第十三話 人間たちとの交流
「お嬢様。冒険者たちが目を覚ましたみたいです」
テラスで紅茶を楽しんでいるアンジェリカのもとに、メイドのアリアがやってきてそう伝えた。
アンジェリカを襲撃した三人の冒険者は、逃げようとしたところ彼女の強力な魔法の逆襲に遭い大ダメージを負っていた。
屋敷のなかへ運ばれた彼らは、アリアの治癒魔法によって傷こそ治ったものの、目覚めなかったためそのまま客間のベッドに寝かせていたのだ。
「そう。ここへ連れてきてくれるかしら」
「かしこまりました」
広大な敷地の奥まった場所に目を向ける。先ほどアンジェリカが使用した魔法に感動したのか、パールは「魔導砲」の練習を続けていた。
今はまだ二つの魔法陣しか展開できないが、彼女の魔力量ならすぐ5つくらいは可能になるだろう。
ただ、目下の目標は魔法陣の展開から攻撃までの時間短縮だ。いくつもの魔法陣を展開できても、攻撃まで時間がかかりすぎるのは危険すぎる。
「まあその点もあの子ならすぐクリアできるでしょ。天才だしね」
バカ親な独り言をつぶやいていると、アリアが冒険者たちを引き連れてやってきた。何となく不機嫌そうに見えるアリアに対し、冒険者たちはどこかおどおどとした表情をしている。
「目が覚めたみたいでよかったわ。よければ一緒に紅茶をどう?」
にっこりと微笑みながら紅茶を勧める彼女の言葉に、冒険者たちの表情がほんの少しだけやわらいだ。
ただ、襲撃者である自分たちがなぜ治療までされたうえにもてなされているのか、彼らはまったく分からず戸惑っていた。
「まずは、治療してくれた礼を言わせてくれ。ありがとう」
丸いテーブルを囲むように座ったあと、ケトナーが口を開く。
「気にしなくていいわ。娘の教育に役立ってくれたしね」
その言葉に、三人は庭で魔法を練習している小さな女の子に目を向ける。
娘の教育というのがよく分からないが、三人にはそれ以上に気になることがあった。
「君は──いや、あなたは本当に真祖の姫なのか……?」
フェンダーとキラも、ゴクリと唾を飲みこんで答えを待つ。
「そうよ。私は真祖一族の姫、アンジェリカ。あなたたちを治療したのは、そこにいるメイドのアリアよ」
目の前の存在が真祖であることを改めて理解し、緊張する三人。
「一族とはしばらく距離を置いているけどね。今はメイドのアリアと執事のフェルナンデス、娘のパールの四人で暮らしているわ」
こちらに向かって大きく手を振っているパールに、優しく手を振り返しながらアンジェリカは答えた。
「それよりも、あなたたちよくあの結界を破れたわね。Aランクの魔物でも破れない強度なのに」
「ああ。相当強力な結界だった。キラがいなけりゃここまで来られなかっただろう」
自分の名前を出されてドキッとするキラ。
「彼女はエルフと人間のハーフなんだ。いろいろな魔法を知っている」
なるほど。何となく一人だけ雰囲気が違うなと思っていたが、エルフとのハーフだったのか。
「えーと……。私の母がエルフなんです。私が子どものころ、何度かエルフの里に連れて行ってもらったことがあって。そこにも同じような結界が張ってあったんです」
「なるほどね……」
基本的にエルフは外界との接触を好まない。そのため、望まぬ来客がないよう集落の周りに結界を張ると耳にしたことがある。
もう少し強力な結界にしなきゃいけないかしら……などと考えるアンジェリカであった。
「ところで、あなたたちはなぜここに来たのかしら?」
今さらな質問をアンジェリカが口にすると、三人はまたまた緊張した表情になった。
「……冒険者ギルドからの依頼だ。魔の森に住みついている吸血鬼を倒して拘束しろと」
フェンダーが重々しく口を開く。
すでに依頼は失敗。目の前の少女がその気になれば、いつでも自分たちを瞬殺できると理解しているため隠すつもりもない。
「ふーん。依頼主は分かる?」
アンジェリカから微妙に漏れる剣呑な魔力にさらされ、三人の背中を嫌な汗が流れた。
「いや……それはわからない。そもそも真祖がいるなんて聞いていないんだ。もし知っていたらこんな依頼請けるはずがない」
彼らによると、今回の依頼はギルドマスター案件とのこと。依頼人について聞いてみたが、教えてもらえなかったようだ。
まあ何となく予想はつくんだけどね……。
今回の件、おそらく黒幕は国王だろう。自分たちの関与がバレると私の怒りを買うため、たどり着けないよう幾重にもわたる隠蔽工作をしているはずだ。
それにしても、あれほど脅したにもかかわらずまた敵対するとは、どこまで頭が悪いのか。アンジェリカはため息をつく。
「それで、あなたたちはどうするの?依頼を継続するつもりなら、お相手してもいいんだけど?」
その言葉を聞いた三人は同時に首を横に振る。
「あれほど格の違いを見せつけられて、あなたと敵対するなんて考えられません」
「そうだな。自慢のハンマーも一瞬で粉々にされたし、俺たちに勝ち目なんてねぇ」
ケトナーもフェンダーも一流のSランク冒険者である。一度相対すればある程度の力量は把握できる。
「そう。そちらのお嬢ちゃんは?」
実年齢は50歳を超えているキラをお嬢ちゃんと呼ぶアンジェリカ。1000年以上生きている彼女からすると、50代なんてお嬢ちゃんでしかない。
話を振られたキラは、目を伏せてしばらく考えたあと、アンジェリカの目をまっすぐ見つめた。
「アンジェリカさん……いえ、真祖の姫様。ひとつお願いがあります」
まさかお願いをされるとは思いもよらず、アンジェリカは目を丸くしてきょとんとしてしまった。
「私を……姫様の弟子にしてください!!」
思いもよらないことを言い出したキラに、ケトナーとフェンダーの表情が驚愕に染まる。
驚いたのはアンジェリカも同じだ。なぜそうなった。
「……どういうことかしら?」
アンジェリカは必要以上に人間と関わるつもりはない。もちろんパールは別である。
たしかに、過去には暇つぶしに人間を手助けしたり、弟子にしたりといったこともあった。だが、積極的にそのようなことをするつもりはない。
「私は今まで、魔法だけは誰にも負けないと思っていました。でも、姫様には私の魔法がまったく通じず、手加減した魔法であっさりと倒されてしまいました。こんなんでSランク冒険者なんて笑ってしまいます。……私はもっと強くなりたい。姫様なら、私が知らないような魔法もたくさん知っていると思うんです。お願いします!私を弟子にしてくれませんか!?」
よく語るお嬢ちゃんねー、と思いつつ話を聞いていたアンジェリカ。まあその志は立派だとは思うけど。
正直、彼女を弟子にしてもまったくメリットがない。めんどくさいし断ろうと口を開きかけたが、ひとつの考えに思い至った。
パールは6歳になるまでずっとこの森で暮らしている。最近でこそ、アリアを伴って町にお出かけすることもあるが、基本的に人間との交流はほとんどない。
もし、いつかパールが人間の世界で生活することになったとき、あの子は大丈夫なのだろうか。きちんとコミュニケーションがとれるのだろうか。
アンジェリカは決断した。
「分かったわ」
「本当ですか!?」
おそらくダメ元で口にしたのだろう。弟子入りを許可され、キラのほうが驚いたようだ。
「ええ。でも条件があるわ。私の娘と仲良くしてくれるかしら。あと、あの子にいろいろ教えてあげてくれるとうれしいわ」
「そんなことでいいんですか?分かりました!」
「それと、あの子は私の本当の娘ではないわ。赤子のとき森に捨てられていたのを私が拾って、娘として育てているの」
6年も前のことだが、昨日のことのように思い出す。
「あの子は人間だけど、私たち以外とのかかわりがほとんどないわ。いずれここを離れて外で暮らすようになるかもしれない。そのとき困ったことにならないよう、いろいろ教えてあげてほしいの」
過去にいくつもの国を滅ぼしてきた伝説上の吸血鬼が、人間の女の子を慈しんで育てている。
その事実は冒険者たちを驚嘆させるのに十分であった。
ケトナーにいたっては感動して涙まで流しているくらいだ。
「分かりました!姫様……いえ、師匠!私にお任せください!」
少し涙を浮かべた目で、キラははっきりと宣言するのであった。
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