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閑話 大迷惑 2

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

得体の知れない恐怖に肌が粟立つ。紅い瞳の少女がそこに現れただけで、体の動きも思考も停止した。


世界でもっとも至高な種族であるハイエルフの私が恐怖を感じるだと? そんなバカな。


スッと目線を落とすと、手足が小刻みに震えているのが目に入った。間違いない。私はあの少女に恐怖している。


少女の姿を見やったメイドと執事が道を開け恭しく頭を下げる。どうやら、メイドが口にしていたアンジェリカなる者らしい。


待てよ、アンジェリカ……? その名前どこかで耳にした気が……。



「……うるさくて眠れないんだけど」


眉間にシワを寄せたままのアンジェリカは、いつもよりやや低い声を発した。怒気を含んだ紅い瞳で周りに視線を巡らす。


「アリア……これはどういうこと?」


じろりと視線を向けられたアリアの頰を冷たい汗が伝う。明らかに怒っている。ただでさえ寝起きが悪いうえに、徹夜明けで眠っているところを邪魔されたのだ。


「お、お嬢様、おはようございます……じゃなくて。ええと、それがですね……」


しどろもどろになりながらも、何とか簡潔に説明するアリア。いつ怒りが爆発するかと冷や冷やしながら言葉を紡ぐ。


「……ふーん」


アリアから説明を聞き終えたアンジェリカはハイエルフとダークエルフたちに鋭い視線を向ける。


「な、何だ貴様は……!」


ハイエルフの男が精一杯の虚勢を張った。が、それが間違いだった。


アンジェリカがスッとハイエルフを指さした途端、男の右腕が爆ぜた。腕の付け根から失い、叫び声をあげながら地面を転げ回るハイエルフ。


「眠くて堪らないのにうるさいのよ……私の眠りを妨げる者は何人たりとも許さないわ……」


さらに、アンジェリカが指をパチンと弾くと、今度はハイエルフの左足がちぎれ飛んだ。


「ぎゃあああああ!!」


血まみれでのたうち回るハイエルフを無表情のまま見つめるアンジェリカ。ダークエルフたちはというと、体を寄せ合い顔面蒼白のまま震えている。


すでに意識も絶え絶えなハイエルフだが、何とか治癒魔法を発動しようと詠唱を始めた。が、アンジェリカはそれすら許さなかった。


魔法禁域(アンチマジックエリア)


アンジェリカ邸の広々とした庭を光が包み込む。魔法の発動を禁ずる高位魔法の一つだ。


「そ、そんな……バカな……ハイエルフの魔法を封じるなど……」


地に倒れたままアンジェリカに怯えた目を向けるハイエルフ。千年近く生きてきたなかで初めて味わう恐怖だった。


そのとき、ハイエルフの男はやっと思い出した。紅い瞳に黒く美しい髪。アンジェリカという名前。


「ま、まさか……真──」


残った片腕を使い何とか半身を起こしたハイエルフだったが、言葉を最後まで紡ぐことなく首がごろりと地に落ちた。


一瞬でハイエルフのそばに移動したアンジェリカが手刀で首を刎ねたのだ。


絶命したハイエルフを見向きもせず、アンジェリカはダークエルフたちに視線を向ける。五名全員が地面に尻もちをついて震えていた。


「た、大変申し訳ありませんでした……! 私どものせいであなた様の眠りを妨げてしまいました……!」


「私たちが悪いのはよく理解しています! でも、そのうえでどうか今回は許してもらえないでしょうか!?」


一斉に平伏して命乞いを始めるダークエルフ一行。なかには涙を流している者もいる。


アンジェリカはいまだ眉間にシワを寄せ不機嫌な表情を浮かべたままだ。そのままダークエルフたちも皆殺しにされる、とアリアは思ったのだが──



「……庭、元通りに直しなさい」


それだけ言うと、アンジェリカはダークエルフたちに背を向け離れていった。おそらく怒りより眠気が勝ったのだろう。ぽかんとするダークエルフ一行。


「……聞こえなかったのですか? あなた方が暴れたせいで庭がこの有様です。お嬢様の気が変わらないうちに庭を元通りに直すこと。返事は?」


アリアに鋭い視線を向けられたダークエルフたちは何度も頷いた。結局、五名のダークエルフは三日間かけてアンジェリカ邸の庭を修復する羽目になったのである。



──お酒が入ったグラスをコツンとテーブルに置くと、アリアはそっと息を吐いた。


「と、まあこんな感じね。かなり昔の話だから記憶が少し曖昧だけど」


アンジェリカ邸のリビング。ソファでくつろぎながらグラスを傾けているのはダークエルフのウィズである。


「そんなことがあったんですねー。そりゃご先祖様たちもあんな言い伝え残すわけだ」


苦笑いを浮かべたウィズは、酒精の強い酒をぐいっと喉へ流し込んだ。向かいに座るアリアがウィズのグラスへ酒を注ぎ足す。


「言い伝えって?」


「私が育ったダークエルフの里には、紅い目をした真祖の娘には絶対に関わるな、って言い伝えがあるんですよ」


「なるほどね。まあ結果的にハイエルフから助ける形にはなったけど、相当恐怖を刷り込まれただろうしね」


ふふふと愉快そうに笑うアリアの頰はほんのりと赤く染まっている。昔話に華を咲かせつつすでに二時間近く二人で飲み続けていた。


今夜屋敷にいるのはアリアとウィズだけである。アンジェリカはソフィアのもとでお泊まり、キラはリンドルで飲んでそのまま向こうで泊まるらしい。


パールはジェリー、オーラとお泊まり会。フェルナンデスとルアージュも出かけているが、おそらくもうすぐ帰ってくるだろう。


「ちなみに、アンジェリカ姐さんは今でも寝起き悪いんですか?」


「今はずいぶんマシになったわ。パールのおかげでしょうね」


パールが赤ん坊のころは夜泣きするたび頻繁に起きなきゃいけなかったしね。


「ただ、パールに起こされる分には怒らないけど、他の者が起こすとどうなるか分からないわね。ウィズ、今度試してみなさいよ」


「い、嫌ですよ! 絶対に! それにしてもハイエルフを瞬殺かー……やっぱ姐さん凄いわ……」


楽しく語らいつつ夜はふけていくのであった。


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