第百二十二話 師匠の責任
「ありがとうございました!!」
闘技場の中心で向かい合って整列した二十人の選手たちは、大きな声で挨拶し頭を下げた。
最終的な勝ち星はリンドル学園が少し上回り、今回の魔法競技会の勝者となった。だが、魔法女学園側もユイやモア、メルが活躍し大観衆の注目を集めた。
観客席で弟子たちの戦いぶりを眺めていたリズは、わずかに口角を上げて胸を撫でおろす。三人が想像以上にうまく戦えていたことにリズは満足していた。
「ふふ。かわいい弟子たちが無事に勝ってほっとした?」
「そ、そんなのじゃありませんの! まあ、よくやったとは思いますが……」
アンジェリカの言葉にリズはやや赤面して顔をそむける。こういうところ、変わってないなぁとアンジェリカは目を細めた。
閉会式が終わり観客もまばらになり始める。と、闘技場から手を振る存在にリズが気づいた。
「あら、メルですわね」
くすりと笑みを漏らすリズ。なお、競技会の観戦に来ることを三人娘には伝えていない。闘技場ではメルがユイやモアにも声をかけていた。こちらに気づき三人で駆けてくる弟子たち。
「リズ先生! 来てくれてたの!?」
ひな壇状の観客席を一気に駆け上がってきたユイは、肩で息をしながらリズにキラキラとした目を向ける。少し遅れてモアとメルもやってきた。
「ええ。今日くらいは見ておこうと思いまして。あなたたち、とても良い戦いでしたわよ。私の教えたこと、きちんと出せていたようですわね」
リズは優しい目で三人娘に視線を巡らせると、一人ずつ頭をそっと撫でた。嬉しそうに目を細める三人娘。
「あなたたちが成長した姿を見られて私も嬉しかったですわ。ここから先どれくらい成長できるかはあなた方の努力次第ですの。精進しなさいな」
その言い方に何となく引っかかるユイ。上目遣いでリズを見やる。
「先生……どこにも行かないよね? また私たちに指導してくれるよね?」
「……競技会も終わったことですし、もう私のもとで修行することもないのでは? 教えられることは大抵教えました。あとは……」
「嫌です!!」
うっすらと涙を浮かべた目でリズを見上げるユイ。モアとメルも真剣な目つきでリズを見つめる。
「……私たちはまだまだリズ先生に指導してほしいんです……そんなこと言わないでよぉ……」
ついに泣き始めるユイにリズは困ったような表情を浮かべる。と、その様子を見ていたアンジェリカが静かに口を開いた。
「リズ。あなたこの子たちを弟子にしたんでしょ? なら最後まで面倒を見てあげなくちゃいけないんじゃない?」
「お姉さま……」
「それに、あなただって本音ではこの子たちに指導を続けたいんでしょ? ただ、この子たちがいずれ自分のもとからいなくなったときのことを考えると怖いのよね?」
リズはわずかに眉間へシワを寄せる。心の奥底を覗かれた気がして気まずい。そもそも、そのような気持ちを抱くようになった元凶はアンジェリカなのだ。
リズはアンジェリカにジト目を向けたあと、そっとため息を吐くとユイとモア、メルの三人をまとめてぎゅっと抱きしめた。
「……分かりましたわ。あなた方は私の弟子。最後まで責任をもって面倒見ますわ」
しくしくと泣くユイたちを優しく抱きしめ続けるリズに、アンジェリカは慈しむような視線を向けた。
──饐えた臭いがする薄暗い地下室のなか。男は革袋から取り出した大金貨を数え終えると、満足そうな笑みを浮かべた。
「……いいだろう。契約は成立だ」
「本当に大丈夫なんだろうな……?」
不安げな表情を浮かべたハイロウが男の目を見つめる。
「心配するな。すでに最適な人材を二人押さえてある」
「そ、そうか……」
その言葉に若干安堵するハイロウ。これで私がすべてを失う原因となった奴を消すことができる。あのときの屈辱を思い返すだけでハイロウははらわたが煮え繰り返りそうになった。
だがこれでやっと枕を高くして眠れる。もう少し。そう、もう少しだ……。
ぶつぶつと呟きながら顔を邪悪な色に染めていくハイロウに、闇ギルドの男は呆れた目を向けた。
──鼻に抜けるようなベルガモットの香りに心が躍る。これほど美味しい紅茶を口にしたのは久しぶりだ。
「……さすがはフェルナンデス様ですわ」
アンジェリカ邸のテラスで満足げな表情を浮かべるリズ。その様子をアンジェリカとソフィア、フェルナンデスが眺めている。
「ありがとうございます。リズ様」
にこりと微笑んだフェルナンデスは恭しく頭を下げる。
「さ、様はやめてくださいまし。フェルナンデス様ともあろうお方が」
「今の私はアンジェリカお嬢様の執事。私にこそ様は必要ありませんよ、リズ様」
にこりとした笑顔を向けられやや赤面してしまうリズ。その様子を見ているアンジェリカの顔には悪戯っぽい表情が浮かんでいる。
「あなたまだフェルナンデスのことが好きなのね。相変わらずの年上好きね」
アンジェリカのとんでもない発言に思わず咽せ返るリズ。
「お、お姉さま! 何を言い出すんですの!?」
「いや、だってあなた昔からめっちゃ年上好きじゃない。フェルナンデスもだし私のお父様のことも好きって言ってたわよね?」
「こ、子どものころの話ですわ!」
「ふーん?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるアンジェリカをリズは睨みつける。こういう人が嫌がることを平気で口にするところ変わっていませんわね!
「……こほん。それよりもお姉さま。いろいろと聞かせていただきますわよ?」
紅茶で喉を潤したリズはカップをソーサーへ戻すと紅い瞳でアンジェリカをじっと見つめた。