第九十九話 真の姿
「く……! 思っていた以上に数が多い!」
首都リンドルのいたるところに侵入した悪魔は、手当たり次第に人々を襲い始めていた。キラは見つけ次第魔法を放ち、ケトナーも次々と悪魔を斬り伏せていく。
「まずいぞ! この数ではいずれ押しきられる!」
下級悪魔とはいえ数が多ければ十分な脅威である。こんなことなら戦力を分散するんじゃなかった、とキラは後悔した。と、そのとき――
思わず耳を覆いたくなるような大音量の遠吠えがあたり一帯に響き渡ったかと思うと、空からいくつもの雷が降り注ぎ悪魔たちを消し炭にした。
一瞬何が起きたのか分からずポカンとするキラ。と、そこへ――
「キラちゃん! ケトナーさん!」
キラたちの目の前に現れたのは、アルディアスとパール。先ほどの雷撃はアルディアスが放った魔法のようだ。
「パールちゃん! どうしてここに!?」
「街のみんなが心配で来ちゃった! 私とお友達のジェリーちゃん、オーラちゃん、アルディアスちゃんも協力するよ!」
そう口にするなり、パールはアルディアスの背に立つと自身を取り囲むようにいくつもの魔法陣を展開させた。
「いっくよー! 『魔散弾』!」
すべての魔法陣から一斉に数百もの細い光線が発射される。建物の屋根にのぼり様子を窺っていた悪魔たちはまたたく間に全身を貫かれ、急ぎ屋根から飛び降りた者も次々と追尾型魔散弾の餌食になった。
「す、凄い……」
ジェリーとオーラは、間近で見るパールの凄まじい魔法に口をあんぐりと開けて驚いてしまった。
『このあたりは大方一掃できたようじゃな。キラよ、我らは別の場所へ赴くゆえ、このあたりはお主らに任せるぞよ』
「わ、分かりました!」
アルディアスとパールたちはリンドルの市街地を縦横無尽に走り回りつつ、片っ端から悪魔を殲滅してまわる。ジェリーとオーラもときどき魔法を放ち二人を援護した。
アルディアスが広範囲に渡る雷撃を繰り出せば、負けじとパールが魔散弾で全方位へ光線を発射する。神獣と聖女の組み合わせは想像以上に凶悪であり、下級悪魔が到底敵うような存在ではなかった。
『クックックッ……これほど愉快なのは数百年ぶりじゃ。妾とパールが一緒ならこの世に勝てぬ者などおらんかもしれんの』
心の底から楽しそうに笑うアルディアス。
「うーん、もしかしてママともいい勝負に……ならないな、きっと」
『そうじゃのう……アレはまた別格じゃ』
冗談を言い合いながら次々と悪魔を殲滅していく二人の様子に、ジェリーとオーラはただただ圧倒されてしまう。そうこうしているうちに、街に侵入していた悪魔のほとんどは駆除できたようである。
「……ん? アルディアスちゃん、あそこ!」
パールが指差す方向、と言ってもアルディアスには見えないが、そこにはルアージュたちがいた。アルディアスとパールの姿を見て驚くルアージュ。
「パ、パールちゃん! どうしてここにぃ!? よくアンジェリカ様が許してくれましたねぇ……」
「んーん、ママには来ちゃダメって言われてたけど、みんなが心配で来ちゃったよ!」
アルディアスの背に立ち「えっへん」と胸を張るパール。あとで間違いなく叱られるな、とルアージュは心の中で心配になるのであった。
「あ、お嬢にアルディアスの姐さん。どうもっす」
「ウィズちゃん! 大丈夫だった? お手伝いに来たよ!」
「マジっすか。絶対あとでアンジェリカの姐さんに怒られますよ。まあそのおかげで街中の悪魔どもはほとんど駆除できましたけどね」
ウィズは周りに首を巡らせて悪魔の気配を確認する。ちなみに、ウィズは居候を始めてからというもの、アンジェリカやルアージュ、アリア、アルディアスのことは姐さんと、パールのことはお嬢と呼び始めた。そしてなぜかキラだけは呼び捨てである。一応種族的に近いエルフということで何かあるのだろうか。
「悪魔たちはやっつけたけど、ケガした人がたくさんいると思うから、私は今からその人たちを治療しに行くね」
ルアージュとウィズにそう伝えると、パールはアルディアスを伴い来た道を戻り始めた。
「な……何だアレは……?」
ランドールの国境沿いに展開する悪魔の大軍総勢五万。軍の指揮を執るのは、計画の発案者でもある悪魔侯爵フロイドである。
そのまま攻め込めば人間の国など一瞬で滅ぼせるほどの戦力を集結させているにもかかわらず、今フロイドの顔は恐怖と驚愕の色に染まっていた。
彼らの視線の先に見ゆるのは一人の美女。上空にふわふわと浮く紅い瞳の美女は、悪魔の大軍などさしたる問題ではないとでも言わんばかりの表情を浮かべ軍勢を見下ろしている。
すらりとした体躯に男を魅了しないはずがない見事な双丘。ゾクゾクするような妖艶さを漂わせる美女の名は、アンジェリカ・ブラド・クインシー。真祖である。
普段は十六歳くらいの少女にしか見えない彼女は、吸血によって一時的に姿が成長する。変化するのは見た目だけではない。ただでさえ凶悪な魔力はより禍々しさを増し、悪魔がまともに目を向けられないほどの威圧を放っている。
「ま……まさか、アレは真祖なのか……?」
かつての大戦で悪魔族の大軍をことごとく一人で焼き払い、七禍の四人を一人で圧倒したという伝説の化け物。
真祖である確証はない。だが、思わず足がすくみそうになる凄まじい威圧と禍々しすぎる魔力は、どう考えても真祖としか思えなかった。兵たちの様子からも、視線の先にいる者が尋常ならざる存在であることがよく分かる。
数多くの修羅場を潜ってきた悪魔が全身を小刻みに震わせ、顔は恐怖に引き攣っていた。撤退すべきか。リンドルに忍ばせた使い魔からの報告はいまだない。
このままでは真祖と戦いになるかもしれない。そう考えていたところ――
真祖と思わしき美女がスッと片手を天に掲げた。刹那――
超がつくほど巨大な魔法陣が空を覆いつくした。たった一つの魔法陣が空一面を覆ってしまうなど馬鹿げている。そこにいる誰もがそう思った。
が、驚くのはまだ早かった。真祖が片手を天に掲げたままもう一つの手で地面を指すと、悪魔全軍を囲むように地面へ巨大な魔法陣が顕現する。
フロイドをはじめ、誰もが確信した。
ここが終わりの地であるのだと。
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