第百話 真祖の力
第百話達成☆いつもお読みくださりありがとうございます☆感想もきちんと読ませていただいています。嬉しいです☆
視界を埋め尽くす悪魔の大軍。地上で蠢く悪魔たちが口々に何かを叫んでいるが、アンジェリカの耳には風が空気を切り裂く音しか届いていなかった。
久方ぶりの吸血行為と脳を溶かすような甘露な血の味に加え、眼前にどこまでも広がる敵の軍勢に気持ちの昂ぶりが抑えられない。
整然としていた悪魔の軍勢だったが、アンジェリカが展開した二つの巨大な魔法陣を目の当たりにし大きく崩れ始めた。それを上空から紅く冷たい瞳で見つめる真祖アンジェリカ。
これほどの大軍を目にするのはいつぶりかしら……。
遥かなる過去に思いを馳せていたそのとき――
自身の斜め後ろに何者かが現れた気配を感じた。栗色の髪とメイド服のスカートを風に靡かせる美少女。アンジェリカの忠実なる眷属、アリアである。
「……そのお姿、お懐かしゅうございます。お嬢様」
「そうね。そちらは問題なく終わったかしら?」
「はい」
「では……行きなさい」
振り返らずに短く命じたアンジェリカに対し頭を下げると、アリアはその場から姿を消した。何かを命じたアンジェリカは再び魔法陣に魔力を注ぎ込む。
数は脅威だ。悪魔というだけでも脅威であるのに、それが五万もの数で敵意を向けてくれば、どのような種族であろうと戦端を開こうとは思わない。
眼下に見ゆる悪魔たちは簡単な戦いだと考えたはずだ。戦略の主軸は陽動、戦いになるとしても軽微なものであると。
たかだか人間の国一つ、五万もの大軍で押し寄せれば慌てて降伏するか泣いて命乞いをするであろうと。
彼らにとっての大きな誤算は、ランドールに真祖アンジェリカがいたことだ。そして、その真祖は溺愛する娘のため、この国と首都を守ろうとしている。
それが意味すること。
すなわち、悪魔たちの絶対的な死である。
「あなたたちに特別な恨みはないけど……」
頬にあたる冷たい風を感じながら、アンジェリカは血のように紅い瞳を地上に向ける。
「愛する娘の平穏を脅かす輩は誰であろうと決して許さないわ」
展開したままの魔法陣が強い光を放ち始める。そして――
『死界門』
詠唱と同時に、天と地に展開していた二つの魔法陣、その中間あたりにぽっかりと巨大な穴が開いた。その様子を呆然と眺めるしかない悪魔たち。
次の瞬間、悪魔たちの体が木の葉のように宙を舞ったかと思うと、そのまま黒く巨大な穴に吸い込まれていった。なすすべなくどんどん穴のなかに吸い込まれていく。
先ほどまで地平の先まで埋め尽くしていた悪魔の軍勢は、きれいさっぱり消失してしまった。何事もなかったかのように静けさを取り戻した平原。
久しぶりに使用した超高位魔法の精度と結果に満足したアンジェリカは、わずかに口角を吊り上げ笑みを浮かべる。
と、空間が揺らぎ背後にアリアが再び現れた。肩に何やら担いでいる。
「お嬢様、お見事でございます」
「ありがとう。首尾は?」
「この通りです」
アリアは肩に担いでいた悪魔の首根っこを掴んでぶら下げた。それは、帝国と手を組んでランドールを狙っていた張本人であり、以前アリアが戦闘で致命傷を負わせた悪魔侯爵フロイドであった。
「ご苦労様。地上に降りましょう」
なお、国境に展開していたランドールの国軍はすでに撤退している。アンジェリカが魔法陣を展開する前、バッカスの使者が撤退の命令を伝えに来たのだ。
ふわりと地上に降り立つアンジェリカ。続いて降り立ったアリアは、首根っこを掴んだままのフロイドを地面に投げ捨てた。
「……ぐぐっ!」
先ほどまで気絶していたフロイドだったが、乱暴に地面へ転がされたことで覚醒したようである。なお、アンジェリカが魔法を発動させる前に、アリアは軍の先頭に立っていたフロイドを見つけ出し気絶させて確保した。
「……こ、ここは? 俺はいったい……?」
フロイドは自分が今置かれている状況がまったく理解できないようである。が、アンジェリカの姿を見た瞬間に歯をガチガチと鳴らして震え始めた。
「ヒ……ヒィッ……!」
地面に尻もちをついたまま、情けない声をあげて後ずさるフロイド。その目には恐怖の色がありありと浮かんでいる。
「……あなたには聞きたいことがたくさんあるわ」
アンジェリカはそう口にすると、フロイドに手を向けて丸めた指をパチンと弾いた。途端に弾け飛ぶフロイドの右腕。肩口から不気味な色の血が噴きあがる。
「ぎゃああああああっ!!」
痛みに地面を転げまわるフロイド。
「アリア、死なれたら困るから止血だけはしてあげて」
一瞬嫌そうな表情を浮かべたアリアだが、仕方なくフロイドの右肩に手を添え治癒魔法を発動した。
「さて……パールも待っていることだし、こいつを連れて一度屋敷に戻ろうかしらね」
魔の森がある方角に目を向けるアンジェリカ。もちろん、パールとアルディアスがリンドルの街中で無双していたことなど知る由もない。
なお、アリアはこの場所へ来るまでにパールとアルディアスが街で悪魔を掃討し、ケガ人の治療をしていたのをその目で見ている。呆れ果てたアリアが盛大にため息をついたのは言うまでもない。
「あの……お嬢様」
「ん? 何?」
「いや、ええと……パールのことなんですけど……」
「うん?」
何か言いたそうな、でも言いたくもないようなアリアの不思議な表情に首を傾げるアンジェリカ。
「あのですね、決して怒らないであげてくださいね?」
「……何を?」
「その、パールなんですけどね……」
この時点でアンジェリカは理解した。パールを置いてきたときの状況、アリアが口を開きにくそうにしているこの様子。
「あの子……来ているのね?」
「……はい」
アリアの返事を聞くまでもなく、アンジェリカは全身の力ががっくりと抜け地面に四つん這いになって盛大にため息をついた。
あんの娘は~~……!
そのころ、リンドルでケガ人の治療をしていたパールが盛大にくしゃみをしたのはここだけの話である。
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