第百五話 学園対抗魔法競技会
「おはようパールちゃん!」
「ジェリーちゃん、おはよ!」
教室へと続く廊下を歩いていたパールは、背後から声をかけてきたジェリーに振り向き挨拶を返すとにっこりと笑顔を浮かべた。
二人並んで教室へ向かうが、途中何人もの生徒が羨望の眼差しを向けてくる。どうやら、あの日パールやジェリーがリンドルの街で活躍する様子を見ていた者がいるようだ。
「あーあ、パールちゃんただでさえ人気なのにもっと人気者になっちゃったねぇ」
「あはは。まあ注目されるのはもう慣れっこだけどね」
顔を寄せて小声で耳打ちするジェリーに苦笑いを浮かべるパール。
「今さらだけど、ほんとパールちゃんは凄いなぁ。競技会もきっとパールちゃんが注目の的間違いなしだよ」
「競技会? 何それ?」
──アンジェリカ邸のテラス。昼前にやってきたソフィアは、ニコニコにしながら紅茶を口にしている。今日着用しているのは清楚な水色のワンピース。
「ソフィア、あなたちゃんと仕事はしているの?」
「酷いですアンジェリカ様! 私だってやるときはやるのです!」
ジト目を向けるアンジェリカにソフィアは頬をぷっくりと膨らませて抗議する。これも見慣れた光景だ。
「ふふ、そうね。あのときも素早く動いてくれたしね。感謝しているわ」
短時間で聖軍を編成し帝国へ進軍、皇帝との会談をとりつけ解決への突破口をこじ開けたのはソフィアの手腕である。
「い、いえ……! アンジェリカ様のためならあれくらいどうってことありませんです」
頰を染めたソフィアは照れているのをごまかすように、器へ盛られたクッキーを口へ放り込んだ。口のなかの水分を一気にもっていかれ、慌てて紅茶を流し込む。
「あ、そう言えばアンジェリカ様。聖女様から競技会のお話はもう聞かれましたか?」
「競技会? 何それ?」
娘とまったく同じ反応をするアンジェリカ。
「あれ? まだ伝えられていないんでしょうか? 多分そろそろ学園でお話があると思いますが……」
ソフィアの話によれば、毎年一回この時期に聖デュゼンバーグ王国の王立魔法女学園と旧ジルジャン王国の学園とで競技会が開かれているとのこと。
その名も学園対抗魔法競技会。双方の学園から腕自慢を選抜し個別に魔法戦を行うのだという。
前回大会は、旧王国体制が崩壊し新たな体制へと移行していた時期だったので中止になったとのこと。
「ふーん。そんなのがあるのね」
「そうなのです。今年の王立魔法女学園は将来有望な子が多いと聞きました。リンドル学園も聖女様に姪のオーラがいるし、楽しみなのですよ」
ふむふむ。あの子出場するつもりなのかしら? ちょっと魔法が上手って程度の子ども相手じゃ勝負にならないと思うんだけど……。
何せ一人で複数の悪魔族を魔法で殲滅するような少女なのだ。あの年でAランク冒険者だし、忘れてたけどドラゴンスレイヤーでもあるのよね。
アンジェリカからすれば楽しみより不安が込み上げてくる。もちろん、娘が活躍し賞賛される姿を見てみたい気持ちはあるのだが。
「前々回はデュゼンバーグの女学園で開催されたので、今年はリンドル学園ですね。アンジェリカ様、ぜひ二人で観戦に行きましょう!」
「いやいや、教皇がそんなとこ行ったら大騒ぎになるでしょうよ」
「だからお忍びで、です! 二人で変装して! うん、そうしましょうそれがいい!」
「ちょっと落ち着きなさいよ。まあ……そうね。考えておくわよ」
興奮するソフィアに呆れた視線を向けながら、アンジェリカはややぬるくなった紅茶を口にした。
「ユイ、集中が切れていますわよ?」
「うー……難しいよリズせんせー……」
デュゼンバーグ郊外の森近く。一軒の小さな屋敷の庭で三人の少女が魔法の練習をしていた。その様子を紅い瞳でじっと見つめるツインテールの少女。
年の頃は十四歳くらい、身長百四十センチ程度の小柄な少女は腕を組んだまま三人の弟子に厳しい視線を送る。
「モア、あなたは少し魔力を高めすぎですの。調節して抑えなさいな。あなたなら簡単にできるはずですわよ?」
「は……はい!」
「メル、あなたは……うん、何だかんだ一番そつなくこなしてますわね」
ぼーっとした天然娘だがなぜか魔法に関しては要領がいい。天才肌というやつだろうか。
元気はつらつイケイケガールのユイは、潜在的な魔力の高さは窺えるものの魔法発動時のムラが多い。集中力が足りないのだ。まじめなメガネっ娘モアは魔力こそ少ないが調節と操作に長けている。
性格も魔法の技術も特性もまったく異なる三人。なぜこれほど何もかも異なる三人が仲良しなのか不思議に感じてしまう。
「はい、そこまで」
リズがパンっと手を打ち鳴らすと、ユイとモアはへなへなと地面に崩れ落ちた。メルは突っ立ったままぼーっとしている。
「じゃあ次は、さっきの感覚を思い出しながら魔法陣を展開してみなさい」
リズの言葉にパッと立ち上がったユイは、「はい!」と元気に返事をすると両手を前に突き出した。
「んーー……『展開』!」
一瞬ぼやっと魔法陣が顕現したがすぐに消失してしまった。
「ユイはやはり集中力に難ありですわね。次、モア」
ユイに続いて魔法陣を展開したモア。きれいに顕現したものの小さすぎる。まあ魔力量を考えれば妥当か。
「せんせー、お手本見せてよー」
頰を膨らませたユイが服の袖を掴んでお手本をせがむ。
「……仕方ありませんわね」
リズは離れたところに設置してある的に体を向けた。
『展開』
リズの前に五つの魔法陣が同時に展開する。緻密な魔法陣を同時に五つも展開する様子に三人は驚きを隠せない。そして──
『……魔導砲』
展開したすべての魔法陣から高出力の魔法が一斉に射出され、設置された的を粉々に破壊した。
「す……凄い……!」
学園の教師などより遥かに高度で凄まじい魔法を目の当たりにし、呆然としてしまう三人。
「ふう。まあ、あなたたちも努力次第ではこうなれる、かもしれませんわ。並大抵の努力では難しいでしょうが」
そう、吸血鬼と人間とでは根本的に魔力量やセンスが異なる。努力で簡単に超えられるものではない。
「リズ先生、さっきの魔法は独自魔法ですか?」
「……ええ。でも私が開発したわけではありませんの」
モアからの質問に答えたリズの顔には、どこか懐かしむような、そしてわずかな怒りの色が見てとれた。
「では最後、メルの──」
メルの番よ、と口にしようとしたリズは思わず硬直してしまう。目の前には困ったような表情を浮かべるメルの姿。
「あれ……? できちゃった」
メルの前に展開する二つの魔法陣。形、大きさ、精密さどれも申し分ない。ちなみに、魔法陣の複数同時展開は大人の魔法使いでも簡単ではない。
「う、嘘でしょ……? 何でメルが……」
「す、凄いメルちゃん……」
驚嘆するユイにモア。それもそのはず、学園でのメルは魔法の成績が最下位に近い落ちこぼれなのである。
「これは……本当にとんでもない大天才なのかもしれませんわね……」
弟子のなかに素晴らしい才能の可能性を感じたリズは、思わずにんまりしてしまうのであった。
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