閑話 大迷惑 1
2022年10月3日から執筆、投稿を開始した当作品。あれよあれよという間に書籍化&コミカライズが決まり読者様も大勢増えました。本当に感謝しかありません。私の作品で少しでも皆様が楽しんでいただけているのなら嬉しいです。来年もどうぞよろしくお願いいたします。それでは皆様よいお年を☆
華やかなフローラルの香りが広がるダイニング。最近街で手に入れた新しい紅茶の香りに、アリアは満足げな表情を浮かべた。
「んん……美味しい」
お嬢様も気に入ってくれたみたいだし、しばらくはこの紅茶をお出ししようかしら。この屋敷には三人しかいないし、今回買った分でしばらくはもつわよね。そのようなことを考えつつカップをカチャリとソーサーへ戻す。
と、そこへ――
「アリア、お嬢様はどこにいますか?」
この屋敷で暮らす三名のうちの一人であり、アンジェリカの忠実なる執事であるフェルナンデスがダイニングへやってきた。手には何冊か本を携えている。
「お嬢様ならまだ寝ていますよ。徹夜で読書をしていたようなので」
「そうですか。ではお目覚めになるまでお待ちするとしましょう」
「それがいいですね。お嬢様の寝起きは最悪ですから」
そう、お嬢様は幼いころから寝起きが悪い。起こそうとして何度酷い目に遭ったことか。眠っているときのお嬢様には決して近づいてはいけないし、無理に起こそうとするなどもってのほかだ。
と、そのとき――
ダイニングから退室しようとしたフェルナンデスの動きが止まる。アリアも異変に気づき、スッと窓の外へ視線を向けた。
「お客様とは珍しいですわね。少し出てまいりますわ」
アリアはそう口にするなりその場から姿を消した。
――森のなかをひた走る五名の男女。各々が剣や弓など手に手に武器を携え、何かから逃げるように森のなかを疾走していた。
五名とも人間ではない。小麦色の肌に長く尖った耳。ダークエルフである。
「おい! あそこに建物が見えるぞ!」
先頭を走っていた男が叫び、全員がそちらへ目を向けた。深い森のなかにあるのが不思議なほど立派な屋敷がそこには建っていた。
「とりあえずあそこで休憩しよう!」
広々とした芝生の敷地へなだれ込んだダークエルフたちだったが――
「ごきげんよう」
突然、美しいメイドが目の前に現れ五名のダークエルフは慌てて足を止める。明らかに只者ではない雰囲気を纏うメイドにダークエルフたちは警戒心を露わにした。
「ここはアンジェリカ様のお屋敷。誰であろうと勝手に立ち入ることは許しません。今なら許してあげますから早く立ち去りなさい」
「ま、待ってくれ。少しのあいだだけここで休ませてくれないか?」
「ダメです。死にたくないのなら早く立ち去りなさい」
有無を言わさぬ物言いに反感を抱いたのか、やり取りを見ていたダークエルフの少女がアリアを鋭い目つきで睨みつける。
「こっちが下手に出てりゃ調子に乗りやがって! 私たちがダークエルフと分かったうえでそういう態度をとるわけ?」
「あなたたちが何者であろうと私には関係ありません。それ以上しつこいようだと本当に殺してしまいますよ?」
アリアが目をスッと細める。同時に禍々しい魔力が体から立ち昇り始めた。
「く……やるってんなら――」
刹那、空からいくつもの雷がアンジェリカ邸の敷地に降り注いだ。咄嗟に魔法盾を展開するアリア。
「これは……あなたたちのお仲間ですか?」
ダークエルフたちのリーダー格であろう男性に視線を向ける。
「い、いや違う! 俺たちはあいつから逃げていたんだ」
アリアが視線を向けた先にいたのは一名のエルフ。
「あれは……ハイエルフだ……」
ハイエルフはエルフの上位種族である。高度な知能と魔法技術を有する種族であり、エルフ以上に排他的な種族としても知られている。
「なぜハイエルフがあなた方を?」
「そ、それは……」
ああ、なるほど。ここ最近ダークエルフがやたらといろいろな種族と戦端を開いていると耳にしたことがある。
おそらく、調子にのってハイエルフにケンカを売った挙句、返り討ちにされそうになり逃げてきた、といったところだろう。
さて、それにしても困りましたね。ハイエルフはダークエルフより遥かに厄介な種族。ここで戦闘になるとお嬢様が目を覚ましてしまうかもしれない。
と、そんなことを考えているうちに、ハイエルフの男は地上へふわりと降り立った。眉目秀麗な見た目とは裏腹に、とてつもない殺気を纏っている。
「やっと見つけたぞ、ダークエルフども。我らの美しい里を襲撃し汚した罪、その命で払ってもらおう」
そんなことしていたのか、とアリアはダークエルフの男に呆れたような視線を送る。
「お待ちなさい。あなた方が戦うことはどうでもいいですが、ここで騒がれるのは迷惑です。戦うのならよそでやっていただけますでしょうか?」
心底迷惑と言わんばかりの表情を浮かべたアリアがハイエルフの前に立つ。
「何だ貴様は? む……吸血鬼か。たかが吸血鬼が至高の種族であるハイエルフに意見する気か?」
「あなたこそ、たかがハイエルフごときがアンジェリカ様の敷地に立ち入ってただで済むとお思いなのかしら?」
「身のほど知らずな吸血鬼もいたものだ。それにアンジェリカだと? そんな奴は――」
途端にアリアの全身から漏れる殺気。冷たい色を宿した瞳でハイエルフを睨み据える。
「それ以上の言葉は控えたほうがよろしいかと。お嬢様を少しでも侮辱する発言は決して容認できません」
「ふん……面倒な。ダークエルフと一緒に貴様も消し炭になるがよい」
ハイエルフの男が再び広範にわたる雷撃を繰り出した。アリアは展開した魔法盾で防御しつつ、ハイエルフの足元へ巨大な魔法陣を展開させる。
『煉獄』
「むっ!?」
漆黒の爆炎が全身を包む前に、危険を察知したハイエルフが魔法の圏外へと離脱した、が――
どこからともなく現れたフェルナンデスが、ハイエルフの背後から急襲する。さすがにこれは避けきれず、強烈な蹴りを背後から喰らったハイエルフは地面を転がった。
「ぐ、ぐぐ……!」
すぐに立ち上がったものの、屈辱に顔を歪ませるハイエルフ。
「フェルナンデスさん。ここは私一人で十分ですが」
「アリア、このままではお嬢様が目を覚ましてしまいます」
それもそうか、と頷くアリア。凄まじい戦いを目の前で見せられ呆気にとられていたダークエルフたちだったが、アリアやフェルナンデスの強さに勝機を見いだしたのか、一斉にハイエルフへと襲いかかった。
「く……! 舐めるなよ下等種どもが!」
フェルナンデスへ怒りの視線を飛ばしていたハイエルフだったが、襲いかかってきたダークエルフを迎え撃つべく態勢を整える。
お互いが高度な魔法を次々と繰り出すため、またたく間にアンジェリカ邸の広々とした庭は惨憺たる状態になってしまった。
「……フェルナンデスさん、もう面倒です。全員まとめて殺してしまいましょう」
顔に笑顔を貼りつけたアリアのこめかみにはいくつもの青筋が浮かびあがっている。
「そうですね……さすがにこれ以上はお嬢様が――」
刹那、激しい戦闘を繰り広げていたハイエルフとダークエルフたちの動きが一斉に止まった。凍てつくような冷気があたりに漂う。
「ああ……手遅れでしたね……」
こめかみを押さえて深くため息を吐くアリア。動きを止めた全員が視線を向ける先。そこには血のように紅い瞳の少女が不機嫌そうな表情を浮かべて立っていた。
年末のバタバタで「聖女の聖は剣聖の聖~」の更新が遅れていますが、明日からまた投稿を開始する予定です。よろしくお願いいたします。