閑話 縁 2
「へえ~、それじゃクインシー様もここへ星の花を採りに?」
「ええ。このあたりとは聞いたのだけど、どこに咲いているのか分からずしばらく森のなかをさまよっていたわ」
そう口にすると、メグはしゃがみこんで星の花を摘み始めた。
「本当にきれいね……」
「あの……クインシー様はなぜ星の花を摘みに……?」
何となく聞いてみたかった。凶悪な悪魔を瞬殺するほどの力、何もかも思い通りにできそうな力をもっているはずの方が、なぜこのような場所に足を運んでまで星の花を摘みたかったのか。
「……娘の誕生日なのよ。どうしてもこの花を贈りたいと思ってね」
クインシー様の声にはほとんど抑揚がなかったが、星の花を摘んでいるときの顔はどこか幸せそうに見えた。
「あ、それじゃ私と同じですね。私も娘の誕生日のために星の花を摘みにきたんです」
「そうなのね」
花を摘み終えたメグとキサは、近くにあった大きな岩に腰かけた。それにしても何てきれいな方なんだろう。それにもの凄く強いし。娘さんもさぞかし美しい方なんだろうなぁ。
ちらちらとメグの横顔を窺うキサ。顔立ちが美しいのはもちろん、世の女性すべてが妬みそうな魅力ある体つき。思わずキサは自分の胸にそっと手をあてた。哀しい。
「どうしたの?」
「い、いえっ!」
挙動不審なキサに怪訝な目を向けるメグ。ああ、正面から見ても美しすぎる。吸血鬼って誰もがこうなんだろうか。
「……あなたの娘さんはまだ小さいの?」
「え? ああ、はい。でも好奇心旺盛で生意気で、いつも周りの大人を振りまわしています」
元気なのは嬉しいことだが、もう少しおとなしくなってくれないものかと、娘を思い出しそっとため息を吐く。
「ふふ。アンジェ……私の娘も似たようなものよ。いろいろと苦労させられているわ」
「同じですね。でも、生意気で手もかかる娘だけど、ほんっとうにかわいいんですよね」
「それには同意するわ。娘って自分の分身みたいなものだけど、本当にかわいくて愛しくて堪らないわよね」
「ですよね!」
恐ろしく強い方だけど、娘さんのことを話しているときのクインシー様はとても幸せそうな顔をしていた。
「さてと……それじゃ私は帰るとするわ。あなたも気をつけて帰りなさい」
「あ、はい! あの、助けていただいて本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが……」
「改めてお礼をされるようなことはしていないわ。邪魔で不快な虫を踏み潰しただけのことよ」
何でもないことのように言い放つメグに、キサは苦笑いを浮かべる。
「うーん、でも何もお礼をしないというわけには……」
「気にしないで。でも、そうね……」
メグは少し思案するような顔になる。
「いつか私の世間知らずな娘を支えてあげてちょうだい。縁が繋がればだけど」
そう口にしたメグはわずかに笑みを浮かべると天高く舞いあがり、そのままどこかへ飛んでいってしまった。
「……クインシー様。ありがとうございました。約束は必ず……!」
私はクインシー様が飛び去った方角に向け深々と頭を下げ、その場をあとにした。
――瘦せ細った母の手を握り続けるレイム。先ほどから手をさすったり強く握ったりしているが、ほとんど反応はない。もうこのまま逝ってしまうのか。俯くレイムの顔が曇る。と、そこへ――
「お母様」
背後から声をかけられ振り向いたレイムの視線の先にいたのは娘のキラ。やっと来たようだ。
「遅かったじゃないキラ……あら? そちらの方は……?」
「こちらは私のお師匠様でアンジェリカ様。一緒に来てもらったんだ」
キラはアンジェリカと一緒に祖母であるキサのそばに腰をおろした。
「……手を握っても?」
アンジェリカに問いかけられたレイムが静かに頷く。枯れ枝のような手をそっと取った。そのとき――
「う……うう……」
キサが意識を取り戻した。驚き思わず腰を浮かしかけるレイムとキラ。キサの目が少しずつ開かれていく。
「あ……ああ……!」
アンジェリカに目を向けたキサの瞳から零れ落ちる涙。ああ! お変わりない……その紅い瞳も美しい黒髪も……!
「クインシー様……いえ、メグ様……またお会いできた……!」
涙を流しながらアンジェリカの手を力強く握り返す。アンジェリカもしっかりとその手を握り、キサの瞳をじっと見つめた。
「メグ様……あのときはありがとうございました……おかげ様で娘の誕生日に素敵な花を贈ることができました……」
「お、お婆様……この方はアン――」
口を開こうとしたキラをアンジェリカは目で静止する。
「メグ様……あのときの約束……メグ様の娘様を近くで支えてほしいとの約束……まだキサは果たせていません……」
キサの瞳から止めどなく流れ落ちる涙。アンジェリカも思わず喉の奥が熱くなる。
「ですが……きっと私の娘か孫があのときの約束を……」
「……心配いらないキサ。もうその約束は果たしてもらっている。孫のキラが娘をしっかりと支えてくれている。だから何も心配はいらない」
その言葉を聞くと、キサは涙を流しつつも笑顔を見せた。
「そう……でしたか……キラが……」
「そうだよお婆様。私がクインシー様をしっかり支えているから」
涙で目を潤ませながらキラがキサに声をかける。
「ああ……レイム……キラ……ありがとうね……私は……幸せ……」
絞り出すように言葉を紡いだキサの瞼がゆっくりと閉じる。長きにわたるときを生き続けたエルフは、いまわのきわに胸のつっかえを取り除くことができ、愛する娘と孫に看取られながら旅立った。
うっすらと笑みが浮かぶその死に顔は満足そうに見えた。