第百十二話 横暴
シンと静まり返るデュゼンバーグ王立魔法女学園の屋内運動館。前方へ手をかざしたまま立つメルと、冷たい床に転がりぴくりとも動かないハイロウに皆の視線が集まる。
特に、メルのクラスメイトたちは皆が一様に目を見開き驚いていた。それも当然である。メルには魔法の才能がなく成績もほぼ最下位、というのが全クラスメイトの認識なのだから。
にもかかわらず、メルは誰も見たことがない魔法をいともたやすく使用し、魔法の教師であるハイロウに何もさせず勝利した。その事実を目の当たりにし誰もが驚愕の色を隠せなかった。
「だ、大丈夫ですか!? ハイロウ先生!?」
派手に床を転がったハイロウはいまだ起き上がってこない。心配した同僚の女性教師がハイロウに駆け寄り声をかけた。
「う……うう……私はいったい……」
どうやら一瞬意識を飛ばしていたらしい。何とか半身を起こしたハイロウだが、自分の身に何が起きたのかいま一つ理解できていないようである。
「メルさんの試験を担当して、魔法に撃たれ倒れたんです」
「そ……そうだ……! メル! さっきの魔法はいったい……!?」
床に尻もちをついたまま、少し離れた場所にいるメルへ目を向けた。
「ん? リズ先生に教えてもらった魔法」
「リズ先生……?」
ハイロウには意味が分からない。女学園にそのような名の魔法教師はいない。
「先生。私たち学園の授業が終わったあと、外部の先生から指導を受けていたんです。それがリズ先生です」
モアの説明にユイがうんうんと頷く。その様子から、ユイとモア、メルの三人が外部の教師とやらに指導を受けていたのだとハイロウは理解した。
「が、外部の教師だと……? そんな……!」
ハイロウの顔に苦々しい表情が浮かぶ。何せ、誰もが知る落ちこぼれのメルをここまで成長させたのだ。それはすなわち、ハイロウよりその外部の教師が指導者として優れていることを意味する。
落ちこぼれの生徒をここまで成長させた手腕、魔法戦で何もできず生徒にあっさりと倒されてしまった現実。これまで魔法指導を担当してきた教師として、これ以上の屈辱はない。
屈辱に歪む顔を伏せたハイロウは、歯が砕けんばかりに強く歯噛みした。
――リンドル学園の屋内運動施設はざわめきに包まれていた。特級クラスの生徒とはいえ、二人の女生徒が魔法戦で終始教師を圧倒し続けたのであるから当然である。
アンジェリカの特訓を受けたジェリーとオーラは、明らかに魔法の基礎力と応用力が向上していた。すでに単体でオークを討伐するほどの実力なのだ。その成長ぶりに、普段から魔法を指導している教師も嘆息する。
「二人とも凄いですね! やはりパールさんのお母様に指導してもらったおかげですか?」
魔法指導を担当する教師が、キラキラとした目をジェリーとオーラに向ける。
「あ、はい。かなり厳しく指導してもらったので、それなりに強くなれました……かな?」
ジェリーがやや苦笑いを浮かべながら答える。初日にいきなりオークを倒せと言われたときは絶対に死んだと思ったなぁ……、と遠くを見つめるような顔になるジェリー。
「うんうん! 凄かったよ二人とも! これは合格間違いなしだね!」
パールも二人の周りでぴょんぴょんと飛び跳ねながら、見事な戦いぶりと成長ぶりを喜んだ。試験が終わったらすぐに合格者の名前が貼り出されるとのことなので、今のうちに食事にしようと三人は連れ立って屋内運動施設を出ていくのであった。
――競技会への参加を希望する全生徒の試験が終了し、すでにデュゼンバーグ王立魔法女学園の屋内運動館は閑散としていた。
試験の結果は二時間以内に中庭の掲示板に貼り出されるとのこと。ユイとモア、メルは学園内の食堂で食事をとったあと、中庭のベンチでそのときを待っていた。
「また緊張してきた……」
「まあ、多分大丈夫ですわよ。先生たちも私たちの成長に驚いていましたしね」
不安げな表情を浮かべるユイに対し、モアやメルは平常運転である。誰よりも元気が取りえのユイだが、実は小心者の一面がある。
「そうだな……リズ先生のおかげで私たち成長しているし。メルもほんと凄かったよね」
そのメルはぼーっと空を眺めている。試験が終わったあと、普段メルを馬鹿にしていたクラスメイトが次々とメルに話しかけてきた。現金なものである。
なお、メルの試験を担当した魔法教師のハイロウは、よほどショックだったのかあのあと一言も喋らなくなった。一応最後まで試験に立ち会ってはいたが、試験が終わるとすぐ屋内運動館から出ていった。
「それにしても、メルにやられたときのハイロウったら……ぷぷ……!」
メルに魔導砲でふっ飛ばされたハイロウを思い出し、思わず噴きだしそうになるユイ。
「ユイ、先生を呼び捨てにするのはどうかと思いますよ? まあ、たしかに面白かったですし、スカッとしましたけど」
ユイを窘めてはいるものの、モア自身もハイロウがあっさり倒されたことに胸がすく思いだった。
と、そこへ――
「お、結果貼り出されるんじゃない!?」
一人の教師が丸めた紙を携え掲示板のすぐそばへやってきた。どうやら、今から試験の結果を貼り出すようだ。
弾けるようにベンチから立ち上がり掲示板のもとへ駆け寄る三人娘。ユイとモアは上から下へ視線を巡らせ自分の名前を探し始める。
「あ、あった! モアの名前もあるよ!」
名前を指差して喜ぶユイ。モアもほっと安堵の表情を浮かべる。
「あとはメルだな……」
自分が合格したのを確認してから、ユイはメルの名前を探し始める。あれほどの活躍を見せたのだ。合格していないはずはない。ユイもモアも、メルの試験合格を微塵も疑っていなかった。
――だが、試験結果を示した貼り紙のどこにもメルの名前は記載されていなかった。
「いったいどういうことですか!?」
職員室に響き渡るユイの大声。試験の合格者としてメルの名前が記載されていなかったことに納得できないユイは、すぐさま職員室へと駆け込んだ。
顔を真っ赤にしてハイロウへ詰め寄るユイと、おろおろしながらユイをなだめようとするモア。その後ろにはメルもいるが、いつもと特に表情は変わらない。
「ん? どういうこととは何だ?」
怒鳴りこんできたユイに対し、平然とした様子で対応するハイロウ。その態度がさらにユイをイライラさせた。
「試験の結果です! メルは試験で先生を倒したじゃないですか! どうして不合格なんですか!」
「……ふん。総合的な判断だ。私はあのような魔法を教えた覚えはないし、そんなものを使って合格だろうと言われてもな」
ニヤニヤとしたいやらしい表情を浮かべるハイロウに、ユイは血管が切れそうになった。
「それに、外部の先生だと? そんなどこの馬の骨とも知れぬ者に教わった魔法で伝統ある魔法競技会に参加するなど、我が学園の恥だ。合格とは認められない」
とんでもない暴論を口にするハイロウ。彼がどれほど愚かなことを口にしているのか、周りの教師たちも理解している。が、教師たちがそれを咎めるのは難しい。
なぜなら、ハイロウは学園を直接的に運営する国の機関、その幹部の息子なのだ。ハイロウに意見し睨まれると、今後どうなるか分からない。それゆえに、暴論だと分かっていながらも教師たちはハイロウを咎めることも意見を述べることもできなかった。
「そんな……! そんな横暴なこと許されるはずないじゃない!」
怒りのあまり大粒の涙をこぼすユイ。固く握りしめた拳と体を震わせながら必死に抗議を続ける。
大切な友人の才能と努力を踏みにじられた気がして、ユイは怒りで気が遠くなりそうだった。
「ユイ。もういいよ。行こう」
それまで一言も喋らなかったメルが口を開き、そっとユイの肩に手をかけた。
「よくない! こんなの……! 絶対に間違ってる!」
ユイはハイロウを睨みつけると、メルとモアを押しのけて職員室から飛び出していった。
「ユイ!」
慌ててユイを追いかけるモアとメルの背中を、ハイロウはニヤニヤと見つめた。
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