第百二十話 魔法競技会 二日目
二度めの訪問であるにもかかわらず心臓が強く脈打つ。とてもではないがこの雰囲気には慣れることができない、男はそう感じた。
地下へ続く階段を降り部屋の扉を開けた途端、濁った空気が待っていましたとばかりに肌へまとわりつく。アルコールが混じった吐しゃ物だろうか、鼻腔を刺激する饐えた臭いに胃がせりあがりそうになった。
「よう、早かったな」
薄暗い地下室の奥。ソファでふんぞり返った男が馬鹿にしたように口を開いた。
「……使いまでよこされてはな……それで、もう調べはついたのか?」
聖デュゼンバーグ魔法女学園の元教師、ハイロウは精いっぱい強がりながら男を見据える。
「ああ……」
「ずいぶん早くないか……? 昨日の今日だぞ?」
「俺たちの情報網を舐めるなよ。元生徒三人に標的の名前、それほどのネタがありゃ俺たちに調べられないものはねぇ」
「そ、そうか……それで、引き受けてくれるんだろうな?」
「……大金貨五枚だ」
ハイロウは思わず腰を抜かしそうになった。大金貨五枚と言えば教師時代の年収よりも高い金額である。
「ば、馬鹿な! いくら何でも高すぎるだろう!」
「いや、これでも安すぎるくらいだ。それほどの相手なんだよ、お前が標的にしようとしている奴は」
「……どういうことだ? ほんの少し魔法が得意な女じゃないのか……?」
男はグラスに入った液体を飲み干すと乱暴にテーブルへ戻し、盛大にため息を吐いた。
「ありゃ吸血鬼だ。しかも、相当高位のな」
「きゅ、吸血鬼……?」
ハイロウは理解が追いつかなかった。元生徒が指導を受けていたのが吸血鬼? そんなことが現実にあり得るのだろうか。
「こちらの調査に加わった奴のなかには獣人もいる。そいつが確認したんだから間違いねぇ」
「……ほ、本当に始末してくれるんだろうな……? それも、できるだけ惨い方法で……」
「俺たちもそれで飯食ってるんだ。金さえ払えばそれなりの人材そろえて対処するさ」
「……勝算があるということだな?」
「ああ、任せておけ」
ハイロウは口を真一文字に結び、男の目を見据えたまま頷いた。
――魔法競技会の二日目も、リンドル学園の競技会特設会場は大賑わいだった。衝撃的な幕切れとなった昨日の競技会が話題となり、さらに大勢の人が詰めかけている。
『皆さんおはようございます! 学園対抗魔法競技会、二日目となる本日も、リンドル学園高等部の会いに行けるアイドル、キャロルが張り切って実況しまー---す!』
コロコロとしたかわいらしい実況の声に観客席から「キャロルちゃーん!」と歓声が沸き起こる。どうやら本当にアイドル的な人気があるようだ。
『そして! またまた実況席には素敵な方を招いていますよー! リンドル冒険者ギルドが誇る最高戦力、疾風の二つ名で知られるSランク冒険者のキラさんです! きゃー! めっちゃきれー---!』
またまた沸き起こる大歓声。特に男性陣からの歓声がえげつない。キラもまんざらではない表情を浮かべている。
『さらにさらに! 聖デュゼンバーグ王国からはこのお方! エルミア教の聖騎士団長にして教皇猊下の護衛も務める剣と魔法の達人! レベッカさんです! やー---素敵ー---!』
笑顔で愛想を振りまくキラとは対照的に、澄ました表情で頭を下げるレベッカ。どちらも甲乙つけがたい美貌の持ち主ゆえに観客席からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。
――ひな壇状になった観客席の最上部。昨日に引き続き地味な見た目に変装したアンジェリカとソフィアは、実況席に目を向けて苦笑いを浮かべる。
「キラが言ってた仕事ってこれのことだったのね」
「レベッカはきっとジルから押しつけられたのです」
ハーフエルフのキラに純血エルフのレベッカ。隣り合わせて座っているにもかかわらず目もろくに合わさない二人。決して仲が悪いわけではないが仲が良いとも言えない。
「ねえ、あの二人並べていいの?」
「うーん……多分大丈夫なのです。子どもたちの前ですし、心配ないのです」
何となく不安が頭をよぎるアンジェリカ。何せキラは誇り高く気が強いポンコツだ。状況次第では暴走しないとも限らない。
そんな不安を覚えつつ始まった競技会の二日目。まず闘技場に現れたのは昨日メルに衝撃的な負け方をしたジェリー。顔つきはめちゃくちゃ真剣だ。
相手の選手も気合十分だが、地力は間違いなくジェリーが上である。アンジェリカの予想通り、この対戦はジェリーの圧勝だった。よほど嬉しいのか、闘技場の上で泣きじゃくるジェリー。
「あの子ったら……」
苦笑いしつつも弟子の活躍に惜しみない拍手を送るアンジェリカ。やはり弟子が活躍するのは嬉しいものだ。
『いや~、第一戦めから素晴らしい戦いでしたね! キラさん?』
『ええ、そうですね。特にジェリー選手は限られた魔力を巧みに使い見事な戦いぶりでした。きっと指導した師匠はとても美しくお強い方なのでしょう』
アンジェリカがジェリーに指導していることを知っているキラが意味不明な解説を披露する。
『お、おお……きっとそうなのでしょうね! レベッカさんはどう感じましたか!?』
『そうですね……ジェリー選手もたしかに素晴らしかったですが、魔法女学園の生徒も魔力の調整という点では見劣りしなかったように思います』
キラとレベッカ、ちらりと横目で視線をかわした二人のあいだに激しく火花が散った。ように見えた。
『な、なるほど……! と、とにかく両選手ともお疲れ様でしたー---!』
何となく不穏な空気を感じたキャロルが華麗に解説を収束へ導く。一方、アンジェリカとソフィアの表情は険しい。
「……あんのポンコツ娘。帰ったらお説教決定ね」
「レベッカもです。ちょっと大人げないのです」
はぁ、先が思いやられる。アンジェリカは競技会の対戦表を広げ目を通し始めた。パールの出番は……三戦めか。娘が注目を浴びる姿を見るのは嬉しいけど、勝負が見え見えなのはちょっとね……。
対戦表に目を通しつつ思わず苦笑いしてしまうアンジェリカ。と、そこへ――
「ごめんあそばせ。お隣にお座りしてもよろしいかしら?」
「ええ。どう……ぞ……」
そばに立っている少女を見上げた瞬間、氷のように固まるアンジェリカ。一方、立ってアンジェリカを見下ろす形になっている少女も金縛りに遭ったように動かなくなった。
「リ……リズ……?」
「お……お姉さま……?」
千年越しの久しぶりすぎる対面は思わぬ場所で実現した。
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「聖女の聖は剣聖の聖!ムカついたら勇者でも国王でも叩き斬ります!」連載中!
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