第九十八話 頑固な娘
「うーん……やっぱり街が心配だなぁ……」
アンジェリカ邸のテラスでお茶会の続きをしていたパールたちだったが、やはり街のことが気になるようである。
『パールよ、心配する必要はない。アンジェリカが何とかすると言っておるのだ』
「そうだけど……」
アンジェリカの強さは娘であるパールが一番理解している。たった一撃の魔法で旧王国の王城を壊滅させるところも目の前で見た。アンジェリカに任せておけばすべて安心、なのもよく分かってはいるのだが……。
「リンドルには仲のいい冒険者さんもいるし、ギルドで受付をしているお姉さんや行きつけのカフェの店員さんも……」
ママは強いけど、一人で対応できることは限られている。ママが国境の悪魔たちと戦うのなら、そのあいだ街は誰が守るんだろう……。冒険者さんと軍の人たちだけじゃ……。
パールは膝の上にのせていた拳をグッと握ると、ガタンと勢いよく椅子から立ち上がった。
「アルディアスちゃん! 私……街のみんなを守りたい!」
『パール……妾はアンジェリカからそなたをここで守るようにと頼まれておる……』
強い決意を秘めた瞳を向けたパールに対し、アルディアスは諭すように言葉を紡ぐ。パールに何かあればアンジェリカに申し訳が立たない。それ以上に、アルディアス自身がパールを危険な目に遭わせたくなかった。
「ママのことは信じてる……でも、今こうしているあいだにも街の人が危ない目に遭っているかもしれない。私は、Aランク冒険者として困っている人たちを守らなきゃいけないの」
アルディアスは霧の森での一件を思い出した。あのとき、危険だから森を離れるようにと言われたパールは即座にそれを拒否し、アルディアスとお腹の子を守ると口にした。
こうと決めたらもう妾が何を言っても聞かぬよな……。
『分かった、パールよ。なら、妾がそなたとともに行こう。妾の足でなら街までそう時間はかからぬし、そなたのことも守れる』
「アルディアスちゃん! ありがとう!」
満面の笑顔でテラスからアルディアスに飛びつくパール。
「あ、あの! パールちゃんが行くなら私も行く!」
「わ、私もです!」
何と、パールのクラスメイトであるジェリーとオーラまでついていくと言い出した。
「え……でも、それは危ないから……」
「危ないのはパールちゃんだって同じだよ! 私たちだって魔法は使えるし、一緒に戦えるんだから!」
困惑と心配の表情を浮かべたパールにジェリーが喰いかかる。
『クックックッ。パールの友達だけあって頑固なところも似ておるわ。パールよ、この童たちだけここに残していくのは少々酷じゃ。妾の背中から離れなければその子らも安全じゃろうて』
「うーん……分かった! ジェリーちゃんにオーラちゃん、よろしくね!」
力強く頷いたジェリーとオーラは、パールと一緒にアルディアスのふかふかとした背中に飛び乗った。
『振り落とされんよう、しっかりとつかまっておるんじゃぞ』
アルディアスはパールたちに注意を促すと、森全体に響き渡るほどの遠吠えを発した。これで余計な魔物は寄ってくるまい。アルディアスは全身に魔力を通わせると、風を巻きながら凄まじい勢いで走り始めた。
「くっ……何なんだこいつら……!」
忌々しそうに口を開いたのは一名の悪魔。ギルドマスターのギブソンを暗殺しようと訪れた悪魔の刺客だったが、ギルドに足を踏み入れるなり四方八方から魔法を撃ち込まれる羽目になった。
街のなかに悪魔が入り込んでいることは、バッカスによって冒険者ギルドに情報共有されていた。要人が狙われている事実も共有していたため、ギルドでは準備万端の体制で刺客を待ち構えていたのである。
狭い場所では不利と見た刺客はギルドに面した大通りに飛び出たが、そこで再び襲撃を受ける羽目になった。
「悪魔と戦うのは初めてですぅ……でも、何とかなりそうかもぉ」
「ルアージュの姐さん……その気が抜けそうな喋り方何とかならないですか……」
襲撃者の正体は吸血鬼ハンターでありアンジェリカ邸の見習いメイドでもあるルアージュと、ダークエルフのウィズ。
アリアやフェルナンデスと同様、アンジェリカから要人の一人であるギブソンの周辺を警戒するよう命じられていた。
ウィズとしては悪魔側から寝返った手前、今回の戦いにはなるべく参加したくなかったが、アンジェリカから命じられれば聞かないわけにもいかない。
「とりあえず~……ちゃちゃっとやっつけちゃいましょ~」
ルアージュは目にも止まらぬ速さで刺客に接近すると、体を回転させながら両手に携えた剣で鋭い斬撃を放った。
『闇の鎖』
すかさず、離れた場所からウィズが魔法で援護する。顕現した黒い鎖は意志をもつ蛇のように悪魔の体へ巻きついた。
「ぐ……ぐぐ……き、貴様ら~……!」
悔しそうな表情を浮かべて歯噛みする悪魔の刺客。
「今だ! かかれ!」
声の主はキラ。彼女もまたアンジェリカの命を受けた一人である。キラの掛け声と同時に、同じSランカーであるケトナーやフェンダーが一斉に躍りかかった。
フロイドが要人暗殺のため国元から呼び寄せた精鋭とはいえ、Sランカー三人による同時攻撃を回避する手立てはない。しかも、ウィズの魔法で体の自由を奪われているのだからなおさらである。
結局、悪魔の刺客はまったくなすすべなくその場でなます斬りにされてしまった。
「ふう。何とか倒したな」
「ですねぇ~」
「私の魔法のおかげでな」
キラとルアージュのやり取りにウィズがぼそっと口を挟む。
「はいはい、そうね。でも、まだ油断はできない。街中にもすでに悪魔が――」
キラが視線を向けた先では、煙のようなものが立ち昇っていた。よく見ると、あちこちで同じように煙が立ち昇っている。火の手だ。
「まずい! 街に入り込んだ悪魔が暴れているんだ! 手分けして対処しよう!」
その場にいた全員がキラの提案に頷き、それぞれの方向へと散っていった。
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