第百二十一話 再会
観客席に座ったままリズを見上げるアンジェリカ。その顔には呆然とした表情が浮かんでいる。一方、アンジェリカを見下ろす形のリズは一瞬驚愕の表情を浮かべたものの、みるみるその顔が険しくなった。
「げ、元気そうね、リズ……?」
恐る恐る話しかけるアンジェリカの頰は引き攣っている。何も言わず姿を消した後ろめたさもあり、何を話せばいいのか分からない。
「……くも……けぬけと……」
「え……?」
アンジェリカを睨みつけ言葉を絞り出すリズ。握りしめた拳がふるふると小さく震えている。
「……よくもぬけぬけと私の前に顔を見せられたものですねお姉さま!」
「う……」
「いきなりいなくなって、便りもなくて……私がどれだけ哀しい思いをしたか……!」
涙が浮かぶ紅い瞳で睨みつけながら、リズは思いのたけをぶちまける。一方、アンジェリカはリズがいつぶち切れて攻撃を仕掛けてくるかとびくびくしていた。
こんなところで騒ぎを起こしたら大変なことになる。パールや弟子たちの晴れ舞台を台無しにするわけには……!
と、リズの全身からふっと力が抜けた。その場で大きく深呼吸をし始めるリズ。
この競技会はリズにとっても弟子たちの晴れ舞台である。彼女もこのような場所で騒ぎを起こす気は毛頭ない。
「ご、ごめんねリズ。でも、あのときはああするしかなかったのよ」
「……その話は後日ゆっくりと聞かせていただきますわ。それよりもお姉さま、何ですのそのみすぼらしい恰好は」
リズはアンジェリカの全身を舐めまわすように視線を這わせた。今日のアンジェリカは薄い水色のワンピースを身につけている。
「こ、これは変装よ」
「変装……?」
怪訝な表情を浮かべたリズは、アンジェリカに寄り添うように座っているソフィアに視線を移す。
「……お姉さまに輪をかけてみすぼらしいその白髪女は何ですの?」
白髪女と言われショックを受けたソフィアだが、紅い瞳と身に纏う雰囲気からアンジェリカの関係者と判断し余計なことを口にするのはやめた。
「こ、この子は私の友人でソフィアよ」
「……人間を友人にするなど、お姉さまもずいぶん変わられたようですわね」
ふん、と鼻を鳴らしたリズはアンジェリカの隣へどかっと腰かけた。眉間にまだシワが寄っているところを見ると、怒りは冷めていないようだ。
「ふふ。あなたこそ人間の子どもを弟子にするなんてね。昔のあなたからは想像もつかないわ」
ニヤリと口角を上げたアンジェリカに対し、ぎょっとした表情を浮かべるリズ。その顔には「なぜそれを」と書かれている。
「な、なぜお姉さまがそれを……? いえ、その前になぜここに……?」
「私の娘と弟子たちも出場しているからよ。あ、ちょうど始まるところね」
娘!? と驚愕し追及しようとしたリズを手で制し、アンジェリカは闘技場を指さした。混乱する気持ちを何とか落ち着け闘技場へ目を向けたリズだが、再度驚くことになってしまった。
闘技場に立つふんわりとした金髪の少女。大歓声へ応えるように観客席へ笑顔で手を振る少女は、弟子のメルによく似ていた。
「あの子が私の娘、パールよ」
メルに似たあの子がお姉さまの娘? いえ、そんなことより似てる……なんてものじゃないですの。身に纏う魔力の質までほとんど同じ……。どういうことですの?
『さあさあさあ! リンドル学園が誇る天才魔法美少女パール選手、闘技場に降臨ーー!! 今日はいったいどのような戦いぶりを見せてくれるのかあああ!!」
闘技場で相対する二人の少女。デュゼンバーグ魔法女学園側の選手は高等部の生徒である。
競技開始の合図とともに魔法を撃ち込んでくる女学園側の選手ハイネ。パールは落ち着いて魔法盾を展開する。
パールに照準を定められないよう、魔法を放っては素早く移動を繰り返す。高等部らしい経験を活かした戦い方だ。
うーん、どうしようかな。この人すばしっこいけど、魔散弾なら問題なく倒せるよね。でも魔散弾は昨日使ったし……あっ! この前ウィズちゃんに教えてもらったアレを試してみようかな。
パールはハイネが魔法を放つ瞬間を狙い魔法を発動させた。
『闇の鎖』
顕現したいくつもの黒い鎖がハイネに襲いかかる。意思を持つかのような鎖はそのまま少女の全身を縛りあげてしまった。
「うん、これでもう逃げられないよね」
観客席から巻き起こる大歓声に応えるようににっこりと笑顔を浮かべるパール。さらに両手を前方へ突き出し……。
『展開』
緻密な魔法陣が瞬時に五つ展開する。一層高まる歓声。
「お疲れ様でした! 『魔導砲』!」
魔法陣が輝き魔導砲が火を噴いた。威力を落とした魔導砲の閃光が一斉にハイネへ襲いかかる。
身動きがとれない少女はなすすべなく魔導砲の餌食となり、ドサリと闘技場に倒れこんだ。
『な、何という結末! 昨日は見事な勝利を飾ったハイネ選手でしたが今日は相手が悪かったああ! 無敵の不沈戦艦パールによる一斉砲撃の前にハイネ選手轟沈です!』
勝ち名乗りを受けたパールはパタパタと倒れたハイネに近づくと、治癒魔法を装い聖女の力を発動させた。
その様子を目にした観客たちから再度凄まじい歓声が巻き起こる。ハイネと握手をしたパールは観客席にもぺこりと頭を下げ、トテトテと闘技場をあとにした。
興奮冷めやらぬ観客席で、ただ一人リズだけ驚愕に目を見開いたままであった。まるで信じられないようなものを目にしたかのごとく固まるリズ。
「な、何ですのあの力は……!」
緻密な魔法陣を瞬時に五つも展開する力はもちろん、魔導砲の威力を完全に調整できる能力。素晴らしい才能。
しかも、相手選手を拘束したあの魔法はおそらく闇属性だろう。人間が使いこなせるものではない。極めつけは相手選手を治癒した力……あれは治癒魔法ではなかった。
「お、お姉さま……あの少女はいったい……?」
リズは恐る恐るアンジェリカに問いかける。あの力は尋常ではない。何とも言えない不安を覚え、そっとアンジェリカの顔色を窺った。
「ふふ。自慢のかわいい娘よ」
満面の笑みを浮かべ自慢げに話すアンジェリカに、思わず椅子からずり落ちそうになるリズ。
「い、いえ、そういうことではないですの。あの力は……」
「私のかわいい娘だからあれくらい朝飯前よ」
腕を組みふふんと自慢を続けるアンジェリカに、リズはジト目を向ける。あれ? お姉さまってこんな方だったかしら? 何かとてもバカっぽくなったというか……。
「……あなた今、私の悪口言った?」
「い、言っていませんの」
こういう勘が鋭いところは変わらない。まあ、またあとで聞けばいいか。諦めたリズは再び闘技場へと目を向けた。
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