第百一話 聖軍
超高位魔法で悪魔の大軍五万をまたたく間に消し去ったアンジェリカ。侵攻の舵をとったフロイドの確保にも成功した。パールが待つ屋敷に帰還しようとしたアンジェリカだったが、アリアの様子からパールがリンドルに来ていることを知るのであった。
「ど……どうしてこうなった!?」
セイビアン帝国を統べる皇帝ニルヴァーナは、帝国と自身が置かれている状況に思いいたり頭を抱えた。何かの間違いではないか、そう自分に言い聞かせ再度眼下を見やるが、そこに広がる光景は先ほどと何ら変わりがない。
皇帝の眼下に見ゆるのは、白い装備で統一された数千の兵士からなる軍隊。それが意味することは――
「なぜ……なぜここにエルミア教の聖軍が……」
聖軍。それはエルミア教の聖騎士のみで構成された軍である。人類の脅威となる存在に対し、組織的に対抗するため創設された軍隊。
聖軍は普段から組織されているわけではない。人類の脅威が誕生し、教皇から勅命が下ったときに限り、各国の教会で務めを果たしている聖騎士が集い聖なる軍として機能する。
ここしばらく聖軍が組織されたことは一度もない。老齢である皇帝ニルヴァーナも目にしたのはこれで二回目だった。
教会の聖軍が一国の城に対し布陣するという異常事態。だが、異常なのはそれだけではない。
陣のなかほどに見える豪奢な馬車。エルミア教の紋章をあしらったその豪奢な馬車は教皇のみが使用できるものである。つまり、エルミア教の教皇自らが聖軍を率いていることを示す。
馬車の扉が開き、聖騎士の手をとり一人の少女が降りてきた。透き通るような白い髪に整った顔立ち。エルミア教の教皇ソフィア・ラインハルトである。
凛とした雰囲気を纏ったソフィアが地面に降り立ち城に目を向けると、一斉に聖騎士たちが道を開けた。
「セイビアン帝国皇帝、ニルヴァーナに告ぐ。ここにあらせられるはエルミア教が教皇、ソフィア・ラインハルト猊下である。貴殿に尋ねたきことがあるゆえ今すぐ会談の準備をされよ」
教皇の護衛であり、教会本部の聖騎士をまとめる団長レベッカが大声を張り上げる。ただでさえこの状況に恐れおののいていた皇帝であったが、レベッカの迫力に再び腰を抜かしそうになった。
「な……なな……!」
「貴殿と帝国には悪魔族と手を結び、人類に仇なそうとした嫌疑がかけられている。会談に応じなければ教会は貴殿と帝国を人類の脅威とみなし攻撃対象とする。決して判断を誤らぬように」
「ぐ……ぬぬぅ……!」
ここまでされては突っぱねることはできない。帝国にもエルミア教の信徒は大勢いる。皇族や貴族のなかにも信徒はいるのだ。教皇自らが聖軍を率いて臨場し、しかも嫌疑をかけられたうえ会談を拒否したとなれば……。
だが、儂が悪魔族と手を結んでいたという確たる証拠はないはずだ。そのようなものは残していない。フロイドがランドールを攻めてはいるが、それと帝国を結びつけることもできないはずだ。
真っ青な顔でうろたえている側近に耳打ちし、会談の手はずを指示するニルヴァーナ。ここさえ乗りきることができれば……。頭のなかを整理したニルヴァーナは、着替えのため自室へと足を向けた。
「はい! これでもう大丈夫ですよ!」
リンドルの街中では、悪魔に襲撃されてケガをした人たちをパールが順番に治療していた。ただ、パールが想像していたよりケガ人の数は少なく、すでに治療を終えている人も大勢いるようだった。
実は、冒険者ギルドのギルドマスター、ギブソンがこのようなこともあろうかと治癒魔法が得意な冒険者のみで救護班を複数組織していたのだ。
そのため、襲撃が始まったあと、複数の救護班が街のなかへ展開し、ケガをした人を次々と治療していった。そのおかげもあり、リンドルの住人に死者は一人も出なかったようだ。
ふぅ。亡くなった人も傷が酷い人も少なくて本当によかったよ。それにしてもギルドマスターさんさすがだね!
そう言えば、さっきもの凄い魔力の高まりを感じたけど、あれってママだよね? 大丈夫なのかなぁ? まあ、ママのことだから絶対に大丈夫だとは思うけど。
と、そんなことを考えていたパールだったが――
「パール」
「ひゃん!」
突然背後から声をかけられ思わず跳びあがるパール。
「んもう……ママ、驚かせな……!?」
やれやれと背後を振り返ったパールは固まり言葉を失う。声はたしかにアンジェリカだったのだが、今目の前にいるのは絶世の美女だ。
「あ……ええ……んんっ? えと……ママ……じゃない? んん?」
驚きすぎて自分でも何を言っているのか分からない。
「あ、もしかしてママのお姉さん……とか……?」
「私に姉なんていないわよ。私よ、あなたのママのアンジェリカよ」
「えええええええっ!?」
とても分かりやすく驚くパール。目を見開いてアンジェリカのつま先から頭のてっぺんまでジロジロと視線を巡らせる。
「まあ、この姿のことはあとで説明するわ。それより、あなたここで何をしているの? 私は屋敷でおとなしくしているようにって言ったわよね?」
真剣な目で問いかけてくるアンジェリカに、パールは思わず後ずさる。娘だけあって、アンジェリカが本気で怒っているかどうかはすぐに分かるのだ。
「う……ごめんなさい。でも、ママは一人しかいないし、街が襲撃されたらたくさん人が死んじゃうかもだし……」
「そうならないよう、アリアやフェルナンデス、ルアージュたちを潜ませていたのよ。それに、ギブソンに救護班を準備しておくように言ったのも私だし」
「そ……そうなんだ……」
しゅんとして目を伏せるパールの頭をアンジェリカはそっと撫でる。
ああもう。厳しく叱るつもりだったのに、そんな表情されたら叱れないじゃない。それに、パールが来たおかげで助かった命があるのも事実。
予測していたよりもはるかに多くの悪魔族が街中に入り込んでいたようだ。アリアやフェルナンデス、ルアージュたちを潜ませていたとはいえ、パールがいなければ多くの人が死んでいたかもしれない。
でも、正直今回は何があるか本当に分からなかった。予想外の事態が発生してもしパールに何かあったら……。でも、この子が頑張ったのも事実だし……。
『……アンジェリカよ、パールを許してやってくれんか。人々を救いたいというパールを妾は止められなんだ。責任なら妾にある』
のそりとそばにやってきたアルディアスがパールを庇う。本当に申し訳なさそうな表情が印象的だった。
「……誰が悪いわけでもないわ。でも、強いて言えばこの子を信じてあげられなかった私が悪いのかもね」
パッと顔を上げるパール。まさかそのようなことを言い出すとは思いもよらず、驚きの表情を浮かべている。
「パール。あなたは子どもだけどAランクの冒険者。並大抵の者には負けないのも分かってる」
そう、そんなことは母親である私が一番理解している。
「だから、街のみんなを守りなさいって、信じて送り出してあげればよかったのかもしれない」
「ママ……」
でもやっぱり心配なものは心配。だって母親なんだから仕方ないじゃない。もしかわいい娘に何かあったらなんて考えたら……。
「本当はもっと子ども扱いして籠のなかに入れておきたい。でも、それはあなたの意思や想いを無視することになっちゃうのよね」
「……」
「ごめんね。今度からはもっとあなたのことを信用する。でも、一つだけ約束して? どんなときでも絶対に自分の命を最優先に考えるって。分かった?」
「ママ……っ!」
パールの大きな瞳から大粒の涙が零れる。我慢できずアンジェリカに抱きつき、大声で泣き始めたパール。
その様子を見てアルディアスは天を仰ぎ、キラやルアージュはそっと涙するのであった。
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