第百十九話 娘に似た少女
その少女が闘技場へ姿を現したとき、驚きのあまり息が止まりそうになった。光を絡めて煌めくブロンドの髪を揺らしながら闘技場に立った少女は、愛しい娘とあまりにも似ていた。
見た目だけではない。体に宿す魔力の質までパールに似たその少女に私の目は釘づけになった。対戦相手はパールのクラスメイトであり、私が直接魔法を指導したジェリー。
普通に考えたら負けるはずがない。すでに彼女はオーク程度なら一人で討伐できるほどの力をもっている。が、私の予想は見事に外れた。
ジェリーに相対する少女は瞬時に緻密な魔法陣を三つ同時に展開した。私は思わず腰を浮かしそうになった。そんな――
魔法陣から放たれた閃光がジェリーに襲いかかる。一枚の魔法盾では到底防御しきれず、ジェリーは地を舐めることになった。
「……魔導砲」
彼女が使ったのは間違いなく魔導砲だ。だがどうして? 魔導砲は私が開発した独自魔法。使えるのは私以外ではパールしかいないはずだ。
見た目だけでなく魔力の質までパールに似た少女。その少女が魔導砲を使った。私の頭は混乱しそうになった。
競技会の初日が終わったあと、私は即座にランドール中央執行機関の代表議長であるバッカスのもとへ転移し、彼女を食事に招待してほしいとお願いした。一人だけ招待するのは不自然と感じたので、競技会で見事な戦いを見せていたユイとモアも誘うことに。パールの話では以前デュゼンバーグで仲良くなったということなのでちょうどいい。
こちら側も、私とパールだけでなくジェリーとオーラ、それにソフィアを連れていくことにした。ソフィアはこれでもエルミア教の教皇なので、その場にいるだけで役に立ってくれるだろう。
こうして、私は魔導砲を使うパールに似た少女、メルに接近することに成功した。
――アンジェリカ邸のリビングでは、アンジェリカとパール、アリア、キラがソファでくつろいでいた。
「あー-、あのお店の料理美味しかったなー」
どうやら、パールは食事会の料理を思い出しているようだ。
「それにしても、あの子たちがリズの弟子だったなんて驚いたわ」
「懐かしい名前ですね、お嬢様」
アンジェリカが幼いころからそばにつき従ってきたアリアは、当然リズとも顔見知りである。
「ふふ、そうね。競技会が終わったら一度会いに行ってみようかしら」
「そんなことしなくても、向こうから来るんじゃないですかね? まあ、怒っているかもしれませんが」
アリアの言葉に苦笑いを浮かべるアンジェリカ。
「どうして怒ってるの?」
紅茶のカップをテーブルに置いたパールが不思議そうに首を傾ける。
「うーん、リズは私のことを本当の姉のように慕ってくれていたの」
「そうでしたね。いつもお姉さま、お姉さまってあとをついて回っていました」
「うんうん、それで?」
パールとキラが身をのりだす。
「それほど面白い話ではないわよ。私が一族を離れるとき、あの子に何も言わず飛び出してしまった、というだけの話よ」
「今思えば、結構酷いことしていますよね、お嬢様。あれほど懐いてくれていた子に何も言わずに姿を消したんですから」
「う……だって、出ていくって言ったらきっとあの子もついてきたでしょ? あの子のことを思うと、それはよくないんじゃないかって思ったのよ。まあ、結局出てきちゃったみたいだけど」
はぁ、とため息を吐くアンジェリカ。たしかに、今思えばだが酷いことをしてしまったのかもしれない。もし会えるのならそのときは謝るしかないか。
「あ、それはそうとパール。あなた、あのメルちゃんって子とほとんどお話ししなかったよね? どうして?」
そう、パールはあの席でユイやモアとは楽しそうに会話していたのだが、メルとはほとんど話していなかった。メルも同様に、パールとはほとんど目も合わせていなかったように思える。
「うーん、私に似てるなって思ってちょっと驚いたのはあったんだけどね。何て言うんだろ……何か、あまり近づいちゃいけないような気がしたというか……うん、よく分からない」
首を左右に傾けながら思案するパール。かわいい、などと思いつつアンジェリカは素早く思考を巡らせた。
考えられるのはパールとメルが血縁ということ。見た目だけでなく魔力の質まで似ているのだからこれはほぼ確定だろう。だが、二人とも森に捨てられていたのは何故? しかも、パールはランドールの魔の森、メルはデュゼンバーグの森と捨てられていた場所は相当離れている。
それに、パールがメルに感じたことも何となく気になる。あの席で、二人は明らかにお互いを認識するのを避けていたように感じた。それも、意識的ではなくごく自然な感じでだ。
「ふあ~……お腹もいっぱいで眠くなっちゃった~」
あくびをしながらアリアにもたれかかるパールのまぶたは半分ほど落ちかけていた。
「ふふ。明日も競技会あるんだから、今日は早めに寝なさい」
「うん、そうするー。みんなおやすみ~」
トテトテとリビングを出ていくパールを見守るアンジェリカ。まあ考えても仕方がない。いずれ明らかになる日も来るだろう。アンジェリカは無理やり思考をまとめ、ぬるくなった紅茶に口をつけた。
――見渡す限り白で埋め尽くされた空間。背筋が寒くなるほどの静謐に包まれる空間に佇んでいた女性は、背後に気配を感じ振り返った。
「何か報告でも?」
「はい。実は……」
なかなか興味深い報告だった。そんな偶然があるなんて。
「計画に支障は?」
「ありません」
なら何も問題はない。問題が生じるのなら対処しなくてはならないが、問題がないのなら放置するまでだ。
「あの一族に気づかれた様子は?」
「今のところは。ですが、当主自ら動いているようなので警戒はすべきかと」
さすがと言うべきか。だが、気づいたとしても何もできまい。計画を止めようと行動を起こした結果どうなるか、それくらい想像できない無能ではないはずだ。
「起動までの期間は?」
「あと三年です」
「そう」
美しく整った顔にゾッとするような笑顔を一瞬貼りつけた女性だが、すぐに表情を消すと報告へ来た少女に背を向けた。
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