第十二話 Sランク冒険者たちの悲劇
「おーい、ケトナー!こっちだ!」
ジルジャン王国の王都、冒険者ギルドからほど近い場所にある酒場に入ると、なじみの冒険者フェンダーが声をかけてきた。
2m近い長身にがっしりとした体格、常人では持ちあげることさえ難しい重量級の大型ハンマーを愛用するSランク冒険者である。
「久しぶりだな。フェンダー」
エールを持った片手を挙げて呼びかけてきたフェンダーのもとへ行き、テーブル越しに向かいへ座ってから近くの店員にエールを注文した。
「ああ。2年ぶりか?景気はどうだ?」
「ぼちぼちだな。最近は貴族の護衛みたいなつまらん仕事ばっかりだ」
Sランクは冒険者の最高峰であり、ギルドが定めた最上位ランクでもある。Aランクを超越した武勇を誇り、一人で軍の小隊に匹敵するとも言われるSランクは数が非常に少ない希少な存在だ。
その強さゆえに、ギルドが紹介できる仕事も自然と限られてくる。基本的に、ギルドではランクに見合った仕事を紹介するためだ。
Sランクともなると依頼できる魔物・魔族退治の案件はほとんどなく、自然と権力者の護衛や拠点の警護といった仕事が多くなってしまう。
「まあ俺も似たようなものだ。できればもっと冒険者らしい仕事をしたいものだがな」
ガハハと豪快に笑ってからフェンダーはエールを一気に飲み干した。
「その『冒険者らしい仕事』についての話か?今日俺を呼んだのは」
ケトナーの言葉にフェンダーは少し目を細め、軽く頷く。
「そうだ。ギルドマスターから回ってきた案件でな。Sランク三人で対応してほしいとのことだ」
「Sランク冒険者三人でだと?どこかの国に戦争でも仕掛けるつもりか?」
フェンダーはまたガハハと豪快に笑う。
「たしかに、今この国は帝国と戦端を開こうとしているようではあるがな。それとは関係ないようだ。」
「……とりあえず詳しく話してもらえるか?」
強大な戦力であるSランク冒険者を三人も投入するなど、尋常な案件とはとても思えない。しかも、ギルドマスター案件なのも気になる……。
「ああ。だがもう一人が来てからだ。もうそろそろ来るはずなんだがな」
フェンダーが酒場の入口に目をやると、ちょうど一人の女が店内に入ってきた。
整った顔立ちとセミロングの赤髪、男が放っておかないであろう抜群のプロポーションの持ち主がゆっくりとケトナーたちが座るテーブルへ向かってくる。
「おお。来たようだな」
「しばらくぶりね。お二人さん」
ニコリと二人に笑いかける女の名前はキラ。「疾風」の二つ名をもつSランク冒険者だ。
20代前半に見える彼女だが、長寿種であるエルフとのハーフなので、実年齢は50歳を超えている。実質このなかでは最年長者だ。
「元気そうじゃないか、キラ」
「あなたもね、ケトナー。でもちょっと老けた?」
意地の悪そうな笑みをケトナーに向けたキラは、空いている席に座るとエールを注文する。
「お前を基準に考えるなよ。この若作りババアが」
老けたと言われたケトナーがややムッとした顔で言い返す。
「私にババアって言った?魔法で穴だらけにされたいの?」
こめかみに青筋を浮かべて剣呑な空気を纏うキラ。やはり女性に年齢や容姿に関する話題はNGのようだ。
「おいおい。大きな仕事の前にケンカするんじゃねぇよ」
苦笑いしつつフェンダーが仲裁に入る。二人とて本気で争うつもりはない。いつものちょっとしたじゃれ合いだ。
「それじゃフェンダー。仕事の話を詳しく聞かせてくれ」
フェンダーの話によると、国境近くに広がる魔の森に吸血鬼が住みついているという。その吸血鬼を無力化したあと拘束、クライアントへ引き渡すまでが仕事とのことだ。
「ずいぶん簡単そうな仕事に思えるが。わざわざSランクを3人も呼び出すような案件か?」
ケトナーが素直な思いを口にする。吸血鬼はたしかに強力な種族だが、Aランク冒険者でも十分対処できるはずである。
「魔の森にはAランクの魔物がうじゃうじゃいるらしいからな。それも理由なのかもしれん」
「……ふむ」
だが、それでも納得しかねる部分もある。なぜ、たかが吸血鬼の退治依頼をギルドマスターが直々にしてきたのか。
「納得していないような顔だな」
苦笑いを浮かべるフェンダー。
「……何となくな」
「実は俺も気になったからギルドマスターに誰がクライアントなのか聞いてみた。だが、教えてもらえなかった。そもそも、ギルドマスター自身よく分かっていないような気がする」
「なんだそりゃ。そんなことがあるのか?」
「何か裏があるのかもな。だが、つまらん護衛の依頼よりはるかに面白そうだろ?」
ニカっと笑ったフェンダーにケトナーとキラも同意する。
「よし、なら装備をそろえてさっそく明日出かけよう」
-2日後・魔の森-
戦闘を開始してすぐに俺たちは戦慄した。
目の前にいるのは16歳くらいにしか見えない少女。
黒く美しい髪に爛々と輝く紅い瞳、美少女と言って差し支えない整った顔立ち。
優雅にゴシックドレスを纏う少女はどう贔屓目に見ても強者には見えなかったが、その認識は一瞬で間違いと気づかされた。
その少女は俺の剣撃を避けもせず、眼前に迫る剣を指で挟むだけで止めてしまった。
しかも、フェンダーの大型ハンマーを軽々と粉砕し、キラが放った魔法にいたっては完全無効化されたのだ。
ただの吸血鬼がこれほど強いわけがない。何かがおかしい……。
そのとき俺は気づいた。
そもそも、なぜ吸血鬼が日光の下で平気な顔をしているのか。
吸血鬼は本来夜の支配者である。日光を浴びると大きなダメージを受けるため、昼間に活動することはまずない。
「……おい、お前はただの吸血鬼じゃないのか……?」
嫌な予感がしつつも、俺は聞かずにいられなかった。
そして、案の定そのいやな予感は当たった。
「私はただの吸血鬼よ。真祖一族の姫だけどね」
信じられない言葉を聞いた。
その刹那、少女から禍々しい魔力と殺気が漏れ始める。
全身が粟立った。本能的に殺されると直感した。
真祖と言えば、吸血鬼の頂点に君臨する最強の種族である。その力は一般的な吸血鬼とは比べものにならない。
しかも、真祖の姫と言えばあの「国陥としの吸血姫」ではないか。
子どものころ、おとぎ話として何度も聞かされた伝説の吸血姫。敵意や悪意をもつ者に対して容赦せず、たった一人でいくつもの国を滅亡させた災厄だ。
こんな神話級の生き物に勝てるはずがない。真祖だと知っていれば絶対にこんな仕事請けていなかった。
真祖の姫が何か口にしたが、正直あまり覚えていない。
ただ、一刻も早くここから立ち去らねば、と思い俺たちは一目散に逃げだした。
が、背後からいくつもの魔法を撃ち込まれ、俺たちはあっさりと地を舐めた。
「ママすごーーーい!」という小さな女の子が喜ぶ声を遠くで聞きながら、俺は意識を失った。
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