閑話 アンジェリカの弱点 2
「アリアの姐さん……これが例のブツです」
何やら悪い顔をしたウィズが小さな革袋をアリアに手渡す。先ほどパールとキラ、ルアージュとリンドルの商業街で仕入れてきた香辛料である。
「初めて見る香辛料ね。これをどうするの?」
「もちろん、こっそりアンジェリカ姐さんの食事に混ぜるんですよ」
革袋を開いて中を覗くアリアとウィズ。そこにはやや粗めに挽かれた真っ赤な香辛料が。見るからに辛そうである。
「どんな風味なのかしら? 混ぜる料理によっては風味が際立ちすぎて疑われちゃうかもよ?」
開いた革袋にそっと鼻を近づけ香りを確かめるアリア。香りが少ないのかアリアの反応は微妙だ。
「少しだけ味見してみます?」
「そうね、ちょっとあなた食べてみて」
「わ、私ですか!?」
「だって言い出したのウィズじゃない」
はい、とスプーンを手渡されたウィズは恐る恐る革袋の中の香辛料を掬う。赤い。とにかく赤い。毒々しいまでの赤さだ。
震える手でスプーンを口に運ぶ。店員の話では海の向こうから渡ってきた珍しい香辛料とのこと。かなり辛いから気をつけるようにとのことだった。
わずかな量であるにもかかわらずなかなか決心がつかない。意外とへたれなダークエルフである。
「早く食べなさいよ」
固まったままのウィズの口に、横からアリアが別のスプーンで香辛料を放り込んだ。
「っ……んん? あれ? それほどでも……──!!?」
どうやら時間差で効いてくる香辛料のようである。口元を押さえて悶絶するウィズ。
「んんんんーーーー!! いひゃい! ねえはん、みる、みる!!」
「み、みる?」
「あはら、みーるー!!」
「……あ、だから水、ね」
アリアからグラスを受け取ったウィズは一気に水を飲み干すが、余計に痛みが増したようだ。目からはポロポロと涙を流し、じたばたと地団駄を踏んでいる。
結局、落ち着くまで十分以上かかってしまった。まだ舌が痛いらしくヒーヒー言っている。
「こ、これは相当ヤバいですよ……少量でこの破壊力……」
「まあさっきの様子見りゃね。で、風味はどう?」
「んー……そんなに癖もなさそうです。味が濃い料理に混ぜればバレないんじゃないかな?」
「じゃあシチューにでも混ぜてみようか」
これで計画は決まった。アンジェリカ姐さんの苦痛に歪む顔が目に浮かぶ……とウィズは邪な笑みを浮かべキッチンを出て行くのであった。
「ただいま」
夕方になりアンジェリカが帰宅した。
「姐さんおかえりなさい」
「ママおかえりー」
「おかえりなさい〜」
リビングで思い思いにくつろいでいたパールやウィズは、帰宅したアンジェリカに目を向けた。が──
「お邪魔しますです」
アンジェリカの背後から現れたのはエルミア教の教皇ソフィア。どうやらアンジェリカが連れ帰ったようだ。
「あれ? ソフィアさん」
「聖女様、こんばんはです。アンジェリカ様から夕飯にお呼ばれしたので来ましたです」
相変わらず変な敬語を口にするソフィアに目を向け首を傾げるウィズ。
「ああ、ウィズは初めてよね。この子はエルミア教の教皇ソフィアよ。仲良くしてあげてね」
「エ、エルミア教の教皇!?」
ウィズが驚くのも無理はない。エルミア教は世界中に大勢の信徒を擁する一大勢力である。その頂点に君臨するのが教皇であり、権力は各国の国王に比肩するのだ。
これがエルミア教の教皇? 嘘だろ? こんなポンコツっぽいのが?
大変失礼なことを考えながらソフィアをまじまじと眺めるウィズ。ソフィアはソフィアでダークエルフが珍しいらしくじーっとウィズを直視している。
そうこうしていると、庭で子フェンリルたちと戯れていたキラも戻ってきた。
「さあ、みんな揃ったしダイニングへ行きましょう」
はーい、とソファから立ち上がったパールのあとにルアージュとウィズが続く。
アンジェリカの後ろを歩くウィズたち四人はお互いちらと顔を見合わせわずかに口角を吊り上げる。
何せ、あのアンジェリカが悶絶する様子を見られるかもしれないのだ。自然と足取りも軽くなる。
ダイニングに入り一番奥の上座にアンジェリカとソフィアが並んで座った。そのすぐそばにパール、キラが並んで座り、向かいにウィズとルアージュが着席する。
あとは料理が並ぶだけ……にんまりとするウィズの様子にアンジェリカは不思議そうに首を傾げる。
と──
「あ、私アリアさんをお手伝いしてくるです」
そう口にしたソフィアは席を立つと慣れたようにキッチンのほうへ向かっていった。
え、教皇が食事の用意を手伝うの? そんなことあんの?
ずいぶん変わった教皇のようだ、とウィズが考えていると、アリアとソフィアが料理を運んできた。手際よくテーブルの上に並べていく。
ちらとアリアに視線を向けるウィズ。と、アリアの様子が何やらおかしい。よく見ると目は泳ぎ、頬を一筋の汗が伝っている。
そんなアリアとウィズを無視してソフィアはアンジェリカの前にシチューをよそった器を置く。
え? アレに香辛料入ってんだよね? ね? 姐さん?
アリアと視線を合わす。が、アリアは申し訳なさそうな表情を浮かべ首を小さく左右に振った。それが意味すること──
え、もしかしてあの教皇が手伝いに入ったから、どれに香辛料入れたのか分からなくなったとか?
そういうこと? つまり、誰のシチューにあの激ヤバな香辛料が入ってるのか分からないってこと? それヤバくない?
途端に全身から噴き出る嫌な汗。ウィズはあの香辛料のヤバさをよく理解している。アリアにはそこそこの量を入れるようにお願いした。
少量でもえらいことになったのに、あれ以上の量が入ったシチューなんて食べた日には……。
アリアとウィズの様子に、パールやキラ、ルアージュも異変を感じとったらしい。今、ダイニングは異様な雰囲気に包まれていた。
「さあ、それじゃいただきましょ」
そんなことまったく気にせずアンジェリカがスプーンを手に取る。
シチューを掬い口に運ぶ様子を、固唾を呑んで見守るウィズにパールたち。
「……ん、美味しい」
満足げな表情を浮かべるアンジェリカ。隣に座るソフィアも美味しそうにシチューを口にしている。
スプーンを握ったまま目の前にあるシチューを凝視するウィズ。スプーンでかき混ぜるが香辛料が入っている気配はない。
「ん? どうしたのみんな、食べないの?」
誰もシチューに手をつけないことにアンジェリカが疑問を抱いたようだ。
「い、いえ! ちょっと熱いんで冷ましてただけです」
「そう? そんなに熱くないと思うけど」
慌てるウィズを尻目にアンジェリカは再びシチューを口にする。これ以上ごまかすのは難しい。自分のシチューに香辛料が入っている確率は四分の一。
ウィズたち四人は一斉にシチューを掬いスプーンを口に突っ込んだ。その結果──
「んんんんんーーーー!!」
口を押さえて勢いよく椅子から立ち上がったのはウィズ。やっぱりこんな結末だった。
ダイニングの床でのたうち回るウィズに唖然とするアンジェリカとソフィア。
「ど、どうしたの?」
驚くアンジェリカにパールたちがすべてを白状する。夕食後、ウィズを含めたパールたち四人ががっつり説教されたのは言うまでもない。
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