第百二十六話 怪事件
新章スタートです。よろしくお願いします。
もうどれくらいここにいるのだろう。目覚めてから自分が置かれている状況を認識するまでしばらくかかった。
周りの音は何も聞こえない。当然だ。ここは遥か地中深いところ。何も聞こえず何も見えず何も感じない。
このような状況に陥った経緯を思い出し徐々に怒りが込み上げてきた。あまりにも理不尽な仕打ち。身動きひとつとれない地中で、ソレは激しい怒りに身を震わせた。
と、怒りの力なのかどうか分からないが、少し体を動かせた。地上を目指し少しずつ体を進めていく。
よし。この調子だ。この俺をこんな目に遭わせたアイツを俺は絶対に許さない。待っていろ──
地中で蠢くソレは憤怒の感情を力に換え必死に地上を目指した。
──リンドルの冒険者ギルド。壁に貼り出された案件を吟味しているのはダークエルフのウィズである。
「うーん。めぼしい案件はないな」
腕を組んで唸る小柄なダークエルフに冒険者たちの視線が集まる。ダークエルフが珍しいため……ではない。
ごくりと喉を鳴らす冒険者たちが熱い視線を向ける先には、たわわに実った立派な果実。歩くたびにゆさっと揺れる双丘に冒険者たちの目は釘づけになる。
「ちっ……! うぜぇ」
向けられる無遠慮かつ卑猥な視線に気づき軽く舌打ちしたウィズは、冒険者たちをじろりと睨みつけた。慌てて顔をそむける冒険者たち。
「はぁ。乳のチラ見が女にはバレバレってこと男どもは知らんのかね。しょうもねぇ」
実際にはチラ見どころかガン見されていたのだが。と、そこへ──
「ウィズさん、少しお時間よろしいでしょうか?」
声をかけてきたのはギルドマスターのギブソン。
「ああ。どうしたんだ?」
「ご相談したいことがあります。執務室へいらしてください」
ここで話せばいいのに、と思ったウィズだが口には出さずおとなしくついていく。ちなみに、ギブソンが踵を返す前にちらりと自分の胸元へ目を向けたのをウィズは見逃さなかった。はぁ、まったくどいつもこいつも……。
質素な執務室のソファに腰かけると、一人の受付嬢が部屋に入ってきた。慣れた手つきでウィズの前に紅茶を注いだカップをコトリと置く。
「で、相談って? 言っとくけど金はねぇぞ。金なら私よりアンジェリカ姐さんやパールお嬢のが持ってるわ」
お嬢にいたってはドラゴンを討伐したときの報奨金がたんまり残ってるそうだ。てかドラゴン倒す子どもってどうなってんだよ。はぁ。
「いえ、お金を貸してほしいわけでは……」
「あ、そうなの? じゃあもしかして……コレ?」
ニヤリとしたウィズは、たわわな爆乳を両手で持ち上げゆさゆさと動かしてみせた。
「ち、違いますよ! 何を言ってるんですか……!」
「ほんとかな〜? 自慢じゃねぇけどこれめっちゃ柔らかくて気持ちいいぞぉ〜? ほれ、ほれほれ」
真っ赤な顔で否定するギブソンをさらにからかうウィズは、面白いおもちゃを見つけたような顔をしていた。
「や、やめてください! まじめな相談があるんです!」
「ちっ、つまんねぇの。で、相談って何よ」
ギブソンの話によると、リンドルの西北に位置する都市シャンバラで不思議な事件が頻発しているとのこと。
事件が発生するのは主に夕方から夜にかけて。一人で歩いている女性が狙われているらしい。
「殺し……か?」
「いえ、狙われた女性たちは命に別状はありません。というか、外傷すらありません」
怪訝な表情を浮かべるウィズ。どういうことだ?
「女性たちはいきなり衣類を切り裂かれています。ただそれだけなんです」
「んん? じゃあただの変質者じゃねぇの?」
「……不思議なことに、襲われた女性たちは誰も犯人の姿を見ていないんですよ」
益々意味が分からない。服を切り裂いたということは被害者のそばへ接近したはずだ。いくら気が動転したとはいえ、犯人の姿を見ていないとは奇妙に思える。
「これまでに襲われた数は?」
「八人です。シャンバラでは夜になると姿が見えない魔物の爪で引き裂かれる、といった噂が女性たちのあいだに広がり始めています」
「ふーん……でも、その街にも冒険者ギルドはあるんじゃねぇの?」
「はい。すでに街から依頼を受けた冒険者たちが夜間の巡回などを行っていますが、まったく手掛かりはつかめていません」
ウィズは腕を組んだままソファの背もたれに深く体を預け天井を見やった。ずいぶん奇妙な話だ。犯人の姿が確認できないということは、遠くから魔法でも放ったのだろうか。
たとえば、風刃のような魔法であれば、離れた場所からでも衣服を切り裂くくらいのことはできるかもしれない。その場合、衣服のみを切り裂く魔法の精度が必要ではあるが。
「で、私は何をすればいい?」
ウィズは体を起こしてギブソンに目を向けた。瞬時に顔をそむけるギブソン。こいつまた乳見てやがったな。
「え、ええと……ウィズさんにはシャンバラの街で囮になり切り裂き魔をおびき出してもらいたいです。そのうえで捕まえてくれると大変助かります」
「まあそうなるわな。でも、何で私なのさ」
「その、ウィズさんは女性として大変魅力的な方ですので……変質者をおびき出しやすいのではないかと……」
なるほどね。女ばかりを狙う得体の知れない奴をおびき出して捕える、と。まあ面白そうではある。
「捕獲が難しいときは殺してもいいんだよな?」
ギラリと光る獰猛な目を向けられたギブソンは、思わずごくりと喉を鳴らした。
「は、はい。そのあたりの判断はウィズさんにお任せします。引き受けていただけますか?」
口の片端をあげたウィズは軽く頷き了承の意思を示す。さあ、楽しくなりそうだ。