第百十六話 模範魔法演習
「ね、ねぇ……さっきのってパールちゃん……かな?」
「そう……なのかな?」
頰を引き攣らせて顔を見合わせているのはユイにモア。闘技場を囲む観客席の一角に陣取っていた三人の耳に入ってきた実況係の言葉に驚きを隠せない。
「学園始まって以来の天才児って言ってたよね……?」
「ええ……しかもAランク冒険者って……」
デュゼンバーグの商業街で出会ったメルに似た金髪の美少女。食欲と好奇心旺盛な、とてもかわいらしい女の子とのひと時をユイとモアは思い出していた。
「パールちゃん?」
空をぼーっと見上げていたメルが二人に視線を向け首を傾げる。
「ほら、言ったじゃん。メルが迷子になってたとき、メルに似た女の子と仲良くなったよって」
「んー……聞いたような……」
相変わらずの天然ぶりに呆れるユイとモア。まあこれは平常運転だ。
「たしかにパールちゃん競技会に出るとは言っていましたが、まさかそんな凄い方だったとは……」
「だよな。いや、まだあのパールちゃんと決まったわけじゃないけど……あっ! 出てきた!」
視線を向けた先、リンドル学園の選手が控えるテントからトテトテと闘技場へ歩いて行くのはふんわりとした金髪の美少女。
癒し系金髪ふんわり魔法美少女、もといパールである。
「や、やっぱりパールちゃんだ……!」
「ほんとですね……」
「んー……?」
あのときの少女がリンドル学園始まって以来の天才児で、Aランク冒険者という事実にユイとモアは思考が追いつかない。メルは首を傾げたまま何かを考えている、ように見える。
ユイとモアが観客席から見ているとは露とも知らず、パールはひょいっと四角い闘技場へ飛びのった。途端にあがる歓声。リンドル学園の生徒が陣取る観客席からあがる大歓声に、ユイたち三人は驚きの表情を浮かべる。
「す、すごい……パールちゃん大人気じゃん」
大観衆に囲まれて平然としているパールにユイは感心してしまった。
『んー---! リンドル学園が誇る自慢の魔法美少女パール選手! ただいま入場です! 闘技場に舞い降りた可憐な少女は、屈強な教師連合に果たして勝てるのかああああ!?』
実況を務めるキャロルの興奮した声が響き渡る。興奮冷めやらぬキャロルと正反対にいつもと変わらぬパール。視線を向けた先には男女五人の教師たちの姿。
リンドル学園からは二人、魔法女学園側からは三人の教師がこの演習に参加している。が、魔法女学園側の教師たちの表情が何となく冷めているようにパールには見えた。
んん? もしかして「何で魔法教師の俺たちがこんなガキの相手しなきゃなんねぇんだよ」とか思われてる? まあ普通はそうだよね。うんうん。
パールは一人うんうんと頷いた。その様子を怪訝そうな目で見つめる教師連合。
『では! 混成教師チームとパール選手による模範魔法演習……開始です!』
高らかと演習の開始を宣言したキャロルの声に合わせるように、教師たちはパールを遠巻きに取り囲む。どうやら、事前に戦い方は話し合っているようだ。
闘技場の中心に立つパールはきょろきょろと周りに視線を巡らせる。
うーん、どうしようかなぁ。相手が魔物や魔獣なら魔導砲や魔散弾でそのままやっつけちゃえばいいんだけど……これって模範魔法演習なんだよね? ということはあっさり倒しすぎちゃダメってことだよね?
と、そのようなことを考えていると、三人の教師が同時に魔法を放ってきた。パールはすぐさま自分の体を囲うように魔法盾を展開させる。
「む。さすがリンドル学園始まって以来の天才児」
魔法女学園の若い男性教師は感心したような表情を一瞬浮かべたが、すぐさま立て続けに風魔法を放ってきた。
通常、魔法盾を展開しているあいだは魔法が使えない。二、三人で常に魔法攻撃をしかけ、パールの手を鈍らせる作戦のようである。が――
『炎矢×五』
パールは左手で魔法盾を維持したまま、右手で魔法を放った。七歳ながらすでに数々の実戦を経験しているパールにとって、これくらいのことは朝飯前である。
「な……!」
驚く教師たちに対し、パールはさらに連続で魔法を放つ。しかも、炎系、風系、雷系と属性が異なる魔法の連撃。このような魔法攻撃を受けた経験がない教師たちは明らかに狼狽した。またまた沸きあがる観客席。地を揺るがすほどの大歓声がパールたちを包み込む。
『これは凄い! パール選手、何と複数属性の魔法を連続で放ったああああ! ギブソン様、これって相当高度な技術なのでは?』
『仰る通りです。あのような芸当、大人の魔法使いでもできませんよ。さすがはパール様です』
『なるほど! さあ、押されっぱなしの混成教師チームはどう出るか!? このまま負けるようでは教師の沽券に関わりますよおおおお!?』
ひたすら煽ってくるキャロルに苦笑いをしつつも、やや焦りの表情を浮かべる教師たち。特に、魔法女学園側の教師は初めてパールの実力を目の当たりにしたため明らかに動揺していた。
「まさかこれほどとは思いませんでしたね。リンドル学園にこれほどの逸材が入学していたとは」
やや年配の魔法女学園教師の呟きに、ほかの教師たちも静かに頷いた。
「でも、このまま負けるわけにはいきませんわ。明日から生徒たちに合わせる顔がなくなりますもの」
再び教師チームは散会するとパールを取り囲むように配置につく。
「全員で魔法盾のすき間をついていきま――」
『展開』
教師たちが連携しようとした矢先、パールが静かに魔法陣を展開させる。自分を囲むように展開した魔法陣の数は五つ。教師たちはもちろん、観客席の全員が驚愕に目を見開き大きく息を呑んだ。
「えーと、とりあえずお疲れ様でした。『魔散弾』!」
申し訳なさそうに魔法を詠唱すると、すべての魔法陣から一斉に細い閃光が全方位へ発射され教師たちに襲いかかった。なすすべなく魔法を体で受け止める教師たち。
四角い闘技場の上には死屍累々の光景が広がった。もちろん、体を貫通しない程度に威力を抑えているため誰も死んではいない。腹や胸を押さえて悶絶する教師たちに、闘技場のそばで待機していた医療班が素早く駆け寄った。
『……な、な、何という結末……! 見たこともない魔法で混成教師チームを一瞬で仕留めたのは癒し系金髪ふんわり魔法美少女パール選手!』
いや、だから本当にそれやめてほしいんだけど。
じろりとジト目を実況席に向けるパール。なぜかキャロルは手を振っている。
『いやー、素晴らしい演習でしたね。それにしてもギブソン様、先ほどパール選手が使用したのは独自魔法なのでしょうか?』
『はい、そうですね。お母様から教わったと聞いています』
『あんな魔法見たことないので驚きました。さすが我が学園始まって以来の天才児です!』
興奮するキャロルに呼応するように盛りあがる観客席。競技会はまだ始まってすらいないというのに異様な盛りあがりである。
『パール選手に教師の皆さま、素晴らしい演習をありがとうございました! では、五分後からいよいよ競技会を開始します! 選手の皆さまはしっかり準備してくださいね!』
パールは治療を受けている教師たちのもとへ駆け寄ると、「ありがとうございました」と頭を下げた。魔法女学園の教師全員から握手を求められたので、照れながらも握手をかわす。
再度ぺこりと頭を下げると、パールはそのまま踵を返しトテトテと選手控室へと戻っていくのであった。
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