私には魔法がある。お嬢には二回もボコボコにされたが、あれはお嬢が異常なだけだ。そんじょそこいらの奴らにゃ絶対に負けねぇ。


そんなことを考えつつ、街のいたるところを歩きまわる。大通りだけでなく、変質者が襲いやすいよう薄暗い路地裏にも敢えて入り込んでみた。


さあさあ、早くこいよ変質者ちゃんよ。こんないい女が薄暗いなか一人で歩いてるんだぜ? 絶好の襲う機会じゃねぇか。


すでに周りは相当薄暗くなっている。もう少しで日も完全に落ちそうだ。だが、闇に紛れて生きてきたダークエルフにとってこれくらいの暗さは何てことはない。


と、そのとき何やら気配を感じた。明らかに邪な気配。こちらの様子を窺っているのだろうか。


お。やっとお出ましか。さあ来なよ、近づいて服を切り裂こうとした瞬間がてめぇの最期だ。ゆっくりと路地裏を歩みつつ、いつでも魔法を放てるよう集中力を高めるウィズ。


刹那、一陣の風が路地裏を吹き抜けた。同時に向けられていた敵意が強くなったのを肌で感じた。来る――


拳に魔力を集約させたウィズだったが……。


「あ、あれ……?」


予想に反し何も起きなかった。向けられていた敵意は鳴りを潜め、今は何も感じられない。


「んん……? どういうことだ……?」


こちらを窺っていた者がいたのは間違いない。敵意を向けられているのも肌で感じたし、近くにいる気配もした。


約二時間ほど歩きまわったウィズだったが、結局この日彼女が襲われることは一度もなかった。それどころか、翌日、そのまた翌日も彼女が襲われることはなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ