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閑話 縁 1

「もう一度言ってもらえるかしら?」


首を傾げるアンジェリカと困った表情を浮かべるキラ。ここはアンジェリカ邸のリビング。夕食後、キラから相談したいことがあると言われ今にいたる。


キラの相談とは、母の実家があるエルフの里へ一緒に赴き祖母に会ってほしいという内容だった。


「すみません。私の言葉が足りませんでしたね」


キラは肩を竦ませると、アリアが淹れてくれた紅茶のカップに手を伸ばす。


「エルフの里へ行くのは別に問題ないけど……理由くらいは知りたいわね」


アンジェリカは膝の上で上品に手のひらを重ねると、紅茶を口にするキラに視線を向けた。


「ですよね。実は最近、かなり久しぶりに母と会いまして」


ふむふむ。そう言えばキラから家族の話ってあまり聞いたことないような。


「母が言うには、祖母がもう長くないと」


長寿種のエルフがもう長くないということは相当な老齢なのだろうか。アンジェリカも紅茶を一口味わい次の言葉を待つ。


「しばらく寝たきりの状態なんですが、ときどき寝言だか独り言を呟いているそうなんです」


「……何て?」


「それが、『クインシー様ありがとうございました』とか『クインシー様すみません』って……」


「…………」


「あの、クインシーってたしかお師匠様の……」


クインシーの家名を名乗れるのは真祖の一族だけである。始まりのヴァンパイアと言われる真祖、サイファ・ブラド・クインシーにその妻、娘のアンジェリカと兄たち。


アンジェリカは顎に手をあてて思案する。クインシーの名を口にする以上、キラの祖母と一族の誰かには何かしらの関わりがあるのだろう。


いったい誰のことだろう? 私に心当たりはない。両親か兄たちの誰かだろうか。何となく興味が湧いた。


「分かったわ。私をエルフの里へ連れて行ってちょうだい」



──木々の緑と多種多様な草花が咲き乱れる山あいの里。キラの母親が生まれ育った里は今日も美しい自然が満ちていた。


「婆さまの具合はどうだ?」


木を組み合わせて建てられた一軒の小さな家屋。眠り続ける老エルフのそばに座り静かに見守る女性に、一人の男エルフが声をかける。


「……落ち着いています。でも、生命力はどんどん弱くなってる。もう長くないかと……」


キラの母、レイムは眠る実母の痩せ細った手をそっと取る。思えばお母様には気苦労ばかりかけてしまった。親不孝な娘だったかもしれない。


せめて最期くらいは家族である私が看取ってあげよう。それにしてもキラはまだ来ないのかしら? あれほど言ったのに……。



──ここはどこだろう? 周りに何も見えない。私の目がおかしくなったのだろうか? いや、違う。私は──


そうだ。あの子に贈る花を摘みにきたんだった。かわいい愛娘レイム。子どもながらに外の世界へ興味津々で怖いもの知らずの幼い娘。


あの行動力はいったい誰に似たのかしら? この前は大人の目を盗んで勝手に森の奥深くまで足を延ばしていた。もしかすると、いずれ里からも出て行ってしまうかもしれない。


基本的にエルフは排他的な種族だ。多くのエルフは外の者と関わりをもつことなく、里のなかでその生涯を終える。おそらく私もそうなるだろう。


でも、稀にそのような生活に息苦しさを覚え、自由を求めて外の世界へ飛び出すエルフもいる。私も過去には外の世界へ憧れを抱いたことはあった。でも、一歩を踏み出す勇気は出なかった。


「はぁ……まあ考えたところで先のことなんて分からないよね」


若く美しい女エルフ、キサは一人苦笑いを浮かべながら森をさらに奥へと進んだ。ここから先は、普段エルフでもあまり足を踏み入れることはない。


危険な魔獣や獣人族などに出くわす恐れがあるからだ。でも、何としても行かなくてはならない。我々が「星の花」と呼ぶ花はこの先にしか生えていない。


星の花は一年のうち限られた時期、限られた日数しか花を咲かせないのだ。キサは何としてもあの美しい花を愛娘であるレイムの誕生日に贈りたかった。


「かなり奥まで来ちゃったなぁ……」


曇天であることも重なり、森の深部は相当薄暗い。木々のすき間を抜ける風の音を聞きながらキサはどんどん奥へと歩みを進めた。


「あ、あった!」


視線の先にあるのは紛れもなく星の花。鮮やかすぎる紅い花びらにキサは思わずうっとりしてしまった。


「よし、さっそく……」


キサは急いで星の花を摘み始める。このあたりはすでにエルフの支配が及ばない。何が起きても不思議ではないのだ。


素早く摘んだ花を紐で束ねたキサは満足そうに頷くと、急ぎ里へ戻ろうとした。が――


「んー? へぇ、エルフじゃねぇか」


いつの間に接近されたのだろう。振り向いたキサの目の前にいたのは、凶悪そうな顔をした三人の悪魔族。


「こんなところで見るのは珍しいな。でも、なかなか上物だな」


「ああ。せっかくだから楽しませてもらうとするか」


キサは咄嗟に魔法を放とうとするが、それより早く悪魔が接近し彼女の顔を殴りつけた。


「ぐっ……! この……!」


殴られ態勢を崩しながらも近距離から魔法を発動する。目の前で炎に包まれる悪魔族。だが――


「おおっと……あちち……なかなかやるじゃねぇか」


哀しいかな、悪魔族にはほとんど効いていない。むしろ悪魔の怒りを増大させるだけだった。


もっと魔力を練らないと……! キサが魔力を練り始めるが、背後にまわった一人の悪魔が彼女の首を掴みそのまま地面に引き倒した。


さらに、倒れて無防備になったキサの腹を悪魔が何度も踏みつける。さすがのキサも抵抗する力を完全に奪われてしまった。


「へへへ……やっとおとなしくなったな。じゃあ楽しませてもらおうか」


悔しい。意識はあるのに体が言うことをきかない。悔しい。こんな奴らに。悔しい。悔しい。悔しい。


悔しさのあまり瞳に涙が浮かぶ。無力さに打ちひしがれる彼女を無視して、悪魔族はニタニタと笑みを携え彼女の衣服に手をかけた。そのとき――


世界のときが止まったように感じた。森に生息する全生命の息吹はもちろん、木々のざわめきすら止まったように思えた。


尋常ではない気配を感じた悪魔族は一斉にあたりを見渡す。そこにはたしかにさっきまで誰もいなかった。いなかったはずだった。


悪魔たちの視界に映るのは血のように紅い瞳の妖艶な美女。漆黒の髪を風に靡かせながらそこに立つ美女は濃い死の香りを纏っていた。


「な、なな……何だてめ――」


悪魔の一人が最後まで言葉を紡ぐ前に、その体が勢いよく爆ぜた。女は特に何もしていない。ただ、その紅い瞳で悪魔を見やっただけだ。


「……誰が口を開いていいと言った? 悪魔の分際で生意気な」


周りの空気まで凍てつきそうな声を発した美女は、顎を少し上げ冷たい瞳で悪魔族を見下ろした。


女の全身からこれみよがしに漏れる濃い魔力と殺気。ただそこにいるだけなのに、悪魔たちは金縛りにあったように体の自由を奪われた。


化け物。悪魔たちでさえそう思わずにいられないほどの存在。こんな()()と戦うなどとんでもない。戦闘にすらならない。


女は悪魔たちを無視して倒れたエルフに近づくと、そっと彼女に手をかざした。光に包まれるキサの体。


「あ……痛みが……傷も消えた……?」


突然現れた紅い瞳の美女に悪魔たち同様恐怖を抱いたキサだが、治癒魔法をかけてくれたことに驚き目を見開いた。


と、自分たちに背を向けている今が好機とばかりに、悪魔たちはその場からの離脱を図る。一斉に飛び立とうとしたのだが――


「誰が勝手に動いていいと言った?」


悪魔たちの足元に魔法陣が展開したかと思うと、またたく間に爆炎が二体の悪魔を呑みこんだ。女は振り返りもしていない。


「あ、あなたはいったい……?」


差し出された美女の手を借り立ち上がるキサ。数体の凶悪な悪魔を赤子の手を捻るように殲滅せしめた美女に恐る恐る尋ねると、彼女は静かに口を開いた。


「……私の名はメグ・ブラド・クインシー。真祖よ」

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